第454話 お月見③ ~団子と夜空と~
月明かりが屋上を柔らかく照らし、夜風が髪をそっと揺らした。
台座の上には十五個の白玉団子が綺麗に並ぶ。
加えて怜と桜彩が持参したタッパーにはまだまだたくさんの団子と、みたらし、きなこ、あんこが並んでいる。
「わあっ! こんなにいっぱい作ってくれたんだ!」
「スゲエな。大変だったんじゃねえのか?」
蕾華と陸翔は目を輝かせて怜と桜彩の方を振り返る。
「せっかくだから、いろいろ楽しめるようにってな」
「うん。たくさん食べようね」
「うわ、贅沢だねっ!」
「オレも楽しみ!」
四人で笑い合いながら準備を進める。
バスカーはそわそわと足元を歩き回り、鼻をヒクヒクさせて台の上の団子を見つめる。
「バスカー、ステイ。団子はダメだぞ」
「クゥン……」
陸翔が優しく制するとバスカーは小さく鳴き、目をうるうるさせて陸翔を見上げる。
怜としても正直この目を見ると食べさせてあげたくなるが、とはいえさすがにこれを食べさせるわけにはいかない。
よって、陸翔が小さな袋からジャーキーを取り出す。
「ほら、こっちなら大丈夫だ」
「ワンッ!」
ジャーキーを見て一転嬉しそうに吠えるバスカー。
「待てだぞ、待て」
「ワン」
陸翔の指示通り、バスカーはその場から動かずに待機する。
そうこうしている内に人間用の食べ物の準備も完了する。
「じゃあ……いただきます!」
桜彩は楊枝で団子を一つ取り、きなこにまぶして口に運ぶ。
怜も同じようにきなこをまぶした団子を一つ口にする。
「うん。美味しい」
「美味しいね。怜と一緒に作ったから、なおさら」
「ああ。二人で作ったやつだから、味も格別だな」
少し照れたように笑い合う。
陸翔と蕾華も同じように団子へと手を伸ばす。
「このみたらしも美味しいよね」
「でしょ? それ怜の自家製なんだよ」
「この餡子もか?」
「いや、それは既製品。さすがにそこまで手作りする余裕はなかった」
とはいえ美味しいことに変わりはない。
用意した団子はみるみるうちに減っていく。
バスカーも陸翔の許可を得てジャーキーを口に咥える。
美味しそうに食べながら満足そうに座り込み、鼻をヒクヒクさせながら夜空の月を見上げている。
四人で団子を取り合い、みたらしやあんこ、きなこと味を変えながら笑い声を響かせる。
月光に照らされた笑顔と団子の香り、秋の夜風が四人と一匹を優しく包む。
バスカーは時々立ち上がって、鼻をヒクヒクさせながらテーブルの周りをうろうろする。
「バスカーちゃんも食べたそうだね」
桜彩が小さく笑い、バスカーの頭を優しく撫でる。
するとバスカーは尻尾を振り甘えるように顔を寄せて、ジャーキーを貰うたびに小さく鳴いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
団子を食べ終えると、温かいお茶を紙コップに入れて桜彩へと差し出す。
「団子もお茶もあるなんて、贅沢だね」
差し出された紙コップを受け取って桜彩が笑う。
ふうふうと冷ました後、お茶を飲んで一息。
怜も自分の分のお茶を準備して、再び桜彩と同じ毛布にくるまって星空を見上げる。
その視線の先にあるのは先ほどまで見ていた月ではなく北極星。
「あれが北極星だね」
「ああ。そしてあれが琴座の一等星のベガ。あれが鷲座の一等星、アルタイル。あれが白鳥座のデネブで夏の大三角だ」
「ふふっ。もう秋なんだけどね。あっそうだ。秋の有名なのって何かあるの?」
「そうだな……」
桜彩の問いに怜は少し考え、そして桜彩の肩を抱いて、そのまま二人で後ろに倒れ込み仰向けになる。
頭上には広い夜空が広がり、星々の瞬きがはっきりと見える。
桜彩は小さく身を寄せて、頬を怜の胸に擦り寄せる。
「秋の四辺形を探そうか。まず一つ目の星。ほら、あの低く輝く白い星だ。街の灯りから少し離れているから、光が静かに強く光ってるだろ?」
