【第八章完結】第429話 エピローグ ~夏の終わりの静かな幕間~
夏休み最終日。
リビングのソファーテーブルの上には麦茶の入ったグラスが四つ、そして中央には切られた羊羹の入った皿。
怜はソファにもたれながら、桜彩の肩を自然と抱いていた。
桜彩も少し照れながらも、怜の肩にこつんと頭を預けている。
「……ほんと、夏休み濃かったよな」
「うん。あっという間だったけど、どの瞬間も、大事にしたいって思えたよ」
対面に並んで座っている陸翔と蕾華も羊羹をつまみながらニヤニヤと笑っている。
「旅行も楽しかったなあ。海でたっくさん遊んで、正に青春そのものだったよー」
「バーベキューも美味かったよなあ。アワビとか伊勢海老とかの高級食材に、なんたって調理人が最高だし」
そう言いながら陸翔は怜の方へと視線を向ける。
「うんっ! やっぱり怜の作る食事は最高だよ!」
「はは、ありがとな」
怜も苦笑しながら、桜彩の肩に回していた腕に少しだけ力を込める。すると、桜彩も手を伸ばして怜の手を包み返してくる。
「でも……やっぱり、花火大会かな。あの夜が、私にとって、一番」
「うん。あの夜、ちゃんと気持ち伝えられてよかった。ずっと好きだったから」
そう言った怜の声に、桜彩の頬がかっと赤く染まった。
「うん。怜と恋人になったあの夜、絶対に忘れないよ」
花火大会を終えて、満天の星空の下で気持ちを伝えあった。
告白のことを思い出して、二人で見つめ合う。
「ねえ、改めて惚気? いいねいいねー」
「本当になあ。ちょっと前までは好きって気持ちにすら気付いてなかったのに」
親友二人の言葉に怜と桜彩は少々バツが悪そうに視線を逸らし、そしてくすりと笑い合う。
そして桜彩は怜の胸元にすこしだけもたれ、照れくさそうに言った。
「でも……本当にに嬉しかったんだ。花火が終わってコテージに帰って来て、でも怜ともうちょっと一緒にいたくて……」
「俺も。二人でまた夜空を眺めて……」
そっと、怜はその時と同じように桜彩の手を握る。
指と指を絡み合わせて笑い合う。
それを見て陸翔と蕾華は笑いながら肩をすくめた。
「まったく、甘いってレベルじゃねえぞこれ」
「まあまあいいじゃん夏の終わりくらい。あ、でもその後に両親に紹介したじゃん?」
蕾華が目を細め、わざとくすぐるような口調で言ってきた。
「っていうかさ、それを煽ったのお前らだよな」
「うん、そうだよ」
怜の指摘に蕾華は全く悪びれずに頷く。
「結果的に大正解だったでしょ?」
「まあ、そうだけどさ。感謝はしてるし」
「うぅ……恥ずかしかったよぅ……。私、本当に緊張しすぎて……」
「でも、父さんも母さんも、桜彩のことを凄く気に入ってたからな」
反対されることなど一切なく、とんとん拍子に話が進んでいった。
逆に少し拍子抜けするほどに。
「ありがと。怜も、私の両親としっかり話してくれたよね。安心したって言ってた」
そして二人の間に、あの『合鍵』の記憶が蘇る。
先日、それぞれの両親から手渡された合鍵。
そして、偶然にも同じタイミングで差し出したこと。
「ふふっ。まさか合鍵まで二人同時に渡そうとするなんてね」
「そうだなあ。でもさ、よく考えてみれば、俺達が初めて贈り合ったあのキーホルダーだって同時だったよな」
「うん」
怜のトラウマを解決したその日。
お互いに友情のキーホルダーを贈り合ったことを思い出す。
また笑いがこぼれ、自然と桜彩は怜の胸に身を預けてくる。
怜がその肩を引き寄せ、桜彩の耳にそっと唇が触れるほどの距離で囁く。
「来年の夏も、再来年も、ずっと一緒にいような」
「……うん。絶対、約束だよ」
怜が右手の小指を立てて差し出すと、桜彩も小指を搦めて指切りをする。
繋いだ小指に目をやって、桜彩とふふっ、と笑い合う。
「はいはい、ラブラブですね~。でもアタシ達だって負けてないもんね?」
「おう! なんたってこっちはカップルの先輩だからな! まだまだ怜とさやっちには負けないぜ!」
自信満々に宣言する二人。
とはいえ怜と桜彩としても、それは異を唱えたいところだ。
「むぅーっ! すぐに追い越してあげるんだから」
「いや、もう追い越してないか?」
そして四人で笑い合う。
「……けどまぁ、今年の夏は最高だったな、ほんと」
四人でソファーにもたれ、麦茶のグラスを一口ずつ。
窓の外には、ほんのり秋の風が吹き始めていた。
だが、リビングの中はまだ甘い夏の香りで満たされていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、陸翔と蕾華を見送りつつ桜彩と食材を買いにスーパーへ。
