第417話 両親が来る?
「あっ……」
「どうした?」
四人でゲームを楽しんでいると、何かに気付いた桜彩がポケットからスマホを取り出し確認する。
「ちょっとごめんね。お母さんから電話」
怜達三人はコクリと頷いて出ても良いと伝える。
「もしもし――うん。元気だよ。ちゃんと食べてるし――た、確かに怜のおかげではあるけれど……」
相手の言葉に答えながら、恥ずかしそうにこちらを向く桜彩。
おそらく食事はどうしているかとでも聞かれているのだろう。
「部屋だって綺麗にしてるって。――え、怜? うん。――え? 木曜? ……うん、大丈夫だよ。待ってる。」
通話を終えると桜彩は小さく息をついた。
「……来週の木曜日、お母さんとお父さんが様子を見に来るって」
ゴールデンウィークの時とは違い、今回の長期休暇で桜彩は実家に戻ってはいない。
両親としては大切な娘が一人暮らししているのであれば、様子が気になることだろう。
「そっか。……だけど桜彩、少し緊張してる?」
何故だか落ち着かない様子の桜彩にそう問いかけると、桜彩は首を縦に振る。
「うん、少しだけ……」
「何かあったのか?」
「な、何があったってわけじゃないんだけど……」
顔を赤くした桜彩が歯切れ悪く呟く。
怜もゴールデンウィークに桜彩の両親と話したが、二人共とても桜彩を大切にしているし、確執のような物も感じられなかった。
「そりゃあ緊張するでしょ。なんたって前とは違って今は隣に『彼氏』が住んでるんだからね~っ!」
戸惑う桜彩に抱きつきながら、ニヤニヤとした顔で蕾華がこちらを覗き込んでくる。
「えっ……っ!?」
桜彩の顔が一気に赤く染まる。
両手でスマホをぎゅっと握りしめて、怜と蕾華を交互に見るように目を泳がせる。
「ち、違っ……そういうのじゃ、まだ言ってないしっ」
「まだ? ほうほう、まだ、ね。言ってないだけで、そのつもりはあるんだ~?」
「うぅぅ……」
「サーヤだってそう思ったから緊張してるんでしょ?」
「そ、そう、だけど……!」
慌てふためく桜彩を見て、蕾華は嬉しそうにニヤニヤしていた。
陸翔も肩を震わせながら笑いをこらえている。
「ほらほらサーヤ! ご両親に『こちらが私の彼氏です』って紹介する絶好のタイミングじゃん!」
「で、でも……、いきなりで心の準備が……」
「でもさー、逆に今しかなくない? どうせいずれはバレるんだし。だったら、いっそもうこのタイミングで両親公認カップルに昇格しちゃおうよ~っ!」
「うぅぅ……からかわないで……」
桜彩は真っ赤になった顔を両手で覆ってしまう。
一方で怜は蕾華の言葉に少し考えこむ。
「でもそうだよな。ちゃんと桜彩の両親に挨拶しないとな」
「怜……?」
「確かにさ、普通に考えれば一々恋人ができたって報告をする必要はないと思うけど」
普通の高校生であれば、むしろ報告する方が稀だろう。
とはいえ――
「ちゃんと、恋人として、桜彩の両親に挨拶したいなって」
「……うん、ありがとね、怜」
怜としては桜彩と真剣に付き合っているし、将来のことも徐々に考えている。
であれば、そこは早めに伝えておくべきだ。
「かまわないって。だけど少し、いや、かなり緊張するな……」
何しろ面と向かって両親に対して桜彩の恋人だと宣言するのだ。
緊張しないわけがない。
「でも、多分大丈夫だと思うよ。お母さんもお父さんも怜のことは信頼してるしさ」
「それは有難いんだけどな……」
ゴールデンウィーク、まだ桜彩と付き合うどころか異性としての好意すら自覚していなかった時に、両親に恋人同士だと誤解されてしまった。
その際に反対されるのではなく、むしろ怜のことを認めてくれていた。
であれば不安に思う必要はないのかもしれない。
むろん、全く緊張しないわけではないのだが。
「ゴールデンウィークに、俺と桜彩は恋人同士じゃないって言ったからな。今は恋人だって伝えよう」
「うん……!」
あの時、恋人同士だと思われた桜彩の両親に対し、二人揃って一生懸命否定した。
しかしつい先日恋人同士となったことで、あの時の両親の言葉は現実となった。
であれば、その事について説明はするべきだろう。
「っていうか、それ初耳なんだけど」
「怜がさやっちの両親と知り合いってのは聞いてたけど、え、何? そんなことあったのかよ?」
当然親友二人が聞き逃すはずもない。
これはゴールデンウィークの時のことを根掘り葉掘り聞かれるのだろう。
そう怜が覚悟した時に、今度は怜のスマホが震える。
確認すると、そこには怜の母の名前が表示されていた。
これ幸いとばかりに、話を中断されて不満げな二人に背を向けて通話ボタンを押す。
