第420話 両親に彼氏の紹介を③ ~報告後の団欒~
恋人としての報告を終えると、部屋の空気がふっと軽くなった。
「お茶、もう一度淹れ直そうかしら。焼き菓子もまだあるし……ね?」
「では、私が手伝います」
「あ、私も」
すっと立ち上がった怜の横に、すぐに桜彩が寄り添ってくる。
「それじゃあ怜、私はお皿の準備するね」
「ああ、お願い」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな二人の様子を、座りながら眺める空と舞。
「本当に良い子ねえ」
「うん。本当に素晴らしい相手と巡り合えたようでなによりだよ」
一緒にお茶の支度をする二人を眺めながら、感慨深く呟く。
「もうずっと長い事二人でいたくらいなのよね」
あれで出会ってからまだ半年も経っていないとはとても思えない。
それほどまでに、今の二人が醸し出す空気はとても自然な物だ。
「本当に、怜さんに出会って良かったわ」
「うん。心もすっかりと癒えて……」
友人に裏切られて心に大きな傷を負った桜彩。
そんな愛娘が、今はもうかつての笑顔を取り戻してくれた。
親としては何よりだ。
そんなことを話していると二人が戻って来る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お待たせ。なに話してたの?」
「ふふっ。二人がとってもお似合いだってこと」
「えっ……」
「ど、どうも……」
笑いながらの舞の言葉に、怜は桜彩共々照れてしまう。
再びグラスに注がれた冷たい麦茶を手に、最近の出来事について話していく。
なんだかんだあって、告白のことについても話すことになってしまった。
こうして恋人の両親に、自分達の告白について話すというのは中々に恥ずかしい。
「そうなの。とても素敵ねえ」
「うん。良かったじゃないか、桜彩。とても素敵な思い出ができて」
「ええ。それだけ聞くと、まるで物語の中みたいね」
二人共茶化すことなく、本当に嬉しそうに祝福してくれる。
「は、はい……」
「うん……」
確かにあのシチュエーションは、本当に素晴らしいものだった。
夜空に咲く花火を観た後、誰もいない砂浜へと移動。
そこで満天の星空を眺めながら、流れ星というお客さん。
そして、告白。
怜自身も良い感じのシチュエーションで想いを伝えたいと考えてはいたものの、さすがに出来過ぎたシチュエーションだった。
「普段の暮らしはどうですか? 恋人になったことで特に何か変わったことは?」
「えっと……」
よくキスをするようになった、一番の変化はそれだろうが、さすがにそれを伝えるのは恥ずかしすぎる。
「お互いに、より意識するようになったというか……」
とりあえず嘘は言わずにごまかすことにした。
「そうですか。付き合い立てですものねえ」
「う、うん……」
桜彩も顔を赤くしながら頷く。
「そうそう。桜彩、この前言ってたでしょ? たこ焼きパーティーしたって」
すると隣の葉月が話題を変えてくれた。
「うん。怜の部屋で、陸翔さんと蕾華さんと四人一緒に。凄く楽しかったよ」
「たこ焼きかあ。家では買って来たのとか冷凍のやつとかしか食べたことなかったよね?」
渡良瀬家では、たこ焼きを作るということはなかったようだ。
まあ、確かにたこ焼きを自宅で作るというのは珍しいのかもしれない。
「葉月がソースで口を真っ黒にしたことがあったなあ」
「ちょっと、それは忘れてよ、お父さん」
そんなやりとりに笑いがこぼれ、グラスの氷が小さく音を立てる。
「甘いのも作ったんだよ。チョコとか、バナナとか入れて」
桜彩が楽しそうに言うと、舞が目を丸くする。
「そんなのも作ったのね」
「うん。初めて食べたけど、凄く美味しかったんだ」
「ふふ、なるほどね。完全に怜に胃袋握られてるわね」
「葉月、うるさい。……ま、まあその通りなんだけどさ」
恥ずかしそうに身を縮める桜彩。
それを見て再び笑いが起こる。
「ふふっ。私達も食べてみたいですね」
「それでしたら後でお作りしましょうか?」
「あら、良いの?」
「はい。その、お母さんとお父さんも、是非」
そう言うと、舞と空が驚いたような表情に変わる。
「ふふっ。そう言えば、以前怜さんには『お父さん』『お母さん』と呼んで下さいと言いましたね」
「え、ええ……」
あの時は、桜彩の両親を名前呼びするべきかどうかで悩んだ結果、舞から(桜彩の)お父さん、お母さんと呼んでくれと言われた。
今日もその時の呼び方で呼んだのだが、とはいえ先日の親友との会話を思い出してしまい、怜も顔が赤くなる。
「ふふっ。その呼び方の意味が変わるのはいつですかね」
「私達としては、すぐにでも構わないのだけれどな」
そう言ってからかうような笑みを浮かべてくる。
もちろんそれは『お義父さん』『お義母さん』という意味であることは間違いないだろう。
「ちょ、ちょっと二人共……!」
隣で慌てる桜彩。
そんな桜彩を横目で見て、怜は一度深呼吸をして
「そ、その、それはまだですが……。で、でも、いずれは、そういった意味で呼べるように…………」
「怜……」
怜がそう告げると、桜彩が顔を真っ赤にして驚く。
「ふふっ。それを楽しみにしてるよ」
「ええ。将来が楽しみね」
楽しそうに笑う両親二人と葉月。
「そう。それなら怜、私のことを『お義姉さん』って呼ぶのもまだ先?」
「は、葉月っ!」
くすくすと笑いながらそう告げる葉月に、慌てて桜彩が声を大にする。
「そう言えば、以前会った時に言っていたね。『家族』のような関係だと」
「あ、そ、それは……」
空の言葉に、ゴールデンウィークの時に二人の関係を問われて桜彩と共に『家族のような』関係だと答えたことを思い出す。
「ふふっ。いずれは家族『のような』ではなく、本当の家族に、ね」
「お、お母さんっ!」
先ほどと同様に桜彩が声を大にする。
怜としてはもう顔を真っ赤にしたまま俯くことしかできない。
「ほんとほんと。今度、家族旅行に混ざっても違和感ないんじゃない?」
「だから葉月っ……! そういうの、まだ早いってば……!」
「じゃあ遅めに言うね。『結婚式』呼んでね」
「うぅ……!」
桜彩が顔を真っ赤にして抗議すると、テーブルにまた笑い声が広がった。
そう、それはまだ先の未来、しかし、いずれ来るであろう未来。
外は真夏の熱気が立ち込めている。
しかしこの室内には、それとは別の、とても温かな空気が満ちていた。
次回からは怜の両親編となります




