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隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第九章 アフターストーリー(秋)】  作者: バランスやじろべー
第八章前編 恋人になった二人の日常

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第409話 スケッチとキス

 夕食を終えた後、怜は桜彩とリビングのソファーでまったりとくつろぐ。

 ソファーの上に置かれているのは、怜の誕生日に桜彩がプレゼントしてくれたデジタルフォトフレーム。

 そこに先日の旅行の写真や先ほどのドアベルと一緒に撮った写真が次々と映し出されていく。


「うん。やっぱり良いな、これ」


「ふふっ、そうだね」


 こうして二人の思い出が一つ一つ映し出されると、やはり感慨深いものがある。

 本当に最高の誕生日プレゼントだ。


「それじゃあ怜、そろそろ良い?」


「ああ。任せてくれ」


 怜が頷くと、桜彩がソファテーブルの上に画材屋で購入してきたスケッチブックと色鉛筆を並べていく。

 画材屋で言った通り、これからスケッチの始まりだ。


「じゃあ描くよ、怜」


 桜彩の微笑みながらの問いに、怜は軽く笑って頷いた。


「よろしくお願いします、桜彩画伯」


「ふふっ、なあに、それ」


 怜の冗談に、桜彩は照れ笑いを浮かべながらスケッチブックを開く。

 それを見ながら怜も桜彩の隣から対面へと移動した。

 鉛筆を持った桜彩が真剣な表情に変わり、それを見て心臓がドキリとする。

 やはりこういった所も桜彩の魅力の一つだ。

 そんなことを思っていたら、桜彩が鉛筆をスケッチブックに落とさずに首を傾げる。


「どうかしたのか?」


「あ、うん。ちょっとポーズ変えてみない?」


「ポーズ?」


 桜彩に絵を描いてもらえるということで、怜はクッションに背を預けてくつろいでいる。

 普通のポーズであり問題はないと思うのだが。


「ポーズっていうか、あっ、そうだ!」


 そう言って桜彩は一度画材をテーブルの上に置いて立ち上がり、ダイニングテーブルの前に座る『千円』という名前の大きな猫のぬいぐるみを持って来る。


「はい、これ持ってて」


「あっ、了解」


 桜彩の意図を察してそれを受け取る。


「あとは、はい、これ」


「オッケー」


 加えて怜が桜彩にプレゼントした『れっくん』という名の怜の手作りの猫のぬいぐるみまで渡される。

 それら二つを抱えて桜彩の方を向くと、桜彩も笑顔で頷く。


「それじゃあ描いていくね」


「分かった」


 そして今度こそ桜彩は鉛筆をスケッチブックの上に落とし、怜とぬいぐるみ達を描き始めた。

 描き始めてすぐ、桜彩は先ほどと同様の集中した表情に切り替わる。

 しかしその視線には、単なる観察だけではなく愛情と親しみを感じられる。

 ここからではスケッチブックの中身は見えないが、桜彩の視線から想像するに、怜の口元辺りを描いているのかもしれない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 しばらくすると、桜彩は手の動きを止める。

 このままじゃ駄目、もっと怜を怜らしく描きたい。

 その想いから鉛筆を置いて、怜に顔を近づける。


「桜彩?」


 不思議そうに怜が問いかけて来る。


「ちょっと待っててね。ちゃんと怜を観察したいから」


 そう伝えると、怜は恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに口元を緩める。

 このような魅力も存分に表現したい。

 そう思い、怜の顔のパーツ、一つ一つを観察していく。


「……あれ? 意外と、まつ毛長いんだね」


「え、今さら? 結構前から言われてた気がするけど」


「うん、でもこうやってまじまじ見ると、ほんと綺麗……ずるい」


「桜彩のほうがずるいだろ。こんな可愛い顔してて」


 その言葉に桜彩の心が大きく跳ねる。


「……ふふ、ありがとね」


 不意打ちで返されると心臓に悪い。

 しかし嬉しそうに笑って先ほどの位置に戻り、再び鉛筆をスケッチブックへと落としていく。

 怜の柔らかく整った眉、少し意志を感じさせる鼻筋、優しい曲線を描く口元。

 それら全てが鉛筆の先に吸い寄せられるようにしてスケッチブックの上に映し出されていく。

 色鉛筆を使って頬のあたりに淡く赤みを足し、髪には複数の色を重ねて質感を出していく。

 一本の線、一つの陰影に、怜への想いを存分に込めて。


「……やっぱり、怜ってかっこいいな」


「ありがと。嬉しいよ。桜彩に言われるのが一番」


 ふと漏れた本音に、怜が笑う。


「もう、茶化さないでよ」


「茶化してないって。本気で嬉しいんだよ」


 桜彩は頬を赤らめながらも手を止めずに描き進める。

 描かれる怜は、ただ静かに微笑みながら見つめ返してくれる。


「……ちょっと、ごめんね。触れるね」


「うん、良いぞ」


 少し緊張しながら問いかけると、怜はそれを受け入れてくれる。

 指先が、そっと怜の頬に触れる。

 肌の感触を確かめるように親指で輪郭をなぞりながら、真剣な眼差しで怜の顔を見つめる。


「こんなふうに、まじまじ見るの、ちょっと恥ずかしいな……。でも、綺麗な形してる」


 更に顔を近づけて、まつ毛のカーブや瞳の輝きをじっと観察する。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 桜彩の唇が頬に触れるほどの距離に来て、怜は自然と喉を鳴らした。


