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隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第九章 アフターストーリー(秋)】  作者: バランスやじろべー
第八章前編 恋人になった二人の日常

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第407話 雑貨屋でウィンドウショッピング

 画材屋を後にするともういい時間となっていたので、フードコートで昼食を食べる。

 その後はショッピングモール内をぶらついていると、雑貨屋が目に入る。


「少し寄っていくか?」


「うん」


 昼下がりの雑貨屋は静かで落ち着いた空間だった。

 ガラス越しに差し込む日差しが木製の棚に並んだ小物に影を落とし、ガラス細工などは輝いて見える。

 その一角、木製の棚に並べられた食器コーナーに、怜と桜彩は目を向ける。

 色とりどりの皿やカップの中で、二人の視線が自然と猫モチーフの小物に吸い寄せられていく。


「見て、怜。これ、猫の肉球がぽんぽんって描いてある小皿。可愛いよね」


 桜彩が静かに声を落とし、そっと指先で小皿の縁をなぞる。


「本当だ。こんなに細かく描かれているんだな」


 怜も微笑みながら、そっとその小皿に触れた。

 指に感じる陶器のひんやりとした冷たさと、滑らかな手触り。


「これでお菓子を出したら、凄く可愛いだろうな」


 怜が笑いながら桜彩を見ると、桜彩も微笑みを返してくれる。


「うん。ねえ、怜。これ使ってさ、小さなお茶会みたいなの開いてみたいな。例えば、怜がお菓子を作って、その間に私が絵を描いて……」


「そういうの良いよな。普段のお茶会がより華やかになるかも」


 二人で小皿を手に取りながら、小さな幸せを想像する時間を共有する。

 その隣の棚には、まるで猫のしっぽがくるんと丸まったような箸置きが並んでいた。


「あっ、これも見て。猫のしっぽがくるんってなってて、ほんとに可愛い。毎日使ったら、絶対癒されると思うな」


「うわ、本当だ。手のひらにすっぽり収まるくらいの小ささで、形も凄く丸くて」


 怜は箸置きを手に取った桜彩の手自らの手を重ねる。

 小さな陶器の冷たさと桜彩の温もりが指先を通じて混ざり合う。


「こういう小さな幸せが毎日の中にあるって良いよなあ」


 そう呟くと、桜彩が少しだけ顔を近づけて来る。


「私も。怜と一緒なら、こういった何気ない時間が特別に感じる」


 その言葉に怜の胸が温かくなる。

 棚の奥の、猫の形をしたティーポットがふと目に入った。

 光沢のある白磁に黒い猫の模様が描かれ、しっぽが持ち手になっている。


「怜、これも可愛いよ。猫のしっぽが持ち手って、遊び心があるよね」


「本当だ。さっきの食器とセットで使ったら、お茶会ももっと楽しみになるな」


 そう言いながら、怜はふと考え込むように手を止めて、ティーポットを元の位置へと戻す。


「でもさ、食器は今のままで充分だよな」


「うん。確かにこういうのも可愛いけど、無理して買う必要はないよね」


 以前購入した猫のカップは、当時使っていたカップを割ってしまったから代わりとして買った物。

 小皿もティーポットも今あるものは充分に使えるし、無理に新しい物を買う必要もない。

 桜彩も頷きながら、怜の腕にそっと寄り添った。


「今私が使ってる食器だって、怜と一緒に選んだ物だしね」


「ああ。今日は眺めるだけにしておこう」


 怜がゆっくりと桜彩の髪を撫でると、桜彩の口から優しく吐息が漏れる。


「怜が作ってくれる料理も美味しいしね。新しいの買わなくても、二人の時間があれば毎日が特別になるって思うんだ」


 怜は深くうなずきながら、桜彩の手をそっと握りしめた。


「そうだな。食器は道具だけど、そこに込める気持ちや時間が一番大事だもんな。桜彩と一緒に食べる食事が何よりも好きだ」


「私達の食器棚は、思い出や気持ちでいっぱいだもんね」


「うん。これからもずっと、一緒に少しずつ増やしていけたらいいな」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そのまま二人揃って店内を歩いていると、桜彩が棚の前で立ち止まり、気になった物に指を伸ばす。

