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【第十章前編 クリスマス】隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった  作者: バランスやじろべー
第八章後編 二人の両親

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第426話 アルバイトしたい

 リビングは優しい談笑が広がっている。

 そんな中、隣に座る桜彩が少し心配そうな目で怜を見上げてくる。


「どうかしたのか?」


「うん。あのね、この前のリュミエールのこと、話そうと思って」


 高校生である桜彩がアルバイトするにあたっては、両親の許可が必要となる。

 つまりはリュミエールでアルバイトすることについて、両親に許可を得たいということだ。


「うん。今、話そう」


「うん。そうだね」


 今であれば、リュミエールで既に働いている怜がこの場にいる。

 であれば、後で桜彩が一人で話すよりも良いだろう。


「大丈夫。俺が隣にいるから」


「あ……。うん、ありがと」


 心配そうな目をする桜彩の手をきゅっ、と握ると、桜彩が嬉しそうに頷く。

 そしてそっと背筋を正し、繋がれた怜の手にキュッと力を込めて話し出す。


「……あの、ちょっと話したいことがあるの」


 自然と注がれる視線。

 空気が静まる中、舞が優しく問いかけてくる。


「どうしたの?」


「うん……。あのね、私……アルバイトをしてみたいんだ」


 その一言に、空と舞がやや驚いた表情を見せた。


「アルバイト……? 急にどうして?」


「場所はね、怜が働いてる洋菓子店。以前から何度か通ってるし怜がアルバイトしてるからそのお店の人と顔見知りになって」


 そこで桜彩は一度言葉を区切って深呼吸する。


「前にイラストを描かせてもらったお店なんだけど……」


「イラストを?」


「うん。あるイベントでお菓子と動物をモチーフにしたイラストができなくて悩んでるところに、日頃お世話になってるお礼に私がイラストを描かせてもらったんだ」


「はい。私も見ましたが、とても素敵なイラストでした。イベントが終わった今も店内に飾られていますよ」


「まあ、それは……」


 舞と空が驚いて、そして良かったというような温かな視線を桜彩へと向ける。

 大好きだった絵を描けなくなってしまった桜彩が、こうして再び絵を描いて誰かを幸せにすることができた。

 親としても喜びは大きいだろう。


「それで、この前、怜を通して声をかけてもらって」


「店長さんから?」


「うん。手伝ってくれたら嬉しいって。それに、私も絵を描く以外にも、いろんな経験してみたいなって思ってた時だったから……」


「それに望さん、そのお店の経営者の方ですが、望さんも『しっかりしてそうだし、お店の雰囲気に合うと思う』って言っていました」


 桜彩を後押しするように怜も補足する。

 それを聞いた舞は少しだけ眉を寄せ、問いかける。


「でも……お仕事となると、簡単じゃないわよ? 学校のことや生活もあるし」


「うん、それもちゃんと考えてる。無理のない範囲で大丈夫ってことだから。それに、怜もいるし、心強いなって」


 そう言って怜を見上げてくる桜彩の言葉を肯定するように怜は頷く。


「店長は無理をさせるような人じゃないです。職場の雰囲気も落ち着いていて、接客の仕方も一から丁寧に教えてくれる。私も安心して働けています」


 その言葉に空と舞は少し頷きつつも、まだ少しだけ不安気な顔をしていた。

 すると、若葉がゆっくりとカップを置いて微笑んだ。


「私もねそのお店に寄ったことがあるんですよ。怜の言う通り、店長さんも優しくてしっかりしてる人ですよ。怜がお世話になってるのも、納得できるくらいに」


 春休み、怜の様子を見に来た若葉と宗也は、そのままリュミエールを訪れて怜の仕事を観察したということがある。

 怜としてはとても恥ずかしかったのだが。

 その際に、料理評論家として有名な若葉は望や光と話す機会があった。

 そんな若葉の言葉に空と舞はふっと息をつき、小さく笑った。


「……そう。そこまで信頼できる人がいるなら……少し安心だな」


「でも、最初は週に少しずつ、様子を見ながらにしましょうね」


「うん、もちろん。ありがとう」


 桜彩がぱっと顔を明るくすると、横で聞いていた葉月が楽しそうに口を挟んだ。


「ふふっ。ついに『職場恋愛』のスタートかな?」


「ち、違うってば……!」


「あら、違うの?」


「ち、ちが……わ、ない、けど…………」


 思わず慌てる桜彩に、葉月がからかうように続ける。


「制服姿の二人とか、想像するだけで可愛いわね」


 怜も少し照れながら言葉を返す。

「店の制服、意外と似合うと思うよ、桜彩に」


「やめてってば……!」


 赤くなって俯く桜彩を見て、空と舞も笑みを浮かべていた。

 しばらくして、空が少しだけ真面目な声色で呟く。


「……でも、確かに。接客の仕事を通して人と向き合うのは大事な経験になるな」


 舞も頷きながら、桜彩を真剣な目でそっと見つめる。


