第446話 再びの女子会② ~怜との思い出話を~
「ね、ね、クーちゃん! 光瀬君とはどんな感じ!?」
「キスは!? どんな感じでしてるの、ねえ!?」
「そ、それは……」
矢継ぎ早の質問に桜彩が慌ててしまう。
皆が自分の方へとすり寄って、顔を向けてくる。
頼みの蕾華もニヤニヤとした視線のまま。
これはもう何か答えるまで解放されないだろう。
「そ、その……、こ、この前……」
「うんうん!」
「れ、怜と一緒にケーキを食べていたんですけれど……」
「それで!?」
「怜が、あっち見てって横の方を指差したんですよ」
「ほうほう!」
「そしたら特に何もなくて……、それでいったい何のことか怜に聞こうとして怜の方に向いた瞬間に……キス、されました……」
顔から火が出そうになりながらも先日の出来事を告げる。
すると皆は一瞬静かになり、そして一気に沸き立った。
「キャーッ!! 何それ! 詳しく!!」
「不意打ちでキス!? あの光瀬が!?」
「クーちゃん相手だとそんな感じなんだーっ!」
「普段のきょーかんからは考えられないよねーっ! 恋人にしか見せない姿かーっ! クーちゃん的にそーゆーのってキュンって心に響くんじゃないーっ!?」
「そ、それは……、はい…………」
皆にからかわれながらも、桜彩は先日の出来事を思い出す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夏休み終盤、怜と一緒にリュミエールでアルバイト。
仕事中は流石に普段のようなスキンシップはないものの、それでも好きな相手と一緒に仕事。
商品を補充しに来た怜と目を合わせて微笑み合ったり、紙ナプキンを補充する時にすれ違ったり。
そんな些細なことですら楽しかった。
そしてアルバイトを終えてアパートに戻っての夕食。
「ふぅ……。やっぱり怜のご飯は美味しいなあ」
「ありがと。それにさ、アルバイトで頑張った後のご飯ってのも格別だろ?」
「うん! もうお腹いっぱいだよー」
本日の夕食のチンジャオロースは、ご飯もおかずも何杯もお代わりしてしまった。
「そうか。それならケーキは食べられないかな?」
意地悪そうに聞いてくる怜。
そんな怜に、桜彩はむっとした表情を作る。
「そんなわけないでしょ。それは別腹」
もちろんお腹がいっぱいなのは事実だが、だからと言って食べられなどということはない。
本日のデザートは、お土産に貰ったリュミエールのケーキ。
これを貰ってから今の今までずっと楽しみにしていたのだ。
「ははっ、やっぱり食うルさんだな」
「むーっ! えいっ!」
からかってくる怜の口を横に引っ張る。
「このっ、このっ!」
「ひょっ! 痛ッ!」
食うルと言われるのは心外だが、このようなやり取りもそれはそれで楽しい。
少しばかり怒っていたのだが、つい笑顔になってしまう。
そしてお茶の用意をしてデザートタイム。
フォークを手にして一口食べた瞬間、桜彩は思わず目を細める。
ふんわりとしたスポンジの甘さと、滑らかな生クリームの優しい口当たり。
ただでさえ幸せな食後の満ち足りた時間を、更に幸福なものへと変えていく。
「……やっぱり、凄く美味しい」
仕事中、ずっと見ていたリュミエールのケーキ。
食べたいが食べられない、そんな葛藤を乗り越えた先のこの瞬間。
甘く滑らかなクリームが舌の上で溶けていく。
「うん。美味しいよなぁ」
怜も幸せそうに表情を緩めている。
そんな気の抜けた怜が可愛くて、ついクスリと笑ってしまう。
「ん、どうかしたか?」
「ううん。そうやって幸せそうに食べる怜も可愛いなって」
「そ、そうかな……」
戸惑うように苦笑する怜。
すると正面に座る怜が小さく笑った。
その笑みはからかうようでいて、どこかいたずらっぽさが混じっている。
ふと指を伸ばして壁の方を指差した。
「なあ、桜彩。あそこ見てみろよ」
「え?」
桜彩は思わずそちらに顔を向ける。
しかしそこには何もなかった。
「……? 何も……」
