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隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第九章 アフターストーリー(秋)】  作者: バランスやじろべー
第八章後編 二人の両親

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第427話 二人で作る夕食 ~愛情の隠し味を入れて~

 話をしているうちに時間はどんどんと進み、窓の外は橙色に染まっている。

 もうじき夕食の時間ということだ。


「そろそろ夕飯の時間ですね。外に食べに行きますか? この辺り、何かお店あるかしら?」


 舞が皆を見渡して提案する。


「ううん、お母さんたちは座ってて」


 小さく首を振りながら立ち上がる桜彩。

 優しく微笑みをちらりと向けてくる桜彩に、怜もゆっくりと頷く。


「実は……今日は桜彩と二人で夕食を作るつもりだったんです」


 怜は桜彩の言葉に続けるように口を開いた。

 しっかりと発した言葉とは裏腹に、どこか照れくさそうに頬を搔きながら。


「え? 作るって……二人でかい?」


 空が目を丸くする。


「はい。せっかくですし、桜彩の料理の腕も見てもらえたらと思って」


「うん。お父さんやお母さんに、ゴールデンウィークの時から進歩した所を見てもらいたいから」


 怜が頑張れ、という意味を含んだ目で桜彩を見ると、桜彩もにっこりと笑い返してくれる。


「へえ、頼もしいわねえ」


「それは楽しみだな」


 舞と空がニコニコとしながら、期待するような目を向けて来る。

 娘の手料理ということで食べてみたい気持ちが高まっているのだろう。


「そうね。私は長い事怜の作った物を食べてないから、腕前を見せてもらおうかしら」


 と若葉もにこりと微笑む。


「もう、材料も準備してありますから」


「えっ、もうなのかい?」


 空が目を丸くすると、怜はちょっと照れくさそうに笑う。


「二人で、今日作るって決めていたんです。桜彩の料理、凄く上達していて……。先ほど言ったように、その姿を見ていただきたくて」


「怜……」


 それを聞いた桜彩の頬がふわっと赤く染まる。


「そうか。それは楽しみだな」


「うん。期待しててね。なんたって、怜の作る中でも一番の得意料理なんだから!」


 自信満々に胸を張った桜彩が立ち上がる。

 そのまま二人でキッチンに立ち、エプロンを掛け合う。

 その際にリビングの方から微笑ましい視線を感じたりもしたのだが。


「まずは肉巻きからだね。にんじんとアスパラ、下茹で頼むぞ」


「うんっ」


 鍋や包丁、野菜を洗う水の音がキッチンに柔らかく響く。

 野菜の下茹でを終えた桜彩の為に、怜は一歩横へとズレる。

 そのスペースに桜彩が立ち、ざるで野菜を濾していく。


「いいとこ見せようとして失敗しないようにな」


「うん、ありがとう……。えへへ、怜のそういう優しいとこ、好き……あっ…………」


 桜彩が自分で言った言葉に気付いたのか、口元を覆って俯いた。

 怜も一瞬固まってから、真っ赤になりながら苦笑する。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そんな二人のやりとりを、リビングに座った両家の両親たちは、静かに見守っていた。


「……あの子達、ほんとに良い雰囲気だね」


 空がそっと呟いた。


「ええ。あんなふうに、息を合わせて料理をして……」


 舞もどこか胸がじんとするような声で応じる。


「なんだか新婚さんみたいねえ」


 ぽつりと漏らしたのは若葉。

 すると宗也が苦笑しながら応じた。


「いやほんと、見てるこっちが照れるくらいだよ」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 桜彩が焼いた肉巻きを皿に載せて、そっと怜に見せてくる。


「どう? 焦げてない……?」


「完璧。上手だよ」


「ほんとに? ふふ……、良かった」


 その笑顔はとても柔らかで、自信が宿っているように見えた。

 メインである焼きたての肉巻きの香ばしい香りが部屋中に漂っていく。

 桜彩の前に、千切りキャベツが山盛りに載った二枚の大皿を置く。


「じゃあ、盛り付けまでお願いするよ」


「うんっ、任せて!」


 嬉しそうに、楽しそうに、そして期待を胸に抱いているであろう桜彩が、手際よく肉巻きを大皿へと移していく。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 きびきびと動く二人の背中を、もう一度両親達が目で追う。

 温かな香りと淡い恋の気配に包まれたキッチンの光景に、誰もがそっと目を細めていた。


「……二人で、ちゃんと未来を見ているのね」


 舞の呟きに、皆が静かに頷いた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 やがて、リビングの二つのテーブルに全ての料理が並べられる(ソファーテーブルの方は、食事に合わせて嵩上げしている)。

