第439話 夏休み明けの教室④ ~秘密でなくなった秘密の関係~
新キャラ(モブ)です
田島 (たじま):怜のクラスメイト(女子)
これまで二人の関係を隠しきれていたと思っていた。
しかしそれがバレているどころが、とっくに付き合っていると思われていた。
まさかの事実に再び怜と桜彩の口から驚きの声が漏れる。
そんな二人に、奏は言葉を続けていく。
「だいたい球技大会の後くらいから、みんな気付くようになったんよね」
「きゅ、球技大会の後くらいって……」
「そう。ウチがきょーかんにフられた後」
「「…………」」
こともなげに告げて来る奏に、怜と桜彩は言葉を失ってしまう。
確かにあの告白の後、色々と考えることはあった。
それが態度に出てしまったということか。
するとクラスメイト達もうんうんと頷きながら
「まあ、二人とも隠してるみたいだったしね」
「うんうん。なんか聞きにくい感じだったし」
「っていうかさー、二人共、ホントに隠せてると思ってたの?」
「分かりやすすぎだよねー」
まるで合唱のような返事に、怜と桜彩は顔を真っ赤に染めた。
もはやお互いに目を合わせることすらできない。
「マジかよ……」
「私達、ぜんっぜん隠せてなかったってこと……?」
その言葉にうんうんと頷くクラスメイト達。
「まあ今の反応見るにさ、クラスの全員が知ってたってわけじゃないっぽいし、武田とかは気付いてなかったんじゃない? だからさ、二人共気にしないでって」
「いや、気にするなって……」
「む、むりですよぅ……」
武田をはじめとした一部の者が気付いていなかったとはいえ、大半に気付かれていたのは完全に予想外。
恥ずかしさが消える物ではない。
「ってかさ、話を少し戻すけど、二人共そこまで仲良いのに何で八月の頭まで付き合ってなかったの?」
「むしろ付き合ってないのに猫カフェデートとかしてたわけ?」
「一緒にウォータースライダー滑るって、それもう完全に恋人同士でしょ」
「ねえ、何で!?」
矢継ぎ早に飛んで来る質問の雨。
「うぅ…………」
隣の桜彩は真っ赤になった顔を見られないように両手で覆って俯いてしまう。
怜も恥ずかしさから机に倒れてしまう。
「……なに、この空気」
「おーい、二人共どうしたー?」
机に倒れた怜の耳に、教室へと戻って来た親友二人の声が聞こえてくる。
「おーい、怜?」
陸翔が肩をゆすりながら問いかけてくるが、起きるだけの気力がない。
「シテ…コロシテ……」
「おい怜!? 何があった!?」
思い切り肩をゆすられるが、もう起き上がる気力もない。
「ちょとサーヤ! どうしたの!?」
「うぅ……」
隣では同じように蕾華が桜彩に問いかけているのだろう。
「実はさ――」
「…………ああ」
「…………なるほど」
桜彩に変わって奏が状況を説明しているのが耳に届く。
それを聞いた親友二人が複雑そうに呻いている。
ガラッ
そんな中、教室の扉が開かれる。
「あれ、先生?」
「どうしたんですか?」
「それなんだけどさー、誰かーあたしのファイル知らない? 教室に置きっぱなしにしちゃったみたいで」
場違いなほど明るい声が教室内に響き渡る。
どうやら瑠華が教室へと戻って来たようだ。
その騒がしさに怜も顔を上げる。
「あれ、みんなまだ結構残ってるねー。どうしたのー?」
もう放課後だというのに、クラスメイトはその大半が教室に残ったまま。
それも怜と桜彩の方に群がっている。
不思議そうに思って首をかしげる瑠華だが、怜としてはこの状況をどう伝えるべきかと悩みどころだ。
何しろ普段から、自分に恋人ができないからといって、生徒達に恋愛なんかよりも勉学に打ち込むようにと事ある毎に叫んでいる瑠華が相手だ。
いや、言っていることはそこまで間違いではないのかもしれないが、その源が教師としての使命感ではなくただの嫉妬。
そんな瑠華に素直に恋人ができたと伝えるわけにはいかない。
大惨事になるのは火を見るよりも明らかだ。
「あ、先生ー! この二人が付き合い始めたって聞いて、問い詰めてるところですー!」
クラスメイトの武田が、なんの悪気もなくさらっと言った。
一瞬クラス中が静まり返る。
「っておいっ!」
「ちょっ、馬鹿!」
「お前、何言ってんだ! 先生には隠しとけって!」