「母さん? ――うん、元気にしてる。――え? 金曜? ――――ああ、大丈夫。来れば? ――待ってるよ。気をつけて来て」
通話を切ると、怜は苦笑しながら顔を上げる。
「うちの親、金曜日に来るって」
「え……?」
桜彩の肩がぴくりと震える。
「じゃあ……木曜が私の両親で、金曜が怜のご両親……?」
「そう、みたいだな……」
それぞれの両親が訪れるという、まさかの偶然が起きてしまった。
「ってことはさ、これはもう両親ダブル紹介チャンスだよねっ!」
一方でテンション高く蕾華が身を乗り出してくる。
陸翔もニヤニヤとした表情でこちらを見ている。
「ちょ、ちょっと待って!」
桜彩は完全にパニックになっている。
真っ赤になった顔の前でぶんぶんと両手を振って、懸命に蕾華の言葉を否定する。
「えー、何で? だってサーヤの両親にはちゃんと報告するんでしょ?」
「だ、だって怜と私の両親は知り合いだけど、私は怜のご両親とはまだ会ったことないんだし……」
「だからここで紹介するんじゃん! 後回しにしたって良いことないって!」
「蕾華の言う通りだろ。さやっちの両親にだけ報告ってのはちょっと良くないんじゃないか?」
「ま、まあ確かに……」
「そ、そう言われると……」
確かに双方の両親がこちらに来るというのに、片方にだけ報告というのは陸翔の言う通り良くないかもしれない。
「そ、それじゃあ怜……。怜のご両親に、挨拶、させてもらえるかな……?」
「桜彩……、良いのか?」
「うん。だって私、怜の彼女、だから……。だから、ちゃんと怜のご両親にも挨拶したい。真剣に付き合っているっていうことを伝えたいんだ……」
その言葉に怜の胸が熱くなる。
ここまで恋人が想ってくれているのなら、怜としてはそれに応えるだけだ。
「それじゃあ桜彩のこと、報告しよう」
「うん。ありがと」
少しばかり緊張が解けたのか、笑顔で頷く桜彩。
そんな桜彩の手に、怜は自分の手を重ねてゆっくりと頷く。
「大丈夫。うちの親、そんなに厳しくないし。むしろ桜彩のこと話したら、会いたがると思う」
「うん……」
「俺が、ちゃんと話すよ。『大切な人です』って」
その言葉に、桜彩は静かに頷いた。
目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「ねえ。だったらさ、お互いの両親に『お義父さん、お義母さん』って呼ぶのはどう!? ほらほら、どうせ将来はそうなるわけだし!」
「それ賛成! 蕾華の言う通り、今の内から予行演習しとこうぜ!」
まさかの提案が親友の口から飛び出してきた。
「おい二人共!?」
「ええっ……!?」
驚く怜と桜彩に、親友二人はニヤニヤとした笑みを崩さずに更に煽ってくる。
「いいじゃんいいじゃん! ほら、練習してみなって!」
「む、無理だよぅ……。れ、怜はもうそう呼んだことあるから良いかもしれないけど……」
「えっ!? 何それ!?」
「怜、どういうことだ!?」
桜彩の発言に蕾華と陸翔が立ち上がって驚く。
「べ、別に将来のお義父さん、お義母さんって意味じゃなく、桜彩のお父さん、お母さんって意味だからな!」
あの時は親しみを込めてそう呼んでくれと言われただけであって、決してそのような意味で呼んだわけじゃない。
「でもそっか。それじゃあ後はサーヤの方だけだね。はい、練習スタート!」
「ほらほら、さやっちの将来のお義父さんだぞ~っ!」
スマホに映った怜の父親の写真を桜彩に見せながら二人で煽って来る二人。
「え、えっと……お、お義父さ…………。は、恥ずかしすぎるよぅ……」
桜彩は両手で顔を覆って下を向いてしまう。
「いやいや、これがね、意外と大事なんだって。雰囲気が一気に柔らかくなるし、親御さんも喜ぶの!」
「そ、そんなの嘘に決まってるよっ!」
真っ赤になって叫ぶ桜彩。
そんな桜彩に蕾華は意味深にウインクする。
「いやいや、嘘なわけないって! アタシもりっくんのご両親にそう呼ぶことあるし! りっくんのお母さんも『これが愛の第一歩なの』って言ってたよ!」
「うぅ……。お、お義父さん……お義母さん……。もうめちゃくちゃ~!」
桜彩の反応に、怜は微笑んで手を握った。
「まあまあ、今は無理しなくていいよ。ゆっくり慣れていこう」
「うん……ありがとう」
桜彩がほっとした笑みを返すと、蕾華はまだまだ楽しそうに笑っていた。
「いやー、でもこれで少しは覚悟決まったかな?」
「がんばれよ、さやっち」
「も、もう……蕾華さんも陸翔さんもからかいすぎだよ」
「あははっ! でも、こっちも応援してるからね!」
蕾華の優しい笑顔に、桜彩はまた少しだけ顔を上げてほんのり笑った。
次回投稿は月曜日を予定しています