 皆で手を合わせて、温かな夕食の時間の始まりだ。

 夕食のテーブルに並ぶのは、彩り豊かな数々の料理。

 中央に据えられた大皿には肉巻きが整然と並び、照明の光で綺麗に輝いている。

 湯気の立ち上る香ばしい匂いが食欲をそそっていた。


「これは、見た目もすごく綺麗ね……」


 舞が感嘆の声を上げながら肉巻きを箸で掴み、目の前に掲げてまじまじと見つめる。

 空も一口かじると、驚いたように目を見開いた。


「これは……中にズッキーニとチーズ、それと大葉か。凄くバランスが良い組み合わせだね」


「タレの香りがふわっと広がって、でもくどくない甘さ……。凄く美味しいわね」


「でしょ!?」


 怜の隣で満面の笑みを浮かべる桜彩。


「これ、怜の得意料理なの! 私が初めてここで食べたメニューがこれで、それ以来すっかり好きになっちゃって。お父さんとお母さんにも食べてもらいたかったんだ」


 嬉しそうに胸を張って自慢する桜彩の表情は、どこか照れくさそうで、それでいて本当に誇らしげだった。


「まるで、自分が作ったかのような自慢の仕方だな」


 空が苦笑交じりにからかうと、桜彩はふふっと笑って返す。


「でも、こうしていつも桜彩と一緒に作っていますから」


 怜がフォローするように口にすると、空も笑って答える。


「あはは、そうだったな」


「葉月、あなたもちゃんと料理を覚えなさいね」


「う…………」


 話の流れから飛び火した葉月が、バツが悪そうに固まってしまう。

 それを見て皆がクスリと笑う。


「でも本当に、このタレ、ちょうどいい甘さなのね。隠し味は何かしら?」


 ふと、舞がそんな風に尋ねられた質問。

 怜は一瞬箸を止め、考えるように視線を宙に彷徨わせた。


「え……、隠し味……?」


「ええ。よろしければ教えていただけますか?」


「……あー、まあ、その…………」


 怜は咳払いを一つしてから、肩を少しすぼめながらぽつりと呟いた。


「愛情、ですかね……?」


 シン、と。

 テーブルが、一瞬で静まり返った。


(…………やってしまった)


 そう怜が後悔した次の瞬間——


「きゃああっ! 言ったー! ついに言ったーっ!」


「怜はそういうの、絶対言わないキャラかと思ってたのに!」


 美玖と葉月が一斉に歓声を上げて盛り上がる。


「ちょ、ちょっと姉さん、うるさい!」


「いや、でも照れてるの、我が弟ながら可愛いわ」


「照れてるっていうか……沈んでる?」


 シスターズにからかわれ、怜は手で顔を隠しながら、もはや反論の余地もなく俯いてしまう。

 そんな怜の隣で、桜彩は頬をほんのり染めながらも微笑んでいる。


「でもね、ほんとに愛情の味がするんだよ? 優しくて、あったかくて。……私、こういう味、毎日でも食べたいって思うくらい好き」


 それを聞いて、再び皆が盛り上がる。


「わぁ、もう新婚さんじゃないの」


「お義母さんって呼ばれるのも、そう遠くないのかも~」


 舞と若葉が代わる代わる声を上げる。

 怜も桜彩も、それ以上何も言えず、顔を真っ赤にしたまま黙り込むしかなかった。

 だが、その姿を見た皆は、どこか温かい目で二人を見つめていた。


「ふふ……。でもね、ほんとに、怜さんの料理には人柄が出てると思うわ」


 舞が、優しく微笑みながら言った。


「気配りがあって、丁寧で。何より、一緒に食べる相手のことを大事にしてる味がする」


「うん。私もそう思うよ。桜彩が、怜君の料理を好きだっていうのが伝わってきます」


「……ありがとうございます」


 怜はようやく顔を上げて小さく頭を下げる。

 その表情にはまだ赤みが残っていたが、恥ずかしさと同時に少しばかりの誇らしさも感じていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 夕食は、肉巻きをきっかけに、ますますにぎやかに、和やかに進んでいった。

 笑い声と褒め言葉が絶え間なく飛び交う八人での食卓。

 料理という小さな幸せを囲むことで、二つの家族の距離は一歩ずつ縮まっていくように感じた。

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