第464話 文化祭直前の一幕
怜達四人も荷物を整えて教室へと戻って行く。
当然ながら怜は桜彩と手を繋ぎ、前を歩く陸翔と蕾華も手を繋ぎながら。
「ねえりっくん! 最初どこ行く?」
「一年がホラーハウス作ったって話だからそこからじゃね? 結構本格的って聞いてるから見応えありそうだし」
今日の文化祭デートについて話を弾ませる親友二人。
目立つ二人が軽くじゃれ合う姿は、廊下を歩く生徒達の視線を自然と集める。
それを見ながら、怜は桜彩と繋いだ手に少しだけ力を込める。
「じゃあ俺達は俺達で、文化祭デートを楽しもう」
「うん。いっぱい楽しもうね」
前を行く二人のはしゃぎ声を耳にしながら、怜と桜彩は互いに微笑み合う。
「ねえ、怜」
「ん?」
「今日、こうしてずっと一緒にいようね」
「もちろん。今日も明日もずっと一緒だ」
二人で微笑み合う。
気付けば、陸翔と蕾華は既に先に行っており、周囲にも人影は全くない。
もう教室への集合時刻が迫っているということで、このエリアに近づく生徒もいないだろう。
そっと足を止め、顔を近づける。
「ねえ、怜……。今、ちょっとだけ、抱きしめてもいい?」
「もちろん」
怜はそっと腰に手を回し、桜彩を優しく引き寄せる。
小さなぬくもりが伝わり、心臓が大きく跳ねる。
桜彩も照れながら上目遣いで見上げてくる。
「ん……。怜に抱きしめられると安心するよ」
「俺も。こうしていると安心する」
自然に笑みを零しながら、顔を少し上げる桜彩。
怜も考えることは同じ、顔を少し下げて、桜彩の唇へと自らの唇を触れ合わせる。
一瞬触れ合うだけの優しいキス。
「ふふっ。学校でって……ちょっと恥ずかしいね」
「俺もだ。けど、たまには良いんじゃないか? せっかくの文化祭なんだから」
「うん。まだ、少しだけ時間あるよね。怜、もう一回……」
「ああ。……ちゅっ」
再びのキス。
胸の内が熱くなっていく。
とはいえいつまでもこうしているわけにもいかない。
名残惜しいながらも唇を離そうと――
「れーくん、サーヤ。どうかし…………」
曲がり角から、先に言った親友二人が現れた。
いつまでたっても追ってこない自分達を心配して戻って来たのだろう。
「「「「……………………」」」」
当然ながらキスしている瞬間を見られてしまう。
キスしたままの怜と桜彩、それを見た陸翔と蕾華。
四人全員、そのまま固まってしまう。
そして
「わぁーっ! ちょっとちょっと!」
「おいおいマジかよ! このタイミングでか!?」
ニヤニヤとしながらはしゃぐ親友二人。
一方で怜と桜彩は顔を真っ赤にして固まってしまう。
当然唇は離れているのだが。
「二人共……好きすぎるだろ! ちょっと目を離した隙にキスとか!」
「まったく、廊下で何やってんのよ!」
「う…………」
「あぅ…………」
呆れたように笑う親友二人に対し、怜も桜彩も顔を真っ赤にして何も言えない。
「仲良いのは結構だけどさ、そろそろ戻ろうぜ」
「うんうん! そういうのはちゃんと後で、アタシ達の前でお願いね!」
「「……………………」
陸翔と蕾華はそうからかい声をかけ、軽く促して教室へ戻っていく。
怜としてはツッコみたいのだが、ツッコんだら最後、倍以上からかいが返ってくるであろう為口を紡ぐ。
怜と桜彩は顔を真っ赤にしたまま、親友二人の背中を追って今度こそ教室へと足を進めた。
教室の扉を開けるとクラスメイト達の視線が集中する。
「あ、みんなやっと来たーっ!」
「これで全員集合だね」
教室内のクラスメイトが怜達の方へとやって来る。
「きょーかんとクーちゃん、どこ行ってたの?」
先に家庭科室を出た奏が不思議そうに問いかけてくる。
