第457話 クラスでの出し物決め
高校生活における秋の風物詩と言えば、やはり体育祭や文化祭だろう。
特に文化祭においてはクラス単位や部活単位、それに中の良い者達で出店や出し物を企画し、大いに盛り上がる。
領峰学園においてもそれは例外ではなく、文化祭シーズンになると浮足立っている者が多い。
学内の雰囲気も、どこかそわそわとした落ち着かない、それでいて期待に満ちた空気が流れている。
ちなみに領峰学園ではクラス単位での活動は強制となっており、全員参加が基本だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
体育祭を無事に終えた数日後のホームルーム。
例によって浮き立つ教室内の空気。
それもそのはず、今からこのクラスで文化祭の出し物を決める話し合いが行われる。
「はい、静かにー!」
教室の前方で、委員長の奏が声を上げる。
クラス内で人望があり、かつノリの良い奏を中心として、アイデア出しが始まった。
「今日は文化祭の出し物を決めるよー。決まったらすぐに準備に取りかからなきゃいけないから、しっかり意見出してね」
奏の言葉を皮切りに教室のあちこちから声が上がる。
「模擬店やりたい! クレープとか!」
「いや、食べ物は家庭科部とか料理系の部活が強いし、材料費とか大変じゃない?」
「だったらお化け屋敷とかどう?」
「うちのクラス、雰囲気的にそんなに怖いの作れなさそうじゃない?」
奏が指名するでもなく、勝手に盛り上がるクラスメイト。
あちこちから笑いが漏れ、自然と場が賑やかになる。
窓際で腕を組んでいた運動部の男子が声を張る。
「ちょっといいか? 俺、バスケ部で唐揚げ店やるんだよな。二重で準備するの面倒だし、手間のかかるのは勘弁してほしい」
「そうそう、吹奏楽部なんか演奏もあるし、練習で手一杯だよー!」
「美術部も展示やるから時間取られるんだよね」
部活の方でも文化祭で出し物をやる面々から次々と声が上がる。
さすがに準備や当日の役割が並行になる生徒にとっては、負担の大きさが気になるようだ。
そんな中、桜彩が小声で怜に話しかけてくる。
「確かに部活の準備と重なるのは大変そうだよね」
「そうだな。負担が掛かったらヤバいからな」
怜も軽く頷きながら周囲を見渡す。
昨年は怜も家庭科部の方で色々と準備が大変だった(ボランティア部では行わず、というかボランティア部は家庭科部と合同)ことに加え、クラスの方でもそこそこ大変な出し物ということでキャパシティがいっぱいだった。
クラスメイトの中にも部活と被る者がそこそこいるので、その辺りも考える必要があるだろう。
「なるべく負担の少ないものにしようぜ。劇とかは準備大変だからナシな」
「屋台系も材料が必要で大変じゃね?」
「じゃあ何がいいの?」
と、奏がすかさず聞き返す。
「んー……展示とか、カフェとか?」
「カフェは結局料理と同じじゃん」
「でも軽い飲み物だけなら負担少ないんじゃない?」
「飲み物だけって、それカフェなの?」
教室が再びざわめく。
とはいえギスギスとした雰囲気ではなく、皆で楽しそうにアイデアを投げ合っている。
しばらくして奏が少し考え込むように口を開く。
「じゃあ、まず方向性を決めようか。『体験型』にするのか、『飲食』にするのか、『展示』にするのか。それで大まかに分ければ、みんな考えやすいっしょ?」
その提案に、教室中から次々と賛同の声が挙る。
「体験型なら、工作とかミニゲーム系がいいかもね」
「飲食系は、手間が少ないホットドリンクやお菓子ならやりやすいんじゃない?」
「展示系は美術部と被らないようにする必要があるな」
各所から様々な意見が挙がり、それを奏が黒板へと書いていく。
そんな中、怜と桜彩も顔を合わせて話し合う。
「やっぱり体験型とか軽めの飲食が無難そうだな」
「うん……。準備で部活の邪魔にもなりたくないしね」
前の席から陸翔と蕾華も後ろを向いて話に交じる。
「どう思う? やっぱり体験型が安心かな」
「飲食系も楽しそうだけど、負担が大きいと大変だし」
四人の間には自然な連帯感があり、教室のざわめきの中でも互いの声がしっかり届く。
「あ……」
すると桜彩が思い出したように声を上げた。
「え、何サーヤ、アイデアあるの?」
「う、うん……。といってもふと思いついただけなんだけど……」
そう言って桜彩はノートを取り出して、自らのアイデアを走り書きしていく。
すると奏が教室の前方から四人の方へと視線を向ける。
「ねえ、そこの四人。なんか良いアイデアあったー?」
その声に、教室中の視線が集中する。
とはいえアイデアが形になったわけではない。
もう少し待ってくれ、と言おうとしたのだが、それより早く隣の桜彩がおずおずと口を開いた。
「えっと……、トリックアート展はどうでしょうか?」
