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隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第九章 アフターストーリー(秋)】  作者: バランスやじろべー
第八章前編 恋人になった二人の日常

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第406話 画材デート

「あっ、そうだ。ねえ怜、今日画材屋に行かない?」


 朝食後にコーヒーを飲んでいると、桜彩からそんな提案をされる。


「画材屋?」


「うん。もうスケッチブックの残りが少ないから、そろそろ欲しいなって。ついでに他にも色々と見てみたいし」


「ああ、そう言うことか。うん。もちろん構わないぞ」


「ふふっ、ありがと」


 肯定の返事を返すと桜彩が嬉しそうに笑ってくれる。

 怜としては画材屋については良く知らないし、桜彩の得意分野について色々と知ることができるのも嬉しい。


「普段はさ、私が怜に案内されることが多いけど、今日は私が怜を案内するね」


「それじゃあ専門家にお任せするよ」


「任せてね」


 自信ありげにふふっ、と笑う桜彩。


「ところで画材屋ってどこに行くんだ?」


「ショッピングモールの中にお勧めの画材屋があるんだって。先月友達が教えてくれたよ」


 話を聞くと、どうやら美術部のクラスメイトがその画材屋を教えてくれたようだ。

 桜彩本人も行くのは初めてということだが、特に問題はないだろう。


「それじゃあ今日は画材屋でデートだな」


「うんっ。画材屋でデートだね」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 二人が訪れたのはショッピングモールの一角にある画材屋。

 ショッピングモールの中でも一際落ち着いた空気が漂っている。

 恋人繋ぎで手を繋いだまま店内に一歩足を踏み入れると、紙やインク、木製のフレームの優しい香り、そしてほんの少しの絵具の甘い香りが混ざり合って鼻をくすぐる。


「ふふっ。久しぶりだけどこういうの好きだな。落ち着くよ」


 桜彩がふふっと笑って言う。

 その横顔はどこか誇らしげで、自分のフィールドに怜を案内する喜びが滲んでいるように感じる。


「分かる。静かだけど、なんかワクワクする感じ。……何て言うのかな、桜彩と同じ香りがする」


「え、なにそれ、どういうこと?」


 冗談っぽく笑いながらも、桜彩は頬をほんのり赤く染めた。


「んー、たぶんだけど……絵具とか紙の香りとか。なんか、桜彩の部屋と似てるなって」


 怜の言葉に桜彩は数秒の間ぽかんとした後クスリと笑う。

 そして恋人繋ぎしている手を解き、怜の腕に自分の腕を絡ませてきた。


「そんなに似てる?」


「ああ」


 そう言って怜は近づいてきた桜彩に鼻を寄せる。

 桜彩は恥ずかしそうに身をよじるが、それでも嬉しそうに嗅がせてくれる。


「うん。やっぱり同じっぽい」


「ふふ……。じゃあ、今日は『私の香り』に包まれててね」


「うん、ありがたく」


 目を合わせると、自然に二人の顔が近づく。

 けれど、ここは公共の場所。

 キスをしたいという欲求はあるが、さすがにTPOは弁えなくてなならない。

 ほんの一瞬、鼻先が触れそうな距離で、怜はそっと桜彩の前髪を整える。


「……キスは帰ったら、な」


「うん。たくさんね」


 小さな囁きと微笑みを交わしてから、並んで画材の棚を見て回り始めた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 まず目に留まったのは、ずらりと並ぶスケッチブックの棚。


「このって紙質凄く良いんだ。水彩も滲みにくいし、鉛筆のノリもいいし」


「へぇ……。確かに触った感じが違うな。なんか、ちょっとザラッとしてるけど滑らかっていうか」


 怜が指先で紙の表面をなぞると、桜彩は嬉しそうに頷く。


「怜ってさ、結構手の感覚も鋭いんだね」


「包丁とか調理器具握ってると指の感覚には結構こだわるからな。その辺りかも」


「じゃあ今度、私の絵に触ってどんな感じかって教えてよ」


「それ、かなり贅沢な体験だな。ぜひ」


 そんなやり取りをしながらスケッチブックを見て回る。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 とりあえずスケッチブックに目星をつけて、次に立ち止まったのは色鉛筆のコーナー。