「獣医を目指すのであれば、相手は動物だけではないからね。その飼い主さんともきちんと向き合えることが大切よ。人と関わるって、簡単なようで難しいものだから」


「……うん」


 その言葉に、桜彩はゆっくりと頷いた。

 怜と同様に、桜彩もあまり対人関係は得意ではない。

 しかし獣医になるということは、対人関係は切っても切れない。


「もちろん、アルバイトだからと言って失敗が許されるわけではない。そこは絶対に間違えないようにな」


「ええ。そのような甘えた考えであれば、アルバイトは許可しないからね」


「うん。しっかりとやるよ」


 決意を秘めた目で頷く。

 もちろんアルバイトだからと言って桜彩がそのような甘えた考えを持っていないことは怜にも分かるし、両親もそれは理解しているだろう。


「実はね、ここでもう何度か練習してるんだ。怜に教わりながら」


「だったら練習の成果を見てもらうか? そうすれば少しは安心してもらえるだろうし」


 桜彩がアルバイトの誘いを受ける決意をしたその日から、桜彩はこの部屋で怜の指導の下接客の練習をしている。

 怜から見ても、まだぎこちなさは残る物の及第点を与えても良い出来だ。

 その提案により、怜の部屋で桜彩の特訓の成果を見せることになる。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 キッチンのヘリをカウンターに見立てて接客をする。


「じゃあ、私達が本物のお客さん役ね」


 若葉がカウンターの前に立ち、軽やかに告げる。

 宗也と美玖もそれに続き、仲良く買い物に来た家族のように列をなす。


「いらっしゃいませ」


 緊張でやや強ばった笑顔を浮かべながら、丁寧に頭を下げる桜彩。

 可憐さと真剣さが入り混じっていて、見ているこちらの胸をくすぐる。


「ケーキを一つお願いしたいんだけど、今日のおすすめは?」


「えっと……、苺のショートケーキが……、あの、とても人気です。スポンジはふんわり軽くて、生クリームも甘さ控えめです」


 桜彩の声は少し上ずっていたが、懸命さはひしひしと伝わってくる。


「じゃあ、ショートケーキを一つで。ウバのホットも頂ける?」


「かしこまりました。ショートケーキを一つとウバのホットですね」


 ぎこちない手つきでお会計の真似をし、もう一度深くお辞儀。

 若葉が一歩右にずれ、レジ横で受け取りを待つ。

 次は宗也の番だ。


「私は季節のタルトを。紅茶ももらえるかな? アールグレイのホットを」


「はい。季節のタルトとアールグレイのホットのセットですね。少々お待ちください」


 桜彩はカウンターに見立てたキッチン奥にあるていの商品を整え、お盆に丁寧に並べていく。

 緊張の為に手元が少しだけ震えているのがすぐ後ろから分かる。


「お待たせしました。苺のショートケーキとウバのホットになります。どうぞ、お受け取りください」


「ありがとう。とっても丁寧ね」


 笑顔で受け取る若葉の声に、桜彩はほっとしたように微笑んだ。

 宗也と美玖の注文も終え、商品を受け取ったていでレジから去っていく。。


「……本当に上手ね。最初はどうなるかと思ったけど、すごく自然だったわ」


「そうだな。緊張してはいるものの、声も落ち着いていて」


「私よりよっぽど接客できてるわよ」


 横で見ていた桜彩の家族からも高評価だ。


「ありがと。でもね、やっぱり怜のおかげだよ」


「いや、桜彩本人の努力もあったからだよ。一生懸命勉強してたじゃん。リュミエールのケーキの種類や特徴とかさ」


 接客に当たっては、商品の内容を説明する必要も出てくる。

 その為桜彩は、まだ食べていない商品についても怜に教えてもらいながら頑張って覚えていた。


「ううん。それにさ、いつも、怜を見てたから」


「……え?」


 桜彩の言葉に、怜はきょとんと目を丸くする。

 そんな怜の反応が面白かったのか、桜彩はクスリと笑って


「いつも、お仕事してる怜を見てたから。お客さんにケーキの説明をするところとか、品物を渡すところとかさ」


 その言葉は思ったよりもはっきりと、そしてしっかりと届いた。

 一瞬、場がしんと静まり、それから――


「おっとぉ~!」


「うわ、本人の前で素直に言っちゃった!」


「かわいいわねえ、桜彩ちゃん」


 皆のからかいが一斉に爆発した。

 怜は顔を真っ赤にしながら桜彩の方をちらりと見るが、桜彩は俯いたまま顔を隠して固まっていた。


「うぅ……そんなつもりじゃ……」


「いや、嬉しいよ」


 怜がそっと笑いながら言うと、桜彩は恥ずかしそうにそれでも微かに微笑み返した。


「あらあら、もう完全にラブラブねぇ」


「ま、いつも見てるって言われて嬉しくない男の子はいないだろうねえ」


「怜、ニヤけすぎ」


「うるさい……」


 からかいに囲まれながらも、どこか温かく穏やかな空気が部屋を満たしていた。

 恋人としての二人の距離を、皆が自然に受け入れてくれているような――

 そんな、甘く、優しい午後の一時だった。

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