「……あっ、やべっ!」
慌てる武田の頭を陸翔が叩くが、それはもう後の祭り。
今の言葉は既に瑠華の耳へと届いている。
「…………は?」
瑠華の動きが止まった。
まるで時間が止まったかのように、数秒の静寂が教室を包む。
まだ焦点のおぼつかない瑠華の震えた目が怜を捉える。
そして油の切れた古いロボットのように、ギギギ、とゆっくりと右手を挙げて怜を指差す。
ぱたん。
手に持ったファイルが、音もなく床に落ちた。
「……ちょっと、今、なんて言ったの?」
「えっ……い、いや、その……あの……」
「れーくん……。ど、どういうこと……?」
明らかに怒りゲージが急上昇していた。
「れーくんと渡良瀬さんが、付き合い始めたって……。え……? どういうこと……? どうなっちゃってるの……?」
首を高速で横移動して、怜と桜彩を交互に見てくる。
そしてキッ、という目で怜を睨みつけ、怜の目前までやって来た。
「せっ、先生、まあまあ落ち着いて――」
「落ち着けるわけないでしょおおおおおおおお!!!!!!」
叫び声が教室に響き渡った。
そのまま怜に詰め寄り、制服の襟元を掴み
「なんで!? なんであたしを差し置いて幸せになってんのよっ!!」
「べ、別に良いでしょうが! そもそも俺が恋人作って何が悪いんですか!」
「あーっ、開き直ったーっ! れーくん、あたし言ったよね! あたしより先に恋人なんか作ったら許さないってーっ!」
胸倉をつかんだ手をブンブンと揺らしてくる。
正直脳がシェイクされそうで気持ち悪い。
「らいちゃんとりっくんだけじゃなくれーくんまでーっ! なんでちゃんと順番守らないのよーっ!」
「順番って何ですか! 瑠華さんに彼氏できるまで待つとか、死ぬまで無理でしょうが!」
「何でそんなひどいこと言うのーっ!」
「だからそれが彼氏ができない原因だって言ってるんですよ!」
「うるさーい! れーくんの裏切り者ーっ! もうこうなったら末代まで祟ってやるんだからーっ!」
大人の威厳など全く感じられない醜態。
そんな瑠華に蕾華が歩み寄って
バキッ!
「いだァッ!!?」
蕾華の手刀が瑠華の後頭部に炸裂。
思わずその場にしゃがみ込む瑠華に、蕾華はヘッドロックを掛けていく。
「何度も何度も! れーくんに! 迷惑を! 掛けるな!」
「い、痛い痛い痛いっ! らいちゃん、それ、家庭内暴力っ……!」
「お姉ちゃんの嫉妬で! れーくんが! 幸せになる権利を! 奪うんじゃ! ないっ!」
「そんなっ! それじゃああたしが幸せになる権利が奪われるのは良いって言うの……!? 痛い痛い痛い!!」
「それは! れーくんが! 奪ってるんじゃなくて! お姉ちゃんが! 自分から! 手放してるんでしょうが! 全く……。ごめんねれーくん。お姉ちゃんが迷惑かけて」
「痛い痛い痛い! れーくん、助けて!!」
ヘッドロックされた状態で怜に助けを求めてくる瑠華
助けてと言われても怜は助ける理由などない。
「蕾華。とりあえず二度と世迷言を言えないくらい制裁してくれ」
「ちょ、ちょっとれーくんっ何言ってるの!? って痛い痛いっ! らいちゃん、力込めないで!」
「任せといてれーくん」
更に力を入れて瑠華を痛めつける蕾華。
そんな中、クラスメイト達はこれ以上はやめておくか、とそそくさと教室から退散していった。
最後に奏が
「二人共、おめでと」
「宮前……」
「宮前さん……」
ニッと笑顔で奏が祝福してくれる。
それは決して無理をしているようではなく――
「確かにさ、ウチはきょーかんのことが好きだったよ。でもね、きょーかんもクーちゃんも友達としても大好きなんだ。だからさ、そんな二人がちゃんと恋人になったんだから、ウチは祝福するよ」
「……そっか。ありがとな、宮前」
「ありがとうございます、宮前さん」
「うん。ここでもし『ごめんなさい』とか言ってたら怒ってたかもしれないけどね」
そう笑いながら奏が告げる。
しかし怜も、そして桜彩も謝罪の言葉は決して口にはしなかった。
何故なら『この関係は、決して恥じるべきことではない』から。
「それじゃあね、二人共」
「ああ。またな」
「さようなら、宮前さん」
ゆっくりと教室を出ていく奏。
教室内に響き渡る瑠華の悲鳴が、どこか遠くのことのように感じられた。




