第451話 前期期末試験終了② ~ファミレスにて~
打ち上げの為のファミレスへと到着する。
昼過ぎという時間ではあるが平日であることもあり、特に込み合っている様子はなかった。
中へ入ると微かに料理の香りが漂って来て食欲がわいてくる。
店員に人数を伝え、何人かのグループに分かれて座ることになった。
「それじゃあ桜彩、こっちにするか」
「うん」
桜彩を誘い、窓際のテーブルへと向かう。
隣同士で座り、正面には陸翔と蕾華が座った。
「ふぅ、やっと座れたね」
蕾華が深く息をつきながら背もたれに寄りかかると陸翔も隣で同じく肩を落とす。
「ほんとほんと。早く食いたい」
「テスト終わった解放感ってお腹すくよな」
「あ、それ分かる」
「ドリンクバーは全員か?」
怜が周囲を見回し皆に尋ねると、三人とも頷く。
「じゃあ、料理はどうする?」
「俺はハンバーグかな」
「じゃあ私はパスタにしようかな。サーモンのクリームソース、美味しそう」
桜彩と共にすぐにメニューを決めてしまう。
「怜のハンバーグ、少し分けてね」
「桜彩のパスタもな」
隣同士でクスリと笑い合う。
「オレはミックスグリル」
「アタシはオムライス!」
陸翔と蕾華もメニューを決めて、早速タブレットで注文。
隣のテーブルの方からも、メニューを手にした奏の『何にするかなー』という声が聞こえてくる。
他のクラスメイト達も楽しげにメニューを手に取り、次々と注文を終えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
全員が注文を終え、飲み物を持ってきたところで奏がグラスを掲げる。
「それじゃあみんな、テストお疲れ様ーっ」
「「「かんぱーいっ!」」」
他の客に迷惑にならない程度の声量で乾杯の声を上げ、皆でグラスを合わせる。
怜は桜彩のグラスと合わせ、顔をチラリと横に向ける。
桜彩も恥ずかしそうに目を伏せるが、微かに笑みが浮かんでいた。
「ふぅ……。喉に染みるなあ」
「同感」
陸翔が小さく息をつきながら、中のオレンジジュースを一気に飲み干す。
怜も同じようにアイスコーヒーを飲むと、テスト後の開放感も相まってじわりと体に染み込む。
「ほんと、テスト終わった瞬間って、なんでこんなに食欲湧くんだろうね?」
「うん。試験中はそんなことないのに、終わると急にお腹空くっていうか」
蕾華と桜彩もグラスを傾けながら頷き合う。
「そういえば今回の化学、最後の計算式、あれヤバかったなあ」
「うん。あれ絶対引っ掛けだよね」
「つーかあたしなんて方程式間違えてるのに気づいたの、終了二分前だったし」
「物理の方が難かしくなかったか?」
「もうテストの話はいいって。とりあえず今は全てを忘れて食べまくりたい」
クラスメイト達も飲み物を飲みながら、改めて今回のテストの感想や愚痴を言い合っている。
そんな和やかな空気の中、注文した料理が到着する。
ハンバーグ、サーモンクリームのパスタ、オムライス、ミックスグリル、テーブルの上に並ぶ料理に、より一層空腹感が増した。
「うわ、どれも美味しそう!」
目を輝かせながらスプーンを手に取る蕾華。
「それじゃあ桜彩。こっちをどうぞ」
「うん、ありがと。それじゃあ怜も」
怜は小皿に自分の料理を少し取り分けて、桜彩と交換する。
クリームソースのパスタを口に運ぶと、濃厚で滑らかな味わいに思わず目を閉じる。
桜彩も同じく、ハンバーグを少しもらって頬張る。
「美味しいな、これ」
「うん。怜の方のハンバーグも美味しいよ。分けてくれてありがとね」
怜が小声で言うと、桜彩も笑顔で頷く。
「あれあれ? あーんって食べさせないのー?」
すると隣のテーブルから奏がニヤニヤとして覗き込んできた。
「黙れ宮前。そんなのするわけ無いだろ」
「えー? クーちゃんから聞いてるよー。二人の時はよくやってるって」
前に教室で昼食を食べている時に、桜彩が口を滑らせたことを奏が蒸し返してくる。
一方で桜彩は恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「そーそー、ラブラブしてるならあーんくらいしてあげなよー!」
「見て見て! 二人で取り分けてるのに照れちゃってる!」
奏の言葉に、他のクラスメイト達も食事の手を止めてからかってくる。
当然ながら、目の前の親友二人もそれを止めようとはせずにニヤニヤとした視線を向けたまま。
「誰がお前らにネタを提供してやるか」
「そ、そうですよ……!」
怜は顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに口にした。
桜彩も頬を赤く染めながら小さく答える。
陸翔と蕾華ならいざ知らず、皆の前でそのようなことをしては、それをネタに数日間はからかわれることが確定してしまう。
すると奏が桜彩の頬を指差して
「あっ、クーちゃん。ほっぺたにクリーム付いてるよ」
「えっ?」
奏の指摘に驚く桜彩。
怜も桜彩の顔を覗き込むと、奏の言う通り桜彩の頬にパスタのソースが付着していた。
