第452話 お月見① ~月見団子~
期末試験終了の打ち上げを終えて、桜彩と共にスーパーへと向かう。
道には夕暮れの光が長く影を落としていた。
九月末の空はまだ暖かみのある金色に染まり、少しひんやりとした風が頬を撫でる。
そんな中、怜は手を繋いで隣を歩く桜彩に軽く目を向けた。
「……色々と疲れたな」
「うん。テスト以上に疲れるとは思っても見なかったけどね」
「打ち上げの方が疲れるなんて思ってなかったからなあ」
先ほどのファミレスでのやり取りを思い出しながら苦笑する。
食べ終えた後もこれをいい機会にと、皆が普段二人で何をしているのかをあれこれと聞いてきた為、それに答えるので慰労どころではなかった。
「でも、やっとテスト終わったからね。これで一週間くらいは、少しゆっくりできるかな」
テストが終わったからか、桜彩の声は普段より少し柔らかい。
「そうだな。差し当たっては、夕方だな。ちゃんと準備しなきゃ」
「もちろん! お団子の材料、買わなきゃだし」
夜は陸翔と蕾華と共に、お月見の予定だ。
当然ながらお月見といえば月見団子。
桜彩がニコリと微笑み、空いている方の手で怜の頬に触れる。
いきなりの不意打ちに怜は思わず少し緊張して動きを止める。
そのまま二人でゆっくり歩いてスーパーへと向かう。
並木の葉が少しずつ赤や黄色に色づき始め、足元に落ちる葉がカサカサと音を立てる。
「秋だなあ」
「うん。秋だね」
暦の上では九月の末。
日中はまだ熱いが、夕方や夜はだいぶ過ごしやすくなった。
「お団子を作るのは七夕以来だよね。上手にできるかな?」
「まあ、手順さえ守れば簡単だな。でも今回はお月見だし、見た目は気を使うぞ」
「うん、頑張るね」
そんなことを話しながら歩くうちに、スーパーの看板が見えてきた。
駐車場は夕方の光に照らされて、アスファルトが暖かく輝いている
「それじゃあ早いとこ買ってしまうか」
「うん。早く作りたいしね」
笑顔で答える桜彩に怜も思わず微笑む。
二人は手を繋いだまま、ゆっくりと入口の自動ドアをくぐった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
店内はいつも通り柔らかな蛍光灯の光で照らされ、落ち着いた空気が漂っている。
混雑は少なくカートもスムーズに進め、まず選ぶのは白玉粉。
桜彩が手を伸ばし、手に取ったそれを確認する。
「これで良いよね」
「オッケー。もう一袋買っとくか」
「うん。みんなたくさん食べるしね」
「桜彩を含めてな」
「む……。今、食うルって思ったでしょ?」
桜彩が可愛く睨んでくる。
いつものことながら正直全く怖くない。
「……思ってないよ」
「むーっ!」
次に選ぶのは餡。
今回の月見団子は何種類かの味を用意するつもりだ。
「怜、餡子はこしあんにしようと思うんだけど、どう?」
「俺も同じだな。きな粉と合わせると最高に美味いぞ」
選んだ瓶を手に取り、二人で微笑み合う。
「それじゃあ次はきなこだね」
「ああ。みたらしの方は材料あるからな」
そして全ての材料をカートに入れ会計を済ませる。
怜が材料の入ったエコバッグを肩に担ぐと、桜彩がそっと手を添える。
「今日もありがとね」
「気にすんなって。適材適所だ」
荷物が多い日は桜彩にも手伝ってもらうのだが、この程度の量であれば怜一人で充分だ。
「むしろ桜彩には応援をお願いしたいな」
「うん。ぎゅっ!」
怜が頼むと、桜彩は嬉しそうに手を握ってくれる。
「元気、出る?」
「もちろん。疲労も全快したよ」
「ふふっ、良かった」
そう言ってにっこり笑う桜彩と手を繋ぎながら、アパートへの道を歩いていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アパートの自室前に到着すると、桜彩は小さく息をつきながら、鞄から合鍵を取り出した。
その際に鍵についている恋守りが揺れて、二人揃ってほほ笑み合う。
「じゃあ、開けるね」
「おお、頼むぞ」
桜彩がそっと鍵を回すと、カチャリと静かな音が響く。
ドアを開けて中へと入り、ひろまず荷物を下ろす。
「「おかえり。ただいま」」
ふたりでいつもの挨拶を交わして一息つく。
「ありがとな、桜彩。鍵、開けてくれて助かった」
「気にしないで。別に大したことしてないしさ」
その瞬間目が合うと、桜彩はふっと笑みを浮かべ、少しだけ顔を近づけてくる。
「でもさ、そう思ってるんだったらお礼……しててくれない?」
怜の心臓が、一瞬で跳ねた。
桜彩の言うお礼、それが何を求めているかを問い返す必要はない。
頷いて、そっと唇を重ねる。
温かく、柔らかい感触。
指先がかすかに肩に触れ、胸の奥がじんわりと熱くなる。
桜彩は息を合わせるように唇をゆっくり離すと、にっこりと微笑んだ。
「……どう? 満足?」
「うん、ありがとね。ご褒美、完璧だったよ」
えへへ、と笑い合ってリビングへと歩き出す。
エコバッグから材料を抱えながら、キッチンへと置く。
白玉粉の袋や餡子、きなこを置いたところで、怜は桜彩の方へと振り返る。
「なあ、全部運んだご褒美……ちょっと欲しいかも」
桜彩は驚くことなく笑顔で頷く。
頬はうっすら赤く、目が楽しそうに輝く。
「うん。お礼、するね」
怜は軽く息を吐き、少しかがんでそっと唇を差し出す。
桜彩は少し身を乗り出し、その唇を重ねる。
甘く、柔らかい感触が。
息が触れ合い、心臓の音が互いに届く距離。
怜はそっと桜彩の手を握り、唇の温もりを感じる。
しばらくして名残惜しいながらも唇を離す。
お互いに照れながら、それでも楽しそうにほほ笑む。
「桜彩。次はさ、おかえりのキスをしたい」
「うん。私もおかえりのキスしたい」
そして再び、いや、三度のキス。
「もっとしていたいけどさ、この後は用事があるからな」
「うん。そっちの方も大切だからね」
この後は陸翔と蕾華と共に月見が待っている。
故に、怜と桜彩も自分のするべきことをしなければならない。
二人で頷いた後、手を洗ったり私服に着替たりと準備をしてエプロンを着用する。
白玉粉の袋を開ける前に、もう一度桜彩が小さく肩に触れながら、にこっと笑った。
「さあ、準備完了。さっきのキスで元気も出たし、次は楽しく作ろうね」
「おう。全力でやるぞ!」
「怜。今日は凄く楽しみだね」
「ああ。団子作りも、お月見も、全部楽しみだぞ」
「ふふ、私も。怜と一緒だと、なんでも楽しいね」
小さな手の触れ合いを意識しながら、二人で団子を作っていく。
二人だけの小さな部屋のキッチンに、甘い空気と夕焼けの光が満ちる。
扉を閉める音、材料の袋を並べる音、そして互いの心拍――全てがこれから始まる団子作りの楽しい時間を予感させていた。




