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隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第九章 アフターストーリー(秋)】  作者: バランスやじろべー
第九章後編 アフターストーリー(秋:文化祭)

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第466話 茶道体験

「ふう、楽しかったね」


「ああ。久しぶりにやってみたけど、案外楽しめたな」


 書道部の会場を出て、二人で廊下を歩きながら感想を話し合う。

 そのまま次はどこに行こうかと辺りを見回す。

 壁にはさまざまなポスターや飾り付けが並び、そんな中、ふと目に入ったのは茶道部の看板だった。


『茶道体験 二百円』


 小さな立て札に可愛らしい文字でそう書かれている。

 桜彩の方を見ると、期待に満ちたように目が輝いていた。


「ねえ、怜。寄ってみようよ。ちょっと興味あるんだ」


「賛成。茶道ってやったことないし、楽しそうだ」


 すると中から一人の学生が出て来た。

 相手の方も怜に気付き、あれ、と言った表情で視線を交わす。


「よう、光瀬」


「ああ、葉山か。そう言えば茶道部だったよな」


 昨年のクラスメイトで、怜ともそこそこ話す友人だ。

 とはいえクラスが違ってからは、あまり話す機会もなかったが。

 そんな葉山が怜の隣の桜彩へとチラリと視線を向ける。

 当然ながら怜と桜彩は手を繋いだまま。


「彼女できたんだってな? おめでとう」


「おう、ありがと。やっぱ知ってるよな」


「そりゃあな。お前もそっちの彼女もウチの学年ではそこそこに有名だし」


 葉山の言葉に桜彩は恥ずかしそうに俯いてしまう。

 怜は一年生の頃から成績優秀(他色々)で有名だったし、桜彩もクール系美人で成績優秀な転入生として、他のクラスにも話題になった。

 であれば、付き合っているということがバレていてもおかしくはないだろう。


「えっと、初めまして。渡良瀬です」


「俺は葉山。そっかそっか、二人とも幸せにな。それでさ、二人共、茶道体験やってかないか?」


「実はそうしようと思ってたんだよ」


「はい。お願いします」


「よっしゃ、案内するぜ」


 葉山に案内されて室内へ足を踏み入れた。

 室内は廊下のざわめきとは違い落ち着いた空気が漂っている。

 窓際から柔らかい光が差し込み、畳の上に座布団が整然と並んでいる。

 既に数人の茶道部員が準備をしており、各自が茶碗や茶せんを並べて忙しそうに動いている。

 中には今年のクラスメイトや、葉山と同じく昨年のクラスメイトの姿も見受けられる。


「お二人様ご案内でーす」


 代金を払って靴を脱ぎ、案内されるままに座布団へと座る。

 室内の雰囲気に少しばかり圧倒されそうだ。

 隣の桜彩も緊張した表情で部員達を見ている。

 すると何人かの部員がこちらの方へと来て、笑顔で説明が始まった。


「まあ固くならないで。茶道体験って言ってもそんな厳格なもんじゃなく、ただお菓子食べてお茶飲むだけだしさ」


「そうそう。部員じゃないんだから細かいルールなんて気にしないで良いって」


「クーちゃん、緊張しなくても大丈夫だからね」


 その説明に桜彩が胸を撫で下ろす。

 茶道ということで多少堅苦しい感じを予想していたのだが、それであれば怜としても安心だ。


「それじゃあ私が主客、最初のお客をやるから。二人は私の真似をする感じで大丈夫だよ」


「分かった」


「分かりました」


 二人で頷くと、目の前に和菓子、小さな練り切りが置かれた。

 練り切りは葉っぱを模して上品に形作られている。

 桜彩は思わず目を輝かせ、それを見て怜も自然に笑みが浮かんでしまう。


「菓子をいただくときは、まず懐紙を広げてください。右手で箸、左手で懐紙を支えると安定します」


 部員の手本を見ながら指先で懐紙を膝の上に広げ、菓子切りを手に取る。

 器から一つ菓子を懐紙に移し、そっと香りをかぐ。

 上品な甘い香りがふわりと漂い、思わず小さく息を漏らす。

 怜も同じように懐紙を広げ、菓子の香りを楽しんだ。


「ではいただきましょう」


 練り切りを小さく切り分け、口元へ運ぶ。