紙ナプキンへと手を伸ばし、一枚取る。
「桜彩、拭くから動かないで」
「あ、うん。お願い」
桜彩は少し恥ずかしそうに視線を逸らしつつも頷く。
怜が紙ナプキンをそっと桜彩の頬に当てると、桜彩の頬の柔らかさや温かさが指先に伝わり一瞬ドキリと心臓が高鳴る。
桜彩は恥ずかしそうに俯き、息を少し詰めながらもじっと動かずにいる。
「……うん、ありがとね」
クリームを拭き終えると桜彩が小さな声で呟いた。
しかし、そんな二人の様子を見逃すわけもなく、奏がまたしても顔を覗き込んでくる。
「あれー? キスで拭かなかったのー?」
ニヤニヤとした笑顔を向けて、更にからかってくる。
「なんでだ! 紙ナプキンだけで充分だろうが!」
怜は即座に否定するが、奏はニヤニヤとした笑みのまま桜彩を見る。
「えーっ、クーちゃんもそう思わない? ほら、前に二人きりの時、キスで拭いてもらったって言ってたじゃん」
「そうそう。しかもさ、実はクリーム付いてなかったって言うし!」
「――ッ!?」
慌てて怜が桜彩の方を見るが、桜彩はバツが悪そうに顔を逸らす。
「前にカラオケ行った時、ちゃんとクーちゃんから聞いてるんだよー!」
「桜彩?」
「ご、ごめんっ! つい口が滑って……」
申し訳なさそうに謝る桜彩。
頬を両手で押さえてますます赤くなっていく。
「ちょっときょーかん、あんまクーちゃんを責めないでよーっ。聞き出したのはウチらなんだからさ」
「……分かった。つまりお前らが悪いんだな?」
「えー? でも蕾華も止めなかったよー」
「っておい蕾華、お前もか!?」
「あはは、まあまあいいじゃん。アタシもれーくんとサーヤのこと聞きたかったし」
目の前の親友も笑いながら告げてくる。
一方でその話を初めて聞いた男子達は
「おい、マジか!?」
「光瀬、お前二人の時そんな感じなのかよ!?」
「やべえ、想像できねえ」
と興味深そうに怜を覗き込んできた。
「…………シャラップ」
「うぅ…………」
当然ながらここで否定しても誰も信じてくれないだろう(事実なのは間違っていないが)。
桜彩と共に皆の視線から逃れるように顔を伏せる。
「おいおい。その辺にしとけって」
「あはは。とりあえずさ、デザートでも頼もっ!」
ここでやっと親友二人が助け舟を出してくれた。
正直、もう少し早く助けてくれても良かったのではないかと思うのだが。
とはいえ、その言葉に皆もこちらに向けていた顔を一旦戻す。
怜も恥ずかしさからメニューを手に取り、顔の前で開く。
これで今の恥ずかしがっている顔を、他の皆に見られることはないだろう。
隣の桜彩も恥ずかしそうに、メニューを覗き込んで顔を見られないように隠している。
「うぅ……、恥ずかしかったよぅ……」
「俺も。まさかこんなからかわれるとはな……」
「ご、ごめんね。私が口を滑らせちゃったから」
「気にするなって。どうせ蕾華や宮前が言葉巧みに誘導したんだろうし」
そのくらいのことは経験上、もう聞くまでもなく分かっている。
「うん。さすがに皆の前でキスはできないよね……」
「ああ。さすがにできないよな」
そう言って怜は視線をメニューの方に戻し、そこでふと気づく。
今はメニューで顔を隠している為に、他の皆からは自分達のことが見えてはいないということに。
「桜彩。バレなければ……」
そう小さな声で呟くと、桜彩がきょとんとした顔を向ける。
その小さな唇に、顔をそっと寄せて、優しくキス。
「ん……」
「ん…………。あっ……」
唇を離すと桜彩の表情が驚いたように変わる。
そんな桜彩に、怜は周囲に聞こえないように小さな声で
「ほら。今はメニューで隠れてるからバレないし」
「あっ、そ、そうだね……」
怜の言葉に桜彩がくすりと笑う。
「それじゃあさ、怜、もう一回……。ちゅ…………」
「ちゅ…………」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なあ…………」
「はあ…………」
怜と桜彩の正面に座る二人の親友、陸翔と蕾華は、目の前に広げられたメニュー、そしてその奥で行われている怜と桜彩を見てため息を吐く。
メニューで隠されている為に直接見ることはできないが、二人が何をしているのかはもう一目瞭然だ。
「あれで隠せてると思ってるのか?」
「……まあ、いいじゃん。幸いなことに、アタシ達以外にはバレてないし」
奏をはじめとしたクラスメイトはそれぞれのテーブルに戻っている為に、今こちらに対し視線を向けている者はいない。
故に、目の前の二人が何をしているか気付いているのは自分達だけ。
「怜ってこんなバカだったんだな……」
「恋は盲目って言うけどね……」
呆れたようにため息を吐きながら、コーヒーを口に含む。
砂糖やガムシロップは入っていないはずなのに、まだデザートも頼んでいないのに――
そのブラックコーヒーは、何故だか甘く感じてしまった。
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