第444話 教室でお揃いのお弁当を
昼休みのチャイムが鳴り、教室のあちこちで椅子の音やお弁当の包みを開く音が聞こえてくる。
「てかさ、ウチも一緒で大丈夫なん?」
普段は元気で明るくいつも教室の空気を明るくする奏だが、今日に限っては少し遠慮がち。
しかし桜彩がにこりと微笑む。
「もちろん大丈夫ですよ。むしろ断る理由がありませんし?」
当たり前のように答える桜彩に、奏は若干苦笑する。
「いやー、だってさ。せっかく恋人同士だって公になったんだから、もうバカップル二組で食べたーい、とか思わないん?」
「いや、バカップルってな……」
奏の言葉に怜が呻く。
陸翔と蕾華の二人に関してバカップルというのは充分すぎるほどに理解できるのだが、なぜ自分と桜彩までそう言われなければならないのか。
「ですが、宮前さんも私にとっては大切なお友達ですから。これまで一緒に昼食を食べてきた相手に対して、そんな風に思ったりはしませんよ」
桜彩の言葉に残る三人で頷く。
実際に夏休み前までは、桜彩と蕾華、奏の三人で昼食を食べることも多かった(毎日ではない)し、その時も怜や陸翔も話に絡むことが多かった。
「うん! サーヤの言う通り気にすることないって」
「えへへ、ありがと」
「わっ! ちょ、ちょっと……」
奏は少し安心したように笑って桜彩へと抱き着く。
桜彩は戸惑いながらも、それでいて拒否することはせずに奏の法要を受け入れる。
そのまま奏は桜彩をひとしきり抱きしめた後、ようやく机の端に腰を下ろす。
そんな感じで、計五名での昼食の時間が始まった。
怜が弁当箱の蓋を開けると、奏がにこにこと声を張る。
「うわー、きょーかんのお弁当、めっちゃ豪華じゃん! さすがだなー」
そして桜彩の弁当箱の中身を見て首をかしげる。
「そういえば、クーちゃんもお弁当なんだね。ってことはー? やっぱり! きょーかんと同じメニューだ!」
興奮しながら驚愕の声を漏らす奏。
当然ながら、桜彩の弁当箱の中身は怜と一緒。
朝に二人で作ったおかずが詰め込まれている。
「そっかそっか。クーちゃん、きょーかんにお弁当作ってもらったんだね」
「はい。もう隠す必要はないからと」
「あははー。惚気だー」
「の、惚気って……。ま、まあ怜のお弁当は楽しみですけど……」
奏のからかいに桜彩が照れながら答える。
正確には怜と桜彩が二人で作った弁当なのだが、二人がアパートの隣同士に住んでいる所はまだ隠している為に訂正はできない。
まあ、桜彩としてもこの弁当の中身はほぼ怜の指示によるものなので、そういった意味で怜の弁当ということは肯定的ということもあるのだろう。
怜は照れくさそうに箸を持ち、弁当箱を少し覗き込む。
「まあな、見た目だけでも楽しんでくれ」
「いやいや、絶対味も美味しいって! やっぱり料理できる男子ってカッコいいよね~」
そう言って怜の方を意味ありげにちらりと見て、肩を叩いてくる。
「むぅ……」
そんな奏を見ながら、口を曲げる桜彩。
六月に奏が怜に告白したこともその要因の一つだろう。
そんな桜彩の反応に奏は満足そうに自分の弁当と向き合う。
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一方で陸翔と蕾華は、そんな三人のやり取りを尻目に昼食の準備を進めていく。
「なんつーか、さやっちもからかいがいがあるよな」
「うん。良い反応するからね」
陸翔と蕾華も呆れながら自分の弁当箱を開く。
もちろん過去に奏が怜に告白したことがあり日頃から怜に対してスキンシップが激しかったとはいえ、彼氏持ちの怜に本気でちょっかいを掛けることはないと信頼しているが。
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そのまま四人で他愛もない話をしながら昼食を食べる。
そんな折、ふと奏がニヤリと笑って
「ねえ二人共。もっとイチャイチャして食べないの? あーんとかさ」
奏の言葉に怜と桜彩は同時に箸を止め、顔を真っ赤にして固まってしまう。
気のせいか教室の空気も一瞬止まったように感じられる。
怜は箸を持ったまま慌てて言葉を返す。
「そ、そんなの……別にするわけないだろ!」
「そ、そうですよ……! が、学校でなんて、そんな……」
「って桜彩!」
桜彩の失言に気付いた怜が慌てて言葉をかぶせるが、奏の耳にはばっちりと届いていたようでニンマリとした笑みを浮かべている。
「へぇ~っ。学校でなんて、ねえ……」
「…………あっ!」
奏の指摘により、桜彩も今の失言に気が付いた。
そんな桜彩に、奏はニマニマとした笑みのまま顔を寄せていく。
「ち……違っ、そ、そうじゃなくて…………」
「ってことはさあ、二人っきりの時はやってるってことだよねぇ?」
「え、えっと、それは……」
奏から問い詰められた桜彩があわあわと慌ててこちらを見てくる。
とはいえこの状況、どうすれば良いのか。
「そこまでにしとけって」
とりあえず奏を止めることにする。
しかし怜の反応に奏は更に目を瞬かせて口角を上げる。
「なにそれ〜! 庇っちゃって、ますます怪しいんですけど? ねぇクーちゃん?」
「――っ!」
桜彩は俯いたまま、机に小さく突っ伏してしまった。
耳まで真っ赤になった横顔を、怜がそっと手で隠すように寄り添う。
二人が揃って真っ赤になっている様子は、何より雄弁な答えだろう。
クラスのあちらこちらからも、『あーんってやってるんだって』『うわー、光瀬君、激甘~っ!』『ちょっと見て見たいかも』などと声が聞こえてくる。
「彼氏が彼女を庇うのは当たり前だろ……」
恥ずかしながらも怜はそう口にする。
「わあ~っ! いい彼氏持ったね、クーちゃん!」
「うぅ…………」
「うんうん。見てるこっちまでニヤニヤしちゃうよ」
「黙れ宮前」
怜は思わず箸を置き、短く息をついた。
しかし奏のニマニマとした笑みは終わらない。
それだけではなくクラス中からの視線を感じ、顔を上げることができない。
「くそ、見てるな……」
「あはは。二人ともご馳走様」
「うぅ…………」
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「……なあ」
箸を動かしながら、陸翔がぼそっと漏らす。
「どうしたの?」
首を傾げる蕾華。
「いや、オレ達ってよくバカップルって言われるだろ? 怜以外からも」
「うん、まあ……確かに言われるね」
二人は視線をそろりと怜と桜彩の方へ向ける。
怜は必死に桜彩を庇い、桜彩は顔を真っ赤にしてそれに答えている。
交わすやり取りは、どう見ても恋人のいちゃつき以外の何物でもなかった。
「……あれ見てるとさ」
「うん」
「オレ達よりアイツらの方がよっぽどバカップルに見えるよな」
「……同感。多分皆もそう思ってるよね」
周囲の反応を見ると、他のクラスメイト達も呆れるやら微笑ましいやら、そんな表情で怜と桜彩を見ている。
この分だと自分達以上のバカップルだと思われるのは時間の問題だろう。
ため息まじりに、二人で呆れながら弁当をつつく。
夏休み前ならいざ知らず、今クラスで一番甘い空気を放っていたのは、もはや自分達ではなく怜と桜彩の方だった。
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