 口に入れるとしっとりした舌触りと上品な甘みが広がり、自然と表情が緩む。

 隣の桜彩も美味しそうな表情を浮かべており、視線が合うと二人で笑みを浮かべる。

 茶菓子をいただき終えると、部員達は茶碗を手に取り次の段取りを整え始めた。

 部員の一人が静かに桜彩の前に茶碗を差し出す。


「まずは茶碗を右手で持ち、左手を添えてください。そして一礼して受け取ります」


 桜彩は部員の手元を見ながら、ゆっくりと右手を茶碗にかけ、左手を下から添える。

 軽く頭を下げて受け取ると、怜も同じように茶碗を受け取った。


「茶碗の正面を少しずらして、自分の正面に向けます」


 葉山の声に従い、桜彩は茶碗をくるりと回し、正面を自分の位置から少し外す。

 怜も慣れない手つきながら、丁寧に回す。

 部員が茶せんで点てた濃い緑色の抹茶。

 そっと香りをかぐと、鮮やかな抹茶の香りがふわりと鼻をくすぐり、思わず息を吸い込む。


「いただきます」


 口元に茶碗を運び、軽く口をすぼめて一口。

 抹茶の濃厚な苦みと、先ほどの菓子の甘さが舌の上で優しく混ざり合う。

 飲み終えると茶碗の縁を懐紙で軽く拭き、元の位置へと置く。

 桜彩も少しぎこちなくも丁寧に所作を守る。

 怜はその姿を横目で見て、思わず小さく微笑む。


「凛としてるな、桜彩」


「ふふ、怜も上手だよ」


 二人は互いに目を合わせ、ほんのり照れた笑みを交わす。

 部員達も楽しそうに見守りながら、静かに指導の声をかける。


「茶道体験はこれで終了です。茶碗は軽く両手で持ち、最後に一礼してお礼を伝えましょう」


 背筋を伸ばし、深く頭を下げて一礼する。

 部員達も微笑みながら頷き、穏やかに応じてくれた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 教室の扉を開け廊下に足を踏み出すと、厳かな感じから途端に文化祭のざわめきへと戻される。

 まるで今までの出来事が夢の中のように感じられる。


「よう。二人共どうだった?」


 表に戻っていた葉山が気になる様子で聞いてきた。


「うん。面白かったぞ」


「はい。普段は体験できない事でしたので、とても興味深かったです」


 そう答えると、葉山は嬉しそうに笑う。


「なら良かったよ。この後も楽しんでな」


「ああ、ありがと」


「ありがとうございました」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 二人で廊下を歩きながら、先ほどの茶道経験のことを思い出す。


「ねえ、怜。さっきのお茶、すごく美味しかったね」


「ああ……。あの苦味と、菓子の甘みの組み合わせ、絶妙だった。俺は普段和菓子はあまりつくらないし、抹茶を飲むこともないからな」


「そうだね。緑茶やお団子を食べることはあるけど、こういったのはあまりないから良い思い出になったよ」


 桜彩は少し嬉しそうに笑い、怜もその横顔を見ながら微笑む。


「桜彩、動きが綺麗だったよ。手元も凛として見えたし、見てて楽しかった」


「ふふ、怜も丁寧で上手だったよ。茶碗を持つ手の動きとか、所作の一つ一つが自然で……。なんだか安心する感じ」


 肩がわずかに触れ合い、搦めた指先に微かに力がこもる。

 その距離感が、廊下のざわめきの中で不思議と心地よく感じられる。


「ねえ、次もこういう体験したいな」


「二人で一緒なら、どんな体験でも楽しめそうだな」


 言葉に自然な笑みが混ざり、互いの視線が一瞬だけ重なる。

 文化祭の喧騒の中、二人だけのゆったりした時間が廊下の中で流れる。


「……怜と一緒に来て良かったな」


「俺もだよ」


 小さな声で交わされた言葉に、互いの笑みが自然に広がる。

 文化祭のパンフレットを開き、互いに顔を寄せ合って覗き込む。


「次はどこに行こうか?」


「えっと……、あそこ。まだ見てないクラスの展示かな」


 ふと、桜彩が頭を軽く怜の腕に寄せる。

 怜もそっと距離を縮め、二人の歩幅を合わせながら歩きだす。

 茶道の静かで落ち着いた体験と文化祭の賑やかさ、そして互いの存在。

 心に温かい物を感じたまま、茶道体験の静かな余韻を感じたまま歩いていく。

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