第447話 再びの女子会③ ~「もうきょーかんと×××した?」~
「はあーっ…………! うん、満足満足!」
「ごちそうさまー」
「まさかあの光瀬君がね……」
桜彩から話を聞いた皆がうんうんと頷きながら顔をほころばせる。
桜彩としてはもう恥ずかしさで一言も発することができない。
しかしふと奏がきょとんとした顔で問いかける。
「でも学校ではまだそんなにラブラブな雰囲気出してないよね。いや、傍から見ればもう充分すぎるほどなんだけどさ」
「あ、それ確かにー。お弁当食べる時だって、あーんって食べさせてないしさー。二人きりだとやってるんでしょ?」
「う……。そ、それは、そうですけど……」
怜と恋人同士である、ということを隠さないようにはなった。
これまでとは違い一緒に登校するようになったし、桜彩の昼食はパンや既製品の弁当ではなく、二人で作った弁当を持って来て一緒に食べている。
とはいえ(桜彩としては)TPOは弁えているつもりだ。
人目のあるところでは二人きりの時とは違いイチャイチャは控えるようにしている。
「なんか話によると、普段はもっと甘えてるってことでしょ?」
「は、はい……」
もちろん怜と二人の時はもっと怜に甘えている。
キスの他にも一緒に二人でお菓子を食べさせ合ったり、膝枕したりされたり。
優しく頭をなでなでとされた時の心地好さは言葉にはできないくらいの幸せだ。
「学校でももっと甘えたいーっ、とか思わないの?」
「そ、それは思ってますけど……。で、でもさすがにそれはマズいというか……」
真っ赤になった顔で小さく呟く。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(いや、今でも充分にマズいから……)
(二人で見つめ合って笑ったりしてるしね……)
(ていうか、もう二人の周りだけすっごい甘い空気作ってるよね)
(今までは蕾華達が目立ってたけどさ、正直蕾華達よりもクーちゃん達の方がバカップルだよ……)
桜彩の言葉に呆れるクラスメイト達だが、あえてそこはツッコまない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そ、その分、二人の時は、もっと怜と仲を深めたいって思っているのですけれど……」
その言葉に、場の空気が一瞬静まった。
慌てて周囲を見る桜彩だが、クラスメイト達はお互いの顔を見合わせて微妙な表情を浮かべている。
「あれで充分じゃないの?」
「告白もしたし、手を繋ぐのもキスもしてるんだよ? もうかなり仲良いと思うけど」
「うんうん、それ以上ってなんか恥ずかしくない?」
「そもそもさっきのエピソードもねえ……」
思っていたのとは違う反応に、桜彩は戸惑いを隠せない。
「そ……そうですか……? ま、まだまだ足りないというか…………」
「足りないって、どこが?」
「そ、その……、た、確かに恋人になって、キス……はしているんですけれど、それ以外は恋人になる前とはあまり変わらないなって……。い、いえ、もちろん幸せなのはそうなのですけれど…………」
何と表現して良いか分からずに言葉が小さくなる。
今の生活はとても幸せだ。
もっと怜とイチャイチャとしたい、とは思うものの、決して現状に不満があるわけではない。
皆の視線が一斉に桜彩へと向けられ、空気がまた張り詰める。
そんな中、奏が真顔で切り出した。
「ていうかさ……、もうウチ以外のみんなも気になってると思うから、思い切って聞いちゃうけど」
「え? 何ですか?」
「クーちゃん、もうきょーかんとエッチした?」
「ごほっ!」
予想外の言葉に桜彩は飲んでいたジュースでむせてしまう。
その音を最後に、カラオケボックスの中から音が消えて緊張が走る。
桜彩の顔がみるみる赤くなり、目をぱちぱちとさせて言葉を詰まらせる。
「え、エッチって……な、何を……?」
そう問い返すが、奏は真剣な目で桜彩を見返しながら
「いや、だからエッチ。つまりセック――」
「わ……分かってますっ! そ……そんな言葉、言わなくていいですから!」
顔を真っ赤にして慌てふためく。
声が震えているのが自分でも分かる。
「って奏! 何聞いてるの!」
さすがに蕾華が横から大声で突っ込む。
しかし奏は真剣な表情を崩さずに言葉を続ける。
「いやいや、一応言っとくけどさ、これは冗談でもからかってるわけでもないからね。クーちゃんときょーかんってもうキスとかいろんなことしてるじゃん。夏休み前から実質付き合ってたみたいなもんだし……。だとしたら次はもうエッチじゃないん?」
その言葉に桜彩の心がざわついた。
ぼんやりと頭の中に浮かんでくる言葉や想像に、胸がドキドキしてくる。
「そ、それは……っ」
返す言葉が見つからない。
否定しようと口を開いても、なぜか声が出ない。
脳裏に浮かんでしまったのは怜の顔。
今までの距離感、触れた時の温もり、見つめられたときの胸の高鳴り。
心臓が、やけに速くなる。
「でもまあ、確かに奏の言う通り、次はそーゆーことになるよね」
「うん。っていうか、それが自然だと思うよ」
何人かが頷きながら奏の意見に同意する。
一方で
「初めてはやっぱり慎重になった方がいいと思うな。気持ちがあっても、タイミングとか場所とか……ちゃんと考えないと後悔するかもしれないし」
「私は……まあ、自然にそうなるなら、それでいいんじゃないって思うけど。あんまり構えすぎても、逆に雰囲気壊れそうだし」
「でもクーちゃんと光瀬って、もう充分に信頼関係できてるじゃん? 手も繋いで、キスもして、デートもして……。ここから先はさ、もうお互いの気持ちをちゃんと確かめ合う段階なんじゃない?」
「確かに付き合い始めたのは一か月前かもしれないけど、でも実質的にはもう何か月も前から付き合ってたようなもんじゃん?」
「でもさ、二人共結構ウブなとこあるからね。あんまり急がなくても良いんじゃない?」
「うん。二人の付き合いって普通のそれとは少し違うしさ」
色々な意見が桜彩の耳へと届く。
すると奏が桜彩の方を向いて
「聞くけどさ……、そうなること、想像したことないの?」
「そ、それは……」
視線が泳ぐ。
考えたことが全くないわけではない。
当然知識としては知っている。
だが、それが自分の身に訪れる現実として考えたことは正直なかった。
しかし、その言葉をきっかけに意識してしまう。
怜と、そのような行為をすることを。
ベッドの上、見つめ合い、手を重ねる。
自分に触れる怜の手の温もり。
耳元で名前を呼ぶ声。
視線が絡まり、唇が重なり……そして、その先へ。
(……やだ、こんなこと……)
想像してはいけないと思うのに、頭の中に勝手に映像が浮かんでしまう。
「それにさー、男子だって我慢してるんじゃないの?」
「うんうん。光瀬君だって男だしねー」
「でもさ、そう思っててもクーちゃんのこと大事にし過ぎて絶対に自分から言ってはこないよね」
(えっ……!? れ、怜も、我慢、してるのかな……?)