「……そんなに近づいて、触られたら……キスしたくなる」


 目の前には魅力的な唇が、これでもかというくらいに存在感を主張している。

 囁くような小さな怜の声に、桜彩はふっと微笑んで首を横に振る。


「……ダメだよ。もうちょっとで完成だから、キスは描き終わってから、ね?」


「……そんなこと言われたら、余計に我慢できなくなるんだけど」


「私だって我慢してるんだから。だから我慢して。頑張って、モデルさん」


 そう言って再びスケッチブックに目を落とした桜彩の頬は、やはりほんのり赤く染まっていた。

 そう言われては我慢するほかないだろう。

 キスの欲求を理性を総動員して押さえつけ、千円とれっくんと共に動きを止める。


「……動かないでね。今とっても大事なとこ描いてるから」


「どのへん?」


「怜の目。優しいその目をちゃんと描きたいんだ」


「そっか……。ありがとう」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 しばらくして桜彩が鉛筆を置いた。

 ということは、ついに完成と言うことだろう。


「完成したよ。ほら」


 差し出されたスケッチブックには、柔らかいタッチで描かれた怜の肖像があった。

 どこか照れているような微笑を浮かべたその表情は、桜彩にしか描けない温もりを帯びていた。


「凄いな……! 桜彩、ありがとう。俺、こんなふうに見えてたんだ。っていうか、本人よりもカッコよすぎないか?」


「ううん、私が見た怜、そのままだよ。だって、ずっと見てるもん。……好きな人の顔、忘れられるわけないし」


 その言葉に、怜はゆっくりと手を伸ばして桜彩の頬に触れる。


「……キス、してもいい?」


「うん……して」


 ゆっくりと唇を重ねる。

 唇が重なる瞬間、部屋の空気が甘く熱を帯びたように感じる。

 短く、でも確かなキス。

 ほんの数秒だったが、心の奥深くにまで染み込むような静かな幸福が流れていく。


「次は、ミニイーゼルに飾る絵を描くね」


「それなら二人で一緒に映った絵を描かないか? それに、さっきの猫ベルも」


「それ賛成! 私達と、猫のベル。三人の肖像画だねっ!」


 笑いながら、小さなスケッチブック(元々持っていた桜彩の私物)の新しいページを桜彩が開く。


「どうする? 移動するか?」


「ううん。ここで描けるよ。それにさ、さっき写真も撮ったし」


 玄関の猫ベルの前まで移動することなく、桜彩はスケッチブックへと鉛筆を走らせる。

 怜が桜彩の手元を覗き込むたびに肩が少し触れて、二人の距離は自然と近づいていく。

 桜彩は色鉛筆を選びながら、慎重に下書きを続ける。

 まずは二人のシルエットを寄り添うように描き、その間にちょこんと猫のベルを配置する。

 先ほどの写真をモチーフにして、それよりも距離が近く、怜の手を握る自身の姿を描いていく。

 色を重ね、影をつけ、桜彩はそっと息をついて鉛筆を置いた。


「できた。どう?」


 期待に満ちた目でスケッチを見せてくれる。

 そこに描かれていたのは、仲良く手を握り合う怜と桜彩。

 そしてその間に新たな猫ベル。


「最高。感激だ」


「……この絵、ずっと部屋に飾ろうね」


「もちろん。毎日見るたびに、今日のことを思い出せるように」


 スケッチブックに描かれた絵をそっと取り、ミニイーゼルへと載せる。

 ミニイーゼルに飾られたその絵を、二人で見つめる。


「なんか、もう、ずっと一緒にいたみたい」


「実際、ずっと一緒にいるつもりだけど?」


 そう言って、怜は再び桜彩に顔を寄せる。


「ん……ちゅ…………ふぅ……」


「ん……はぁ…………んぁっ……」


 今度は、軽くではない。

 深く、ゆっくりと唇を重ねる。

 桜彩も素直に応え、キスを交わす。

 吐息が混じり、温度が重なり合う。

 言葉は交わさず、ただキスを繰り返す。

 呼吸の合間に、少しずつ角度を変えながら、時間が溶けていくように。


「怜……もっと、して……」


「ああ。もっとする。ってかさ、桜彩、可愛すぎ……」


 背を撫でる指先、髪をすくう手、触れ合う温度。

 気持ちの全てが唇の温もりと共に伝わっていく。

 一度、二度、三度――キスはだんだんと深まり、息を整える間も惜しいほどに交わされていく。

 桜彩が胸元に手を添えてきて、怜はそっとその手を包み込む。


「好き、好きだよ……怜……」


「俺も、桜彩が大好きだ」


 抱きしめ合う腕の強さに、言葉よりも深い気持ちがこもる。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『帰ったら、いっぱいな』


『うん。いっぱいキスしようね』


 画材屋での約束、それはただの冗談でも気まぐれでもなく、二人の心から湧き上がる愛情の証。

 エアコンから出る風がそっとカーテンを揺らすなかで、部屋の中には静かで甘やかな熱が漂い続けていた。

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