 そのうちの一セットを見て怜が驚く。


「うわ……。色多いな。何色あるんだこれ」


「セットで百色……かな。普通に絵を描く分にはここまで必要ないんだけど、でもあるとなんだか嬉しい気分になるんだよね」


 桜彩は嬉しそうに色鉛筆を一本ずつ手に取っては光にかざす。


「ねえ、怜はどの色が好き?」


「んー……、この橙色かなあ」


 少し悩んで一本を手に取ると、桜彩がくすりと笑う。


「怜らしいね。マグカップもオレンジだし」


 以前雑貨屋を訪れた時に買ったお揃いのマグカップも橙色だ。


「そういえばさ、桜彩が選んだ水着もオレンジだったよな。あれって……」


 夏休みの初日に桜彩が選んだ水着を思い出す。


「うん……。蕾華さんが選んでくれた水着だけど、でも、怜が気に入ってくれるかなって…………」


 当時のことを思い出し手が桜彩が顔を赤くする。

 その桜彩の言葉に怜も照れてしまう。


「……ありがと、な」


「うん……。あ、そうだ。色鉛筆の話だよね」


「買うのか?」


「うーん、色鉛筆が足りないのは事実なんだけど、どうしようかな」


 そう言って桜彩は値札の方へと目を落とす。

 そこに記されている金額は、確かに買えなくはないものの少々値が張る。


「でも、この色、使って怜を描きたいな」


「……ドキッとすること言うなあ、俺の彼女は」


「ふふっ。それじゃあこれも買うことにするよ。さっそく今日の夜に使ってみる」


「それじゃあ桜彩が描くところ、隣でしっかりと見てるよ」


「え?」


 驚いて顔を上げる桜彩。

 怜は少し照れたように、でも真剣な眼差しを桜彩に向ける。


「桜彩が絵を描く時間を、俺も一緒に過ごしたいって思ってる。……邪魔しないようにするからさ」


「……そんなの、邪魔じゃないよ。私が怜を描くところ、ちゃんと見ててね。ありがとう、怜。大好き」


「……俺も桜彩が大好きだ」


 二人の頬が少しだけ赤く染まり、そしてくすりと微笑む。


「……ね、ちょっとだけキス、してもいい?」


 小声で囁く桜彩に、怜は目を細めて頷いた。


「……一瞬だけな」


 周囲に誰もいないことを確認する。

 店の奥の死角になった場所で、そっと唇が触れ合わせる。

 ほんの数秒、だがその短さに反して、胸の鼓動はやけに速くなる。


「……もう、ずるい」


「桜彩が言い出したんだろ」


「うん。でも、もっとしたくなるから困る」


 甘く満ちた空気の中、二人で微笑み合い、また静かに腕を組んで店内を歩き出す。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ふと、桜彩が小さな展示棚の前で足を止めて腕を引いてくる。


「……ねえ、これ見て」


 手に取ったのは、掌にすっぽり収まる木製のミニイーゼル。

 どうやらはがき程度の大きさの絵なら、これに飾ることができそうだ。


「こういう小物、部屋に飾ると可愛いよね」


「そうだな。桜彩の描いた絵を飾ったら、絶対もっと可愛いと思う」


「じゃあ……、怜の部屋に、私の絵を飾ってくれる?」


「もちろん」


 怜が即答すると、桜彩の笑顔がふわっと咲いた。


「じゃあ今度、描くね。怜の為の一枚を」


「ありがと。楽しみにしてる」


 その後も二人でインクボトルやパレットなどを眺めながら、ゆっくりと時間を過ごしていく。

 最後に桜彩が選んだのは、落ち着いたベージュの表紙に淡い花模様がエンボス加工されたスケッチブックだった。

 会計を終えて紙袋を受け取った後、店の外へと歩き出す。

 だが、扉の前でふと立ち止まった桜彩が振り返る。


「また来ようね。このお店、二人の場所にしたい」


「ああ。ここに来たら、桜彩の笑ってる顔いっぱい思い出すからな」


「それ、ずるい。またキスしたくなっちゃう」


「帰ったら、いっぱいな」


「うん。いっぱいキスしようね」


 照れくささと愛しさが混ざった空気の中、恋人繋ぎで指を搦め、ショッピングモールの通路へと歩き出した。

次回投稿は月曜日を予定しています

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