第408話 猫ベルとお茶会
ショッピングを終えてアパートへと到着。
二人の手には本日購入した画材や猫ベルが入った袋が下げられている。
もう袋から取り出すのが楽しみだ。
怜の部屋の玄関のドアを開けて中に入る。
「「おかえり。ただいま」」
二人で帰宅の挨拶を交わし、くすりと笑う。
荷物を廊下に置いて、どちらからともなく顔を近づける。
「ねえ、怜。おかえりの、キス……」
「ああ。俺もしたい」
お互いの背中へと手を回して抱きしめ合う。
「ちゅ…………」
「ちゅ……ん……ふ……」
おかえりのキスを交わし合う。
真夏の気温で体中が熱くなっているが、そんなことは気にせずにキスを続ける。
「ふぅ…………」
「はぁ…………」
たっぷりとキスを交わし合った後、唇を離してお互いに見つめ合い、そして笑い合う。
「暑いな」
「うん。外も暑かったけど、キスをすると体中がもっと熱くなっちゃった」
その頬が赤らんでいるのはそのの暑さのせいなのか、それともキスのせいなのか。
「リビングに行って冷房入れるか」
「うん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お互いにシャワーを浴びて汗を流し、雑貨屋で購入した猫ベルを取り出す。
その際にも桜彩はもう待ちきれないとばかりに身を乗り出して袋の中を覗き込んできた。
「いよいよだね。猫ベル」
嬉しそうに笑う桜彩の声は、これからの期待からかほんの少しだけ上ずっている。
もちろん怜も桜彩に負けず劣らず楽しみだ。
「ああ。玄関に、うちの守り猫がい座ることになるな」
この部屋に小さな家族が増えるような、そんな感覚が湧いてくる。
再び玄関まで移動し内側を見つめながら、猫ベルを取り付ける位置を相談する。
「このへん……かな? ちゃんと揺れて音が鳴る位置、ってなると……」
「もうちょっと右……うん、そこ。ちょうどいい感じじゃない?」
桜彩の指差す先に、怜がテープで固定する。
わずか数分の作業の後、小さな猫のベルが玄関の扉からぶら下がる。
試しにドアを開けると、ベルがチリンと音を奏でる。
「……すっごく、いい音」
「ただいまって、言ってくれてるんだよな」
二人揃ってうっとりとして猫ベルを見つめる。
「これから毎日、帰ってくるたびにこの子がお出迎えしてくれるんだよね」
「ああ。桜彩と一緒に選んだ猫ベルがな」
小さく笑い合い、そっとお互いに体を寄せる。
「そうだ。写真撮るか。猫ベルとスリーショットで」
「うん。賛成。それじゃあ撮るね」
お互いに身を寄せった状態で猫ベルの下へと移動する。
二人の間に猫ベルが収まるようにして、スマホのカメラで写真を撮る。
「えへへ~。可愛い」
「可愛いよなあ」
ベルを指で軽く弾くと、ベルが良い音を奏でた。
それを聴いて、再び二人で笑い合う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……じゃあ、ちょっとお茶にしようか」
「うん。甘いのも欲しいな」
キッチンへと移動して、お茶の準備を始める。
桜彩がラベンダー紅茶へとお湯を注ぐとたちまち柔らかな香りが立ちのぼった。
以前購入したお揃いの猫の描かれたカップへと紅茶を注ぐ。
「お茶請け、今日はクッキーだけど大丈夫だよな?」
昨日作ったクッキーを冷蔵庫から取り出しつつ確認する。
「うん。むしろ嬉しい。怜のクッキー、凄く美味しんだもんっ」
ウキウキとした様子で桜彩が答える。
「前回のと配合変えたんだ。シナモン効かせてる」
「ほんとに? 楽しみだなあ」
部屋の空気にカップから立ち上る紅茶の香りが混じる。
クッキーの焼き上がりの香りと合わさって、どこか洋菓子店の一角のような甘く穏やかな空気が流れているように感じる。
そんな穏やかな空気の中、隣同士でソファーに座り両手を合わせる。
「それじゃあいただきます」
「いただきまーす」
早速クッキーを一枚取って、それを自分ではなく桜彩の口元へ。
「はい、あーん」
「わぁ……ほんとにいい香り。あーん」
桜彩へとクッキーを差し出すと、嬉しそうに一口で食べてしまう。
食べさせる時に指が桜彩の唇へと触れてしまい、ドキリとする。
「美味しいね」
「そう思ってくれて良かったよ」
お礼を言うと、桜彩もふふっ、と笑いながらクッキーを一枚手に取る。
「怜もはい。あーん」
「あーん」
お返しに差し出されたクッキーを一口齧るとさくりとした音に続いて、ふわりと香るバターとシナモンの風味。
「美味しい」
「でしょ? ほんとに美味しい。やっぱり私は幸せだなあ。こうして怜のお菓子を食べられるなんて」
「俺も。こうして恋人になった桜彩と一緒に食べられるのってやっぱり幸せだよ」
「うん、私も。はい、あーん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お茶とクッキーを楽しみながら、昼間の買い物についての話をする。
「雑貨屋もさ、なんかすごく落ち着いて見てまわれたよな」
「そうだね。いろんな小物あって迷ったけど、ベル、ほんとにあれで良かったと思うよ」
「……選ぶとき、ちょっと顔近かったよな」
そう言うと、桜彩はふいに目をそらす。
「う、うん……ちょっとだけ」
桜彩の頬が赤くなる。
「気が付いたら、あんなに近くて……。びっくりしたけど、嫌じゃなかった」
怜の手がそっと、桜彩の指先に触れる。
「俺も。むしろ、嬉しかった」
「……怜」
小さく名前を呼ぶ声に応えるように、怜は桜彩の手を包む。
時間がゆっくりと流れていく。
「――それで、猫のマグカップはもう持ってるからやめようって話になって……」
「そうそう。でも、あの猫フォークとかも可愛かったよね」
「買おうかなってちょっと迷ったけどな」
「うん、そうだね。こうして、お茶しながら思い出すのも、なんか良いよね」
「俺も。桜彩と一緒だと、何でも楽しいよ」
そう言って、怜はカップに口をつける。
窓の外では、ようやく夕暮れになりだした光が一面を橙色に染め始めていた。
「また、どこか行こうね。次は……どこがいいかな」
「うーん。遊園地はダブルデートで行ったから、今度は水族館とかかな?」
「それ素敵。でも、こうしてゆっくりお茶する時間も、すごく好きだよ」
「うん。俺も。結局、桜彩と一緒ってのが何よりも重要だから」
「私もだよ。怜と一緒ならなんだって」
そっと寄り添った二人の距離が、更に自然に近づいていく。
手と手が触れ、肩が重なる。
そして、二人だけの優しい時間は、甘く、静かに深まっていった。




