第416話 将来の夢を親友に
たこ焼きパーティーの余韻が部屋に残る中、片付けを終えて四人でリビングで思い思いにくつろぐ。
「ふー、食べたあ。もうしばらくは、たこ焼き見なくていいかも」
蕾華がごろりと横になり、陸翔の太ももに頭を乗せる。
陸翔も当然のように受け止めて、蕾華の髪を撫でながらふっと笑った。
「この後ゲームだろ? プレイできるか?」
「うぅ……。分かってるけど、幸せすぎて動きたくない……」
蕾華は陸翔の太ももに頭を預けながらお腹をさすっている。
とはいえその気持ちは怜にも理解できる。
「でもさ、こうしてみんなでたこ焼き焼いて食べて、そしてゆっくりしてると夏休みって感じするよねぇ」
怜の隣でソファーに座る桜彩が、蕾華の言葉に同意する。
こちらも蕾華ほどではないが、食後の幸福感に幸せな表情を浮かべながら怜の肩に頭をこてりと乗せてくる。
「あ、それ分かる。良いよな、何にも縛られずにまったりとできるのって」
「そうそう。まさに休みの醍醐味だよね。……あ、それ気持ちいい~」
桜彩の頭を軽く撫でると、更に嬉しそうにふふっ、と桜彩が微笑む。
「あ、サーヤのそれ良いな~。りっくん、アタシにも~」
「おう、任せとけって」
桜彩を見て羨ましがる蕾華の頭を陸翔が優しく撫でていくと、蕾華も桜彩に負けず劣らず幸せそうな表情をする。
「ふふん。彼氏に頭を撫でてもらえるのはサーヤの専売特許じゃないんだからね~」
「むしろオレと蕾華の方が先だったからな」
「せ、専売特許だなんて……。べ、別にそんなことは思ってないって……」
蕾華の冗談に桜彩が慌てて首をブンブンと横に振る。
そんな桜彩の姿を見て、親友二人は楽しそうにクスリと笑う。
そのまま二組のカップルでまったりとした時間を過ごしていく。
「なんかこう、こういう時間がずっと続いたらいいのにって思うよなあ」
「でもさ、大学生とか社会人になったら、こんなふうにだらだらできないよね」
「ていうか、もう来年からだよな。高三だと受験勉強もあるし」
「そうだよね。まあ早めに推薦で決めちゃえば楽かもしれないけど」
そんな会話をしていると、多少お腹が楽になったのか蕾華は体を起こす。
「社会人だと夏休みなんて学生時代とは比べ物にならないくらい短いしね」
「陸翔も蕾華ももう将来は決まってるようなもんだからな」
「まあな。実家が幼稚園やってるし。いずれはオレが継ぐ予定」
「アタシも資格取って、りっくんと一緒に働くつもりだよ。もうそれしか考えてないし」
陸翔は幼稚園の経営を継ぐつもりだし、蕾華もそこで働くことは既定路線だ。
おそらくその将来が変わることはないだろう。
胸を張って言う二人にの言葉に怜は少しだけ苦笑しながらも、その笑顔に目を細める。
「っていうかさ、前にも言ったけど、怜とさやっちも一緒に働こうぜ。保育園併設の小動物スペースとか作ってさ」
「あ、それ賛成。れーくんとサーヤは動物ふれあいコーナー担当ね」
「それ、結構人気出そうだな」
陸翔と蕾華の冗談半分の提案に、怜は隣の桜彩を見る。
桜彩も怜に預けていた頭を上げて、真剣な目で怜を見返す。
それだけで考えていることは一緒だと理解した。
「陸翔、蕾華。少し真面目な話、良いか?」
「ん?」
怜の言葉に陸翔と蕾華は表情を変えて立ち上がり、ソファーの方へとやって来る。
二人がソファーへ腰を下ろしたところで、怜は正面に座る二人へと本題を切り出す。
「実はな、その『動物』って話、現実になりそうなんだ」
「「え?」」
目の前で首を傾げる親友に、怜と桜彩はコクリと頷き合う。
「この前さ、ウサギの出産に立ち会ったろ?」
「ああ。あんな展開になるとは思わなかったよ」
陸翔も真剣な顔で頷く。
あの日、幼稚園で飼っているウサギが出産中に異変を起こし、懸命に対応した。
無事に最後の一羽が生まれた時のあの安心感と、命の重み。