遠慮がちに呟いた声だが、その内容にクラスメイト達から声が上がる。
「え、トリックアート?」
「なんか面白そうじゃね?」
賛成、というよりは興味深さといったところか。
奏は首をかしげつつ、黒板に『トリックアート』と書き込む。
「ふんふん、トリックアートね。準備とかって大丈夫なん?」
桜彩はノートに視線を落とし、そこに走り書きしていたアイデアを指でなぞりながら続けた。
「準備は少し必要かと思いますが、展示さえ用意すれば当日はほとんど何もしなくても大丈夫だと思います。立体的に見える絵とか、錯覚を利用した写真とか」
怜は隣でその言葉を聞きながら、肩越しにノートを覗き込む。
桜彩が熱を込めて説明しているが、机の下では怜の腕に触れてくる。
怜はそっと手を握り直して心の中で桜彩を応援する。
桜彩が説明を終えると、奏がふむふむ、と頷く。
「なるほど、それならそんなに面倒じゃなさそうだね」
「確かに。それなら部活の方にも集中できそう」
「ちょっと準備が面倒かもしれないけど、でも他のに比べたら簡単そうだし」
「いいんじゃないの? 当日もほとんど何もしないでいいってことならトラブルなんかもなさそうだし」
クラスメイト達からも徐々に賛同の声が上がる。
怜も頷きながら口を開いた。
「それに準備を分担できるのがいいよな。絵を描けるやつ、工作が得意なやつ、写真加工ができるやつ、みんな役割を持てるしさ」
「うん。それに何人かで協力することもできるし」
すると、教室の後方から女子の声が上がった。
「でも、展示ってどのくらいのスペースが必要なの? 教室内だけで足りるのかな」
桜彩は質問に向き直り、軽く指を唇に当てて考える。
「パネルを工夫して使えば、教室でも充分に収まると思います。立体物も高さを利用すれば圧迫感なく置けると思いますよ」
「パーテーションとか仕切りを用意してもいいんじゃないか? 美術館みたいに通路を作ってその両側に作品を配置する感じで」
「準備の過程も楽しそうだよね。みんなでわいわい作業するの、けっこう盛り上がりそう」
「うんうん! しかも、当日のお客さんが写真を撮って楽しんでくれるって思ったら、やりがいもあるよね」
怜達も桜彩の言葉に賛同する。
「負担も少なくて、協力しやすいし、当日は俺達自身も楽しめる」
怜はあえてクラス全体に向けて言うように声を出した。
奏はその言葉を聞いてから、再び黒板に向かってチョークを走らせる。
「なるほど、トリックアート展ね。準備は分担可能、当日は対応が少なくて済む、楽しめる要素も多い……。かなり現実的な案だね。良いじゃん」
ぐっ、と親指を立てて桜彩に向けてサムズアップ。
教室内の空気は徐々にトリックアート展に決まりそうになっていく。
「はい。実際に怜と観に行ったことを思い出しまして」
桜彩がそう口にした瞬間、教室のざわめきがすっと引いて、代わりにと小さな笑い混じりの驚きが広がった。
椅子をきしませて振り返る生徒もいれば、机に突っ伏して肩を震わせる者もいる。
「立体的に見える絵とか、壁に描いてある階段が逆さまに見えるやつとかもあったな。二人して結構真剣にポーズ取って写真撮ったし」
桜彩の目が一層きらめき、身を少し前に乗り出す。
「はい! 怜が『もっとこっちに寄って』って言ったので、私が階段から落ちそうに見えるポーズをして……。本当にに落ちてるような写真になって大笑いしました」
怜の脳裏にその時の桜彩の笑顔が蘇る。
「あれは傑作だったな。あと俺が壁から顔を突き出す絵の前でふざけたとき、桜彩が『変顔でも似合ってる』って笑ってさ」
「だって、本当に似合ってたんだもん」
桜彩は小声でそう言いながら、唇の端をくいっと上げた。
周囲の視線なんて気にしていない、むしろ怜しか視界に入っていないように。
二人の笑い声が重なると、教室中が一斉に反応した。
「はいはい惚気ごちそうさまー!」
「お前ら、もう夫婦みたいだぞ!」
「文化祭の話してんだよな? 今!」
ざわめきと笑い声が波のように広がり、机を叩いて笑う者もいれば、妬まし気な視線を向けてくる者もいる。
慌てて赤くなった顔を下に向けて皆から隠す。
桜彩は頬をほんのり赤らめたまま、それでも『でも、楽しかったんだもん』と小さく呟く。
その声はクラスの笑いに紛れながらも、ちゃんと怜の耳に届いた。
奏は黒板の前でチョークを走らせ、小さく『惚気禁止』と書き込む。
呆れたように見える背中だったが、口元はどう見ても緩んでいた。
クラス中から笑いが漏れ、柔らかい雰囲気に変わっていく。
そんなこんなで、クラスでの出し物はトリックアート展に決定した。
次回投稿は月曜日を予定しています
今話から文化祭編です
また、第九章が思った以上に長くなってしまったので、文化祭編以前を前編、文化祭編を後編とすることにしました