 穏やかに微笑みがやはり可愛らしい。


「ねえ、これ見て。可愛い……!」


 桜彩がそっと手に取ったのは、猫の形をした小さなベルだった。

 木製の猫の顔部分にはちょこんと眠たげな表情が描かれている。

 手に持たれた紐の下には鈴が一つぶら下がっている。

 揺らすと、ころんと軽やかに鳴る音が聞こえる。


「いいな、それ。デザインも最高だし音も良い」


 そう言って怜は桜彩の手元を覗き込む。

 自然に顔が近づくが、恥ずかしさよりも安らぎを感じる。


「やっぱり怜もそう思うよね?」


「ああ。ほら、なんか柔らかくて、優しい音。……見た目も、ちょっと眠たそうな顔とか可愛いよな。ちょっと桜彩にも似てるかも」


 冗談交じりにそう告げると、桜彩が小さく笑って肩を揺らす。


「ふふっ、ありがと。でもそんなに寝ぼけ顔してないもんっ」


 クスリと笑みを返してくれる。

 猫に似ていると言われて嬉しいのだろう。


「いやあ、起きた直後の桜彩は、ほんと、こんな感じ。この前とかもそうだったし」



 桜彩の起き抜けの顔は、旅行の時などで何度か見てはいる(旅行から戻って来た翌日を最後に見てはいないが)。


「うわ、それちょっと失礼かも。……でも」


 言葉を切って、桜彩はもう一度猫ベルを揺らした。

 小さな音が、店内に溶け込む。


「……なんか、怜といるときの私みたいで、ちょっと好きかも」


 囁くように言ったその声に、怜の胸がきゅっと鳴った。

 もう何度も好きと言って、好きと言われているのだが、それがとても嬉しい。

 いつものように冗談を返そうとして、だが言葉が上手に出てこない。

 小さく息を吐き、桜彩の指に添えられたチャイムをそっと手に取った。


「これ、うちに飾ろうか」


「……うち?」


「俺の部屋の玄関にさ」


「でも、良いの?」


「ああ。さっきの食器はさ、今使ってるやつがまだ使えるから買わなかったけど、俺の部屋にドアベルはないしな」


 別に必要なもの以外は全く買わないというわけではない。

 現に怜の部屋の壁にはガーランドが飾られたり、観葉植物が飾られたりもしている。


「これを玄関の内側とかに吊るしたら、桜彩が入った時に鳴るだろ? そういうのが良いなって思って」


「うんっ。それ最高。私が部屋に帰ったらこのベルの音が出迎えてくれて、それで怜が『おかえり』って言ってくれるんだよね?」


「ああ」


「もうそれ凄く素敵! 怜の部屋に帰る楽しみがまた一つ増えるよ」


 本当に嬉しそうに頷いてくれる。


「朝起きてさ、支度をして怜の部屋に行くと、この猫ベルの音が聞こえる。そこから一日が始まるんだよね」


 怜はそのまま桜彩の髪を優しく撫でると、桜彩は嬉しそうに頭を擦り付けてくる。

 こんな仕草も猫カフェの時の猫に似ていて可愛らしい。


「良い一日が始まるんだろうな」


「これからはさ、私達の『おかえり』の音としてこのベルをずっと大切にしようね」


「ああ、約束だ」


 怜もその光景を想像して頷き、桜彩の手を握ったまま再び音を鳴らした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 猫ベルを持ちレジへと進む。

 手はずっと恋人繋ぎのまま。

 ほんの小さな買い物、だがそれが良い。

 店員が商品をラッピングしてくれている時、桜彩が怜の耳元にそっと顔を寄せて囁く。


「今日、帰ったらすぐに鳴らそうね」


「俺も、ずっと鳴らしていたいくらいだ」


 ラッピングを終えた店員からベルを受け取って店を出る。


「ふふっ。それじゃあ帰ろうか。早くこのベルを鳴らしてみたいな。……あっ、でもそれじゃあデートが終わっちゃう。……うーん、どうしよう」


「俺だってデートが終わるのは嫌だけどさ。でも家に帰ってもお家デートが続くだろ?」


「あっ、そうだね。ふふっ、デート三昧だ」


「そうだな。デート三昧だな」

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