帰り道、夏の夕暮れがアパートの外廊下に赤みを帯びた光を投げかけていた。
二人が手を繋いで並んで歩く足元にも、オレンジ色の影が寄り添うように伸びている。
「今日も暑かったね」
「ああ。後一か月くらいで涼しくなりそうだけど」
「一か月かあ、長いね」
そう言いながら、手にしたスーパーの袋を片手に軽く揺らす。
中には冷えたゼリーと、桜彩の好きなアイス、それから二人で選んだ夕食と明日の朝食の材料が入っている。
「楽しかった。怜と一緒だと、どこ行っても好きになっちゃう」
桜彩はそう囁き、少し顔を伏せる。
だが、繋いだ手をきゅっと握り直す仕草が、素直な気持ちを伝えていた。
エレベーターで四階まで昇り、そのまま自室前まで歩いていく。
いつものように怜が鍵を取り出そうとした、その時だった。
「――待って」
小さく声をかけて、桜彩が一歩前に出る。
「どうかしたのか?」
今にも差し込もうとしていた鍵を持つ手を止めて、桜彩へと振り返る。
「今日は……私が、開けてみたい」
そう言って、桜彩はバッグの中から小さな銀色の鍵を取り出した。
ほんの数日前、お互いに贈り合った合鍵。
そしてそこには夏の旅行でお互いに贈り合った恋のお守りが結ばれている。
「じゃあ……お願いしようかな」
怜は柔らかく微笑んで身を引く。
桜彩は少しだけ緊張したように息を吸い、鍵を差し込む。
そして、カチャリと軽やかな音が響いた。
「開いたね」
「ああ、開いたな」
他人から見れば当然のことかもしれないが、今の自分達にとっては大きな意味を持つ。
そしていつもとは違い、一足先に桜彩が玄関をくぐって、そして振り向く。
「おかえりなさい、怜」
「ただいま、桜彩」
くすぐったいやりとりに、二人は小さく笑い合いながら部屋の中へ。
玄関を閉めると湿り気を帯びた外気が一瞬で消えて、代わりに二人だけの穏やかな空気が広がった。
「食後は明日の支度だな。制服はもう用意してあるし、持っていく物とか最終確認しちゃうか」
「そうだね。あ、そうだ。制服にアイロンかけた?」
「いいや、まだ。桜彩のも一緒にやっちゃうか」
「うん。でもさ、今は……買ってきた物を冷蔵庫に片づけて……そしたら冷たいお茶、用意しよっか」
そう言って桜彩がキッチンへ向かおうとした瞬間、怜は後ろから桜彩をそっと抱きしめる。
一瞬驚いて振り向いた桜彩だったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「ちょっとだけ……このまま、いいか?」
「……ん、いいよ。怜、好き」
買い物帰りの何気ない一時さえ、こんなにも甘く、温かい。
抱きしめた腕の中で桜彩が体をくるりと回転させて怜の方を向く。
そして――
「ん……ふぅ……」
「ちゅ…………」
お互いにキスを交わし合う。
「これからもよろしくな」
「うん。よろしくね」
合鍵が開いたのは、ただのドアだけじゃない。
二人の心の距離も、確かに近づいた――そんな、夏の終わりの静かな幕間だった。
いい最終回だっt…………いや、まだ終わりませんが。
とはいえ、告白して恋人になって、両親に認めてもらって、合鍵を贈り合ってと、ここまでで私自身が書きたい事の九割程度は書くことができました。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
以上で第八章は完結となります。
完結と謳いましたが、一応この後に番外編として数話投稿する予定ではあります。
番外編は桜彩の初めてのアルバイト編で、428話と429話の間の出来事なのですが、428話からそのまま429話に移行した方が話の展開が綺麗でしたので、ここで番外編として書かせていただきます。
よろしければ感想等頂けたら嬉しいです。
『付き合う前とやってること大して変わらない』とかでも構いません。
面白かった、続きが読みたい等と思っていただけたらブックマークや評価、各話のいいねを下さると嬉しいです。
また、この次の第九章以降はこれまでとは違い、卒業までの様々なイベントにフォーカスして書いていくつもりです(特に二年生編)。
何を書こうかはまだ頭の中で色々と考えている最中ですが、とりあえず
・恋人になった後の、学園生活
・文化祭
・クリスマス
・年末年始
・バレンタイン
といったようなことを書こうかなと思っています。
修学旅行については恐ろしく長くなりそうなので多分書かないとは思いますが……
(何かあれば感想などで、遠慮なくお願いいたします)
後書きは以上となります。
第九章でもよろしくお願い致します。
次回投稿は月曜日を予定しています。