桜彩は目を細めて星を追う。
その瞬きのたびに頬を赤くし、怜の胸にそっと額を押し付ける。
その温もりと鼓動が伝わり、怜の心も少しずつ高鳴った。
「うん、見えた。これかな?」
「そう、それ。次は右上の星……、少し離れてるけど、じっと見ればわかるはず」
怜は指で夜空をなぞりながら、まるで地図を辿るように説明を続ける。
「……あ、見えた! あのちょっと黄色っぽく光ってるやつ?」
「正解。じゃあ次は左上だ。少し遠いけど、ぼんやり光ってるのが分かるだろ?」
手を伸ばし、肩を抱き寄せたまま微かに息をかける。
夜風に混じるその温もりに、桜彩の頬が更に赤く染まる。
桜彩はゆっくりと星を追いながら息を詰めるようにして怜の指をたどる。
額を怜の胸に押し当て、まるで鼓動を感じるように。
二人だけの時間が星空の下で流れているように思えた。
「最後は左下だ。この四つで秋の四辺形が完成する」
桜彩はじっと空を見つめ、やがて息をつくように小さな声を漏らした。
「……見えた! 本当に四角になってる」
怜は満足そうに微笑み、髪を優しく撫でる。
「後はさ、桜彩座とか怜座を探してみるか」
「うん。……あっ、あれが怜座だね」
「あれが桜彩座だな」
「でもさ、やっぱり初めて作った時から大分傾いちゃったよね」
少しだけ残念そうに桜彩が呟く。
二人で星座を作ったのはゴールデンウィーク。
それからほぼ五か月が経過した今、正座の位置はだいぶずれてしまっている。
「だけどさ、星座ってのは季節が変わると見え方も変わるけど、星そのものはずっとそこにあるんだよな」
桜彩は小さく息を吸い込み、胸を押し付けるように怜に体を寄せる。
「私達も、どんなことがあっても、ずっと一緒にいようね」
怜はその言葉に静かに微笑み、手をそっと桜彩の腰に回して引き寄せる。
胸と胸が触れ合い、互いの呼吸が重なり合う。
「もちろん。俺達は勉強も頑張る。獣医になる夢も絶対叶える。そして……その先もずっと一緒にいる」
「怜……」
小さな息遣いが耳元でかすかに震え、思わず怜の心臓も早まった。
「うん……。絶対にその未来を叶えようね」
「ああ、絶対にな」
顔を合わせると桜彩の瞳に光る星が反射して、小さな宝石のように煌めいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっぱり、星を見ると落ち着くね」
「そうだな。こうして四人で見る星空も、なんだか特別な感じがする」
桜彩が小さく笑い、そんな桜彩の髪を撫でながら星を眺める怜。
「お団子も美味しかったし、お茶も温かくて……。今日はほんとに良い夜だね」
「星を見ながら飲むお茶って、なんだか心まで温かくなるよな」
蕾華が柔らかい声で言と、陸翔も頷いて笑みを浮かべる。
そして四人で空をゆっくりと眺める。
「こうして並んで見ると、時間がゆっくり流れてるみたいだ」
桜彩がそっと怜の手を握る。
怜も優しく握り返し、指先から伝わる温もりに目を細める。
「星も月も、そしてお団子も……全部が特別だね」
蕾華の言葉に皆で柔らかい笑みを返す。
目の前の夜空は広くどこまでも静かで、四人の心をそっと包み込んでいた。
「ねえ、またこうやって集まろうね」
「もちろんだ。次も絶対、一緒に星を見よう」
「賛成!」
「そん時はまたここから見上げるか」
「バウッ!」
バスカーもそうだ、と言わんばかりに一鳴きする。
風が柔らかく頬を撫で、秋の澄んだ空気が静かに呼吸を満たしていく。
星の光が屋上を淡く照らし、笑い声や会話よりも深く、穏やかな幸福感がいつまでも四人を包んでいた。
次回投稿は月曜日を予定しています
次回からはハロウィーン編について書いていく予定です
ここまでのほのぼのとした感じとは変えて、甘いイチャイチャを書けたらな、と思っています