「あの時のことをな、ずっと忘れられなくて」
「陸翔さん、蕾華さん」
「俺達、獣医を目指すことに決めたんだ」
「うん。あの出来事がきっかけで、そっちの道に進みたいって、そう思ったんだ」
怜が将来の夢を告げると、桜彩も隣で言葉を繋ぐ。
目の前の親友二人はしばらく沈黙した後、優しい笑みを浮かべる。
「……そっか」
先に声を出したのは陸翔。
「あの時の二人、凄く真剣だったよな」
「ホントに凄いと思うよ。命に関わることって、簡単に選べる道じゃないから……」
蕾華も桜彩の手を両手でぎゅっと包んだ。
「ありがとう」
桜彩は少し照れくさそうに笑いながら、その手をしっかり握り返した。
「藤崎先生に電話が繋がらなかった時、どうしていいか分からなかった。八年前のことが頭をよぎった。だけどさ、桜彩の支えもあって、目の前で震えてる小さな命を助けたいって……それだけで動いてた。気づいたら、これがやりたいって思ったんだ」
「私も同じだよ。あんな必死になれたの、初めてだった。そしてね、私も、誰かの命を救える手になれたら……それって、凄いことだなって思ったんだ」
静かに、でも決意を込めた目で、目の前の親友にそう伝える。
「そっか。まあ二人と一緒に働けないのは残念だけどな」
「まあ、将来的には幼稚園の動物は二人が診てくれるんじゃない?」
あまり残念ではなさそうに軽口を叩く親友二人。
その未来予想図に、怜は桜彩と共にクスリと笑う。
「そうだな。将来、幼稚園のウサギ達、俺達で診ることになるかもしれないな」
「それめちゃくちゃ安心だな」
「夏休み前に話した時のことが現実になるなんてね」
夏休み前、幸也がウサギの検診に来た時に選択肢の一つとして獣医という道があることを教えて貰った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『怜、さっき先生と何を話してたんだ?』
『進路について少しな。動物関係の仕事もあるってアドバイスを貰ったよ』
『あっ、それ良いかも。怜は動物に好かれるし』
『そうだな。獣医になって藤崎先生のとこに勤めるのも良いんじゃないか? それで将来は怜にウチの動物を診てもらおう』
『うんうん。そっか。確かに獣医ってのも有りだよね』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
幸也が帰った後、四人でそんな会話をしたことを思い出す。
「いや、まだ早いって。獣医になるどころか受験に合格すらしてないんだから」
まだ夢が決まっただけで、そこに至るまでには色々とクリアしなければならない物がある。
難関の獣医学部へと合格し、国家資格を取得して。
それで晴れて獣医としての道を歩き出すことができる。
「でもさ、これで四人共将来の夢が決まったってことだよね?」
「うん! これからみんなで頑張ろうね!」
「ああ。オレと蕾華だってまだそうなれるって決まったわけじゃないしな」
「だけどさ、四人全員夢が叶ったら、きっと楽しいだろうな」
将来、陸翔の経営する幼稚園に、桜彩と共に動物の様子を診に訪れる。
そんな素敵な未来を作る為に――
「そうだよね。怜の言う通り、そんな未来になると良いよね」
「似合うと思うよ、二人共。動物にも子供にも、ちゃんと向き合えるしね」
「だからさ、陸翔。将来、そっちの園に動物担当として呼んでくれたら絶対行くぞ」
「じゃあ、藤崎先生の後は二人に専属獣医として契約交わしてもらうってことで」
将来の光景を語りながら、部屋がまた笑い声で満たされる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
四人の笑い声が、静かな夕暮れの部屋にゆっくりと広がっていく。
未来はまだ遠く、形も定まらないけれど――
同じ一歩を踏み出した、そんな気配が確かにそこにあった。




