第394話 スイカ割り② ~二人羽織でスイカ割りを~
「それじゃあ行くぞーっ!」
「ぐるぐるぐるっと!」
陸翔と蕾華により桜彩が何回か回転させられる。
ここからは皆の指示と怜のアシストを頼りにスイカへと辿り着かなければならない。
何としても成功させたい、そんな思いを胸に怜は一度気を引き締める。
「右よ、右! もうちょい左行ったら壁に当たるわよー!」
「サーヤ、ストップ! 一回後ろに戻って!」
「さやっち! ちょい左だ!」
「違う違う、前だって前! こらみんな、適当言わない!」
「私は正しいわよ! ほら、右って言ってるじゃん。桜彩、あなたから見て右よ!」
四人から混沌とした指示の飛び交うなか、桜