もしも怜が我慢しているのであれば、自分は――
(わ、私は……怜になら……捧げても……)
口には出さない。
だけどその瞬間、心臓が耳元で鳴るほど速くなる。
顔が真っ赤になったのを見て、女子たちは一気に柔らかい笑顔になった。
「ちょっと、顔真っ赤なんだけど」
「ほんとだー。絶対考えてたでしょ」
「な、なにを……」
「なにを、じゃないって。エッチのこと」
「――っ!!」
声にならない悲鳴が喉から漏れ、桜彩は両手で顔を覆った。
そんな桜彩の背中を、奏が優しく笑いながらぽんと叩く。
「でもさ、クーちゃんがそう思えるなら、それって凄く大事なことだと思うよ。相手を信頼してて、大切に思ってて……そういう人にだからこそ、って思えるんでしょ?」
「はい……」
小さく頷くと、他のクラスメイトも穏やかな声で付け加える。
「だからこそ、焦らないでね。初めてって一回しかないんだから。後悔しないように」
「そうそう。必ずやらなきゃ駄目ってわけでもないしさ」
「うん。下手に焦って失敗したら目も当てられないし」
「……そうですね」
考え込みながらグラスを傾ける。
味が分からないのは、氷が凍けて薄まったせいだけではないだろう。
「ま、どっちにしろクーちゃんは幸せそうだし。あとは自然に任せれば、そういう日が来るよ」
――自然に。
その言葉が、桜彩の胸に深く残った。
想像してしまった未来が、もしかしたらそう遠くないかもしれないと思うと、怖さよりも、不思議と温かい感情の方が大きかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カラオケの時間もそろそろ終わりを迎える。
桜彩は小さく深呼吸をして周囲を見ると、皆が優しい微笑を向けていた。
「クーちゃん。さっきの話だけどさ、焦らなくて大丈夫だからね」
「そうそう、光瀬君も絶対クーちゃんのペースでいいと思ってるしね」
「うん、自然に、無理せずでいいんだよ。二人の時間はまだまだこれからたくさんあるんだから」
「焦らなくていいからね」
「うん。確かに次のステップではあるけどさ、急いでらなきゃいけない事じゃないし」
口々に焦ったりせずによく考えるようにアドバイスしてくれる。
「そ、そうですよね……。私、つい色々考えすぎてしまって……」
桜彩は胸の奥で、じわりと温かさを感じる。
確かに皆の言う通り、いずれは怜ともそのような行為をすることになるだろう。
しかし、それは決して今すぐにしなければならないわけではない。
「みなさん、ありがとうございます……。今日は、色々考えられたし、少し気持ちも落ち着いたかも」
「うん。そーゆーのってさ、自然に来ると思うから。それが今日なのか、明日なのか、それとも一年後なのかは分からないけど、クーちゃんときょーかんならきっとその時を大事にできるよ」
桜彩の胸に柔らかい温かさが広がる。
緊張もまだ少し残ってはいるが、今は安心と優しさに包まれていた。
そして『お疲れー』『それじゃーねー』などと言って、女子会は終了する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
女子会を終え、桜彩と蕾華は二人で帰り道を歩く。
「サーヤ、ちょっといい?」
蕾華が足を止め、真剣な表情で桜彩を見つめる。
「れーくんのこと、不安に思わなくて大丈夫だからね。本当にサーヤのこと大事にしてるからさ。もちろんサーヤもそれはちゃんと分ってると思うけど」
桜彩は少し顔を赤らめながら頷く。
「だからさ、みんなも言ってたけど、焦る必要はないから。二人で一緒に自然に歩いていけば良いんだって。それこそ奏が言っていたようにさ、今日なのか、明日なのか、一年後なのかは分からないけどね」
蕾華の言葉は遠くで聞こえる車の音や風に混ざりながらも、桜彩の心にしっかりと届く。
「……ありがとね、蕾華さん」
桜彩は小さく笑うと蕾華が抱き着いてくる。
帰り道を歩く足取りも、心なしか軽くなっていった。