不思議に思って怜の方へ振り返った、その瞬間。
目の前いっぱいに怜の顔が広がっており、柔らかなものが唇に触れた。
「ちゅ…………」
「――っ!?」
思わず肩を震わせる。
何かを考える間もなく怜の唇が優しく重なり、心臓の鼓動が跳ね上がった。
温かく、ふいに触れたその感覚に思考は真っ白になる。
ただ、胸の奥から甘い衝撃が広がっていく。
ほんの一瞬の、不意打ちのキス。
唇が離れ、桜彩は目を丸くしたまま固まってしまい、そして状況を理解した後ゆっくりと幸せな気持ちに浸る。
そんな桜彩に、怜はからかうように微笑んだ。
「桜彩の顔も可愛いぞ」
「う、うん…………」
先ほど可愛いと言ったことに対する仕返しということだろう。
頬が一気に熱を帯び、視線を逸らしてしまう。
胸の鼓動はまだ速く、耳の奥まで赤くなっている気がした。
そんな桜彩を怜はじっと見つめ、今度は真面目な声音で言った。
「それよりさ。桜彩、頬」
「え……?」
「クリーム付いてるぞ」
「えっ……、嘘……!?」
慌てて手で触れようとするが、怜に制される。
「俺が拭くからさ。横、向いて」
「うん……」
胸がぎゅっと高鳴り、桜彩はおずおずと顔を横に向ける。
視界の端にティッシュを持った怜の手が近づいてきて、指先がそっと頬に触れる。
もう何度もこうして怜には拭いてもらっている。
時にはこれよりももっと過激に、唇を使って。
だがいつまでたっても慣れる物ではない。
唇ではなく手とティッシュでただ拭われているだけなのに妙に意識してしまい、くすぐったくてたまらなかった。
「……取れた」
言われて顔を正面に戻すと――またしても目の前に怜の顔があった。
今度も避ける間もなく、もう一度唇が重なる。
「ちゅ…………」
「ん……!? ちゅ……」
不意打ちの二度目のキス。
今度は先ほどよりも長く、優しく触れ合う。
ほんのり甘いケーキの味と、怜の味が混ざり合い、胸の奥をじわりと熱くする。
唇が離れた時、怜が微笑んで囁いた。
「これで、完全に綺麗になったな」
その言葉に、桜彩は頬を赤くしたまま、つい小さく問い返す。
「……あの、本当に……付いてたの?」
問いかけると怜はどこか悪戯っぽく目を細め――
「ん? 最初から付いてなかったけど」
「――――ッ!?」
思考が一瞬真っ白になり、顔が一気に熱に染まる。
「な、な、なにそれ……っ! じゃあ、全部……」
「もちろん、キスしたい口実」
そう囁く怜の声はイタズラっぽく、そして甘く。
桜彩は思わず両手で顔を覆い隠した。
だが、隠した顔は羞恥以上に嬉しさに染まっていることは見るまでもない。
胸の奥いっぱいに広がる甘さは、ケーキよりもずっと濃厚だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そ、その後も……」
「その後!?」
「まだ何かあるの!?」
食い気味に詰め寄られ、桜彩はますます視線を落とす。
「……クリームが付いているから拭いてあげると言われて……横を向いたら、拭いてくれて……で、また……キスを…………」
最後の言葉は消え入りそうな声だったが、皆の耳にはしっかり届いていた。
「二回目ぇ!? やだもう、甘すぎ!」
「ちょっと待って。クリームって……」
「……待って、それ本当に付いてたの?」
その問いに、桜彩は小さく唇を結んで小さく首を横に振る。
「その……付いてなかったみたいです……」
「「「キャーッ!!!」」」
部屋中が悲鳴と笑い声で揺れた。
「え、じゃあそれって全部、キスの口実!?」
「光瀬、策士すぎるんだけど!」
「クーちゃん、完全に翻弄されてるじゃん!」
「ち、違っ……! 翻弄とかじゃなくて……!」
必死に否定する桜彩。
しかし両手で顔を覆ったその隙間から覗く恥ずかしさと、そして少しばかりの笑みは隠しきれない。
「……でも、幸せそうだね、クーちゃん」
少し落ち着いた声で言われ、桜彩は小さく頷いた。
「はい。凄く幸せです……」




