第443話 恋人としての初めての登校
「それじゃあそろそろ行こうか」
「うん。……ちゅっ」
「ん……ちゅっ……」
時計を見るとそろそろ出発する時間。
二人揃って玄関の外へと出る前に優しいキス。
しかし昨日までとは少し違う。
昨日までは、このアパートを出るまでが恋人。
そこから先は多少仲の良いクラスメイトを演じなければならず、二人にとって残念な時間となっていた。
しかし今はもう違う。
昨日までとは違い、アパートを出ても恋人同士のままでいられる。
「桜彩」
「うん」
そっと手を差し出すと、その手に指を搦める恋人繋ぎ。
「それじゃあ行こう」
「うんっ!」
アパートを出ても恋人のままでいられることに桜彩が最高の笑みを浮かべる。
怜も笑いかけ、一緒に玄関を後にする。
そしてエントランスへと到着し、手を繋いだままアパートの外へと一歩踏み出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝の通学路。
これまでは周囲の目を気にして、わざと時間をずらして登校していた。
桜彩と並んで登校したのは桜彩の病み上がりに四人で登校した時と、夏休みゼロ日目の二回のみ。
もう隠す必要はない。
夏休み明けの初日、二人の関係が公になったのだから。
まだ夏の名残を残す蝉の声が響く中を、制服姿の怜と桜彩は手を繋いだまま並んで歩いていく。
さすがに毎日こうして手を繋いで登校するわけにはいかないが、恋人同士の初登校ということで今日に関しては特別。
「……なんか、変な感じだね」
桜彩が小さく呟く。
「何が?」
「こうして一緒に歩いて登校するの。……今までずっと避けてきたからさ」
その横顔は少し照れくさそうで、けれどどこか嬉しそうでもあった。
怜も、胸の奥がくすぐったいような感覚に満たされる。
「確かにな。前から一緒に登校したいって思ってたけど、バレるのが怖くて我慢してたし」
「うん……」
二人の足取りは自然とゆっくりになる。
周囲には同じ制服を着た生徒たちの姿がちらほら。
誰かがこちらを見ているような気がして、怜はふと指先を意識する。
チラリと隣を見ると、桜彩もこちらの顔と、繋いだ手を交互に見ていた。
次の瞬間
「……えいっ」
桜彩が小さく声を漏らし、怜の手を握る手に少しだけ力を込めてくる。
その行動に怜は驚くが、桜彩は怜を見上げたまま優しく笑って呟く。
「もう隠す必要ないからさ」
その声は消え入りそうに小さかったが、手のぬくもりは確かで。
怜も思わず口元を緩めて、同じように少しだけ力を込める。
「……そうだな。今にして思えば、もっと早くこうしてれば良かったかも」
「……もう、恥ずかしいこと言わないでよ」
「恥ずかしいのはお互い様だろ」
言い合いながらも、繋いだ手を離す気配はなかった。
むしろ指先は自然に絡み合い、互いの温度を確かめ合うように強く結ばれていく。
通学路を行き交う生徒たちの中には、ちらりとこちらを見て笑う者もいる。
ニヤニヤとした視線を送る者や、戸惑いの視線を送る者。
そのような様々な視線を感じるたび、二人の頬は赤く染まる。
だが、それ以上に胸の奥は温かく満ちていた。
「ねえ、怜」
「ん?」
「……これからは、毎朝こうして登校するんだよね」
「ああ。二人一緒に玄関を出て、エントランスに着いて」
「でも、そこで別れずに、こうやって一緒に歩いて学校に向かう」
「たまにはこうして手を繋いでな」
「……ふふ。夢みたい」
桜彩は少し俯き、けれどその横顔には笑みが浮かんでいる。
もう、隠す必要はない。
堂々と隣に立ち、繋いだ手を離さずに、二人で朝の通学路を歩いていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ついに学園の校門前へと到着した。
もう周囲には多くの学園生がおり、多くの視線が怜と桜彩へと降り注ぐ。
しかしそれでも手を離さずに、二人で校舎へと入っていく。
教室前へと辿り着くと、一度深呼吸。
昨日、二人が恋人同士であることはクラスに知られてしまった。
なればこそ、この関係を隠したりはしない。
いままで公にできなかった分、これからしっかりとやりたいことをやっていく。
「……昨日、伝わったとはいえ……、やっぱり恥ずかしいね」
桜彩は小さな声で呟いて、怜の手をぎゅっと握り返す。
怜も少し顔を赤らめながら、静かに答える。
「そうだな……。でも、こうやって一緒にいると安心するぞ」
手を握り合ったまま、互いの存在を確かめる。
少し緊張しながらも手を繋いだまま教室の扉を開けた。
教室に足を踏み入れると、すぐに数人のクラスメイトが二人を見てざわめいた。
「うわー、手繋いで来た!」
「昨日の発表通りだね! もう隠さなくていいんだ?」
「いいなー、ラブラブだな!」
からかうようなクラスメイトの声に、怜と桜彩の頬は自然と赤くなる。
それでも桜彩はは目を伏せて小さく笑い、怜も少し照れくさそうに笑った。
「なに? これから毎日そうやって来るの?」
「……さすがに手を繋いで登校するのは今日くらいです」
「なーんだ。からかいがいがないなあ」
「で、でもこれから毎日、こうして一緒に登校しますし……」
早速桜彩が友人にからかわれている。
そして怜の方を向いて、恥ずかし気にぽそりと呟く。
「や……やっぱりからかわれたよね……」
小声で言ってくる桜彩に、怜は肩をすくめて優しく微笑む。
「まあな。でもこうなることは予想してたし」
その言葉に桜彩は少し肩の力を抜き、二人の間に安心感が流れる。
そのまま自分達の席に着いて、繋いだ手を離した。
すると、別のクラスメイトがからかう声を重ねてきた。
「ほんとについこの前に付き合ったばっかり? 夏休み前からあんなに仲良さそうだったのに!」
「だよねー! 今もまだ信じられないよ」
桜彩は耳まで真っ赤になり、困ったように怜の方を見てくる。
怜も顔を赤いままだが、桜彩を背中にかばうようにしてクラスメイトの方へと向き合う。
「だ、だから本当だって。まあ、仲は良かったけどな……」
少ししどろもどろになりながら答える怜に、桜彩は小さく笑って小声で囁いた。
「ほんと、恥ずかしい……でも嬉しい……」
そんな桜彩の姿を見て、再びクラスメイトからからかうような声があがる。
「うぅ…………」
怜はそっと桜彩の肩に手を置いて優しく微笑む。
「大丈夫だって。別にみんな怒ったりしてるわけじゃないし、それにさ、俺がそばにいるから」
桜彩もそれに応じ、手をぎゅっと握り返す。
まだ恥ずかしさはあるけれど、それも恋人としての甘さに変わっていく。
二人の間に静かな温かさが広がる中、教室の空気は朝の光とともに柔らかく満たされていた。
すみませんが体調不良の為、明日更新できません




