第469話 大人気のケバブ屋
「お疲れーっ。交代来たよー」
次の担当のクラスメイトが来たのでトリックアート展の担当を引きつぐ。
よってこの二日目も、昨日と同様のデートやダブルデートを楽しむ予定だった。
そう、予定『だった』のだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
怜と桜彩はほっと一息つき、教室の窓際で軽く伸びをする。
「ふぅ……やっとひと段落だね」
「ああ。後はもう自由に歩き回れるな」
陸翔と蕾華も引きつぎを終えたようで、四人でまずはどこを回ろうかと相談。
桜彩の目はパンフレットを見ながら輝いていた。
その時、怜のスマートフォンが軽く震える。
そこには美都からのメッセージが表示されていた。
『売れ行きが予想以上です! どなたかヘルプ入っていただけませんか?』
家庭科部のグループメッセージの内容を見て驚く怜。
「どうしたんだ?」
「いや、それがさ……」
陸翔の言葉に、怜は三人にスマホのメッセージを見せる。
「……え、まだ昼前だよ?」
桜彩が驚きの声を上げる。
陸翔と蕾華も思わず眉を上げた。
「どうやら今日は昨日以上にお客さんが来てるみたいだ。……行くしかないな」
「うん。とりあえずヘルプに入ろうか」
桜彩は少し残念そうに小さく頷いたが、すぐに決意を込めて笑みを浮かべる。
四人でヘルプに入る旨を説明し、家庭科室へと向かう。
家庭科室の扉を開けると既に数人の部員がケバブ用の野菜をカットしたり、ボイルした肉を取り出していた。
「あ、先輩方。ありがとうございます!」
「お、四人も来てくれたか!」
部員達がこちらを見て嬉しそうに声を上げる。
忙しそうにしているが、どこか楽しげで笑顔が絶えない。
「まだ本格的な忙しさじゃないけど、売れ行きが良いのは嬉しいね」
「ええ。とりあえず俺達だけで何とかなりますかね?」
「うん。ケバブの方もまだそこまで列ができてるわけじゃないし、今のうちにできる準備しておきたいからね」
「分かりました。それじゃあヘルプ入りますよ」
怜が小さく呟くと、桜彩も隣で微笑む。
「私はどうする?」
「そうだな。野菜の方の手伝いをお願い。俺は肉の方をやるから」
「うん。分かった」
桜彩が率先して野菜をカットする準備を始める。
怜も近くで肉を鍋に入れる作業を手伝った。
陸翔と蕾華も手分けして、焼き菓子のラッピング作業へと移っていた。
まだ忙しさは控えめで、皆の動きも落ち着いている。
「思ったより楽しいかも。こういう忙しさ」
「ふふっ。そうだね。嬉しい悲鳴ってやつだね」
蕾華が冗談めかして言うと、桜彩が小さく笑う。
「これからもっと忙しくなるかもしれないけど、みんなでやれば大丈夫だろ」
そう言いながら、家庭科室の皆で頷き合う。
まだ本格的な慌ただしさは訪れていないが、文化祭二日目の家庭科部の活気を肌で感じながら、皆で調理に取り掛かった。
『思ったより楽しいかも。こういう忙しさも』
『ふふっ。そうだね。嬉しい悲鳴ってやつだね』
そんな蕾華と桜彩の会話。
嬉しい悲鳴が本格的な悲鳴に変わるのにそう時間はかからなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあこれ持ってきますね」
「うん。お願いねー」
校庭の模擬店に運ぶ為、怜と桜彩は野菜と肉を大きなトレーに載せて移動する。
校庭に出ると既に人だかりができていて、最後尾まで長い行列となっていた。
「……やばい。昨日以上だ」
「うん……。これはさすがに……」
怜は声を低めに呟き、桜彩も小さく息をつく。
トレーを持つ手に力が入る。
模擬店に到着すると、そこはもう洗浄だった。
「肉と野菜、持ってきましたよー!」
そう声を上げて、模擬店のテント内に置かれた長机へとトレーを置く。
「ちょっときょーかん、どうしよう! 昨日食べた人がリピーターになったり、口コミでうわさが広がって、どんどんお客さん来ちゃったんだけど」
「はい。作る速度よりもお客さんの並びの方が早くて……」
その言葉に前を見ると、そこでは他の部員達が一生懸命に作業していた。
「はい、次のケバブ! 急いでー!」
慌ただしさに笑顔を作る余裕もなく、作ることに集中している。
(……正直、人数はもう何とかなるからな。問題は作るスピードか……)
再び家庭科部のグループメッセージでヘルプを頼んだところ、手の空いている部員が何人も来てくれた。
そのおかげで厨房である家庭科室の方は余裕ができているが、ケバブを作るスピードが間に合っていない。
「オッケー。野菜の調理の方、俺が入りますよ」
「え? 大丈夫なの?」
「ええ。先輩は会計とケバブの受け渡しの方をお願いします」
「うん、分かった」
正直、調理に関しては怜の方が手慣れており早い。
であれば、今調理している部員には、そちらの方に専念してもらった方が良いだろう。
「桜彩は肉のカットの方をお願い。既に火は通ってるからガンガンそぎ落として」
「うん、分かった!」
肉は既にボイル済みなので、食中毒の危険はない。
怜と桜彩は手袋を着用し、アルコールで消毒をしてから作業を交代する。
「切った肉は一度鉄板の方へと移してくれ。そっちで再度焼いて風味付けする」
「うん。分かったよ」
怜の指示通り、桜彩はナイフで肉を切り落としていく。
一方で怜は、持ってきた野菜を鉄板の上で一気に炒めていく。
怜が調理したところで火の通るスピードが速まるわけではないが、手際に関しては他の部員よりも怜の方が圧倒的に早い。
野菜を炒めながら隣の部員からピタパンを受け取り、そこに肉と野菜を挟んでいく。
その間も怜は手を止めずに野菜を炒めていく。
幸いなことに鉄板には充分なスペースがある為に、野菜の炒め終わりの時間と会計、手渡しにかかる時間を考えながら、時間差でどんどん炒めていく。
「はい、一つ上がり。ソースお願い」
「は、はいっ! ……凄い早い」
列が長くなると、桜彩の額に汗が滲む。
怜も鉄板上の熱気を感じながら、次々に野菜を炒め、挟んでいく。
「炒めるのは俺がやるから、各自それぞれの作業に集中して乗り切りましょう」
怜の言葉に部員達も頷いて、それぞれの作業に集中する。
桜彩も切った肉を次々と鉄板へ置き、怜が炒めた野菜と組み合わせる。
普段から一緒に料理をしている為、二人のコンビネーションは自然で作業の流れに無駄がない。
ピタパンに具材を挟む動作も滑らかでケバブはどんどん完成指摘、列の方も先ほどよりはましになって来た。
「これで少しは楽になるかな」
怜が呟くと、桜彩も笑顔で頷いた。
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怜と桜彩の連携でケバブの提供スピードは上がり、少しずつ列が短くなっていく。
次々と完成したケバブを手渡すと、受け取った人達は目を輝かせて香りをかぎながら嬉しそうに頬張る。
「うわっ、美味しい!」
「なにこれ! うまっ!」
小さな声から大きな声まで、食べた瞬間の喜びの声が溢れ出す。
列に並ぶ人たちの会話も耳に入った。
「昨日初めて食べたけど、また食べたいと思って!」
「やっぱり美味しいね、このケバブ!」
声の端々に、リピーターの感想や期待の色が混ざる。
怜は笑みを抑えきれず、手を動かしながらも桜彩と顔を見合わせる。
「やっぱり、みんな喜んでくれてるな」
桜彩もにこりと微笑み、少し照れくさそうに小さく頷く。
「うん……作って良かったよ」
忙しさの中でも、こうして直接喜ぶ姿を見る瞬間は、疲れを忘れさせてくれる。
怜は鉄板に手を戻しながらも、列の状況と会計を考えて効率的に作業していく。
隣では桜彩も笑顔を絶やさず、切った肉を次々と鉄板に並べていく。
並ぶ人の声や、受け取った人の笑顔が、自然と背中を押してくれているように感じられた。
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本格的なピークを迎え、家庭科部とボランティア部はフル稼働で動いた。
元々が見た目と香りで人目を惹く作戦で多くの客を集めていたことに加え、口コミでも評判が広がり一日目よりも多くの客が訪れることとなった。
多めに用意した材料は全て使い切り、文化祭終了の少し前に見事に完売。
終了時刻後の片付けは、確かな手応えと達成感に包まれていた。
次回投稿は月曜日を予定しています