「え、えっと……ちょっと、少し……」
奏の問いに言いよどむ桜彩。
さすがにキスをしてました、と答えるわけにはいかない。
それを聞いた奏はふむ、と一人納得したように頷く。
おそらくお手洗い辺りと勘違いしてくれたのだろう。
ふと陸翔と蕾華の方を見ると、にやにやと笑っていた。
「でもさ、この教室良い感じじゃない?」
「わぁ……、改めて見ると凄いですね」
奏の言葉に桜彩も思わず声を上げる。
机やいすは片付けられ、自分達の作成したトリックアートが整然と並べられている。
色鮮やかな絵や仕掛けが教室いっぱいに広がり、普段授業を受ける教室と同じとは思えない。
怜からしても中々の出来栄えになっていると思える。
クラスメイト達は展示されているトリックアートで写真を撮ったり、小物やサンプルを配置を最終確認したりと和気藹々とした雰囲気が教室に満ちている。
先ほどの家庭科室と同じような高揚感でいっぱいだ。
その時、教室の扉が勢いよく開き、瑠華が姿を現した。
「みんなおはよーっ! 点呼とるよー、全員いるねー?」
「はーい!」
クラス委員の奏が代表して答えると、瑠華は満足そうに頷く。
生徒はクラス中に散らばっている為に、ぱっと見で全員いるかは分からないだろうが、それで良いのだろうか。
まあ、奏がそう答えるということは、既に全員が揃っているのだろう。
瑠華はパンパンと手を叩いて皆の注目を集める。
「それじゃあ注意事項ねー! 火の取り扱い、道具の管理、衛生面、忘れ物、全て気をつけること! 特に教室は外部の人も含めて不特定多数の人が出入りするんだから、貴重品の管理なんかはしっかりとね」
注意事項にクラス中から『はーい』と返事が飛ぶ。
それを受けて瑠華はうんうんと頷き、そして真剣な表情で続ける。
「それと最後に一つ! これ重要だからね! いい、この文化祭の雰囲気に流されて、恋人なんて作るのは絶対にダメだからね!」
その言葉を聞いた瞬間、『ああ、いつものか』とクラスメイトの心が一つになった気がする。
周囲を見回すと、呆れ顔や苦笑している者が多数だ。
「いい、文化祭ってのはあくまでも学校行事なんだから! それを忘れてイチャイチャしたらダメだよ! そんなことしたら先生、絶対に許さないからねっ! 愛・即・斬だよ! 特にそこの四人!」
怜達四人を指差しながら叫ぶ瑠華。
愛・即・斬とは一体どういうことなのだろうか。
男女二人でいただけで切り捨てられるとしたら冗談ではない。
「先生……またそれですか……」
「生徒に嫉妬とか……」
クラスメイトの口から呆れたような言葉が出る。
その一方で
「その通りですよね!」
「先生! 俺は先生についていきます!」
「愛・即・斬!」
等とノリで瑠華に同調する恋人いない勢も数人いたのだが。
「らいちゃん、分かったねーっ!?」
「ねえりっくーん! 文化祭デート、楽しみだねーっ!」
瑠華の声を無視して陸翔へと抱き着く蕾華。
当然ながら瑠華への煽りだろう。
「むーっ!」
ガガッ
更に瑠華が言葉を続けようとしたところで、教室前方に設置されているスピーカーからノイズが流れ、全員の注目がそちらへと向く。
一拍遅れて文化祭実行委員長の声が響き渡った。
『皆さん、おはようございます。もうまもなく今年の文化祭が始まります。安全に、そして楽しく、思い切り楽しみましょう!』
文化祭の開始の合図が流れてくる。
『カウント行くぞーっ! 五秒前!』
「「「「四、三、二、一」」」」
教室内だけではなく、校舎内の様々な場所から一斉にカウントの声がこだまする。
そしてついに
『「「「「「スタートッ!!!」」」」』
待ちに待った文化祭が幕を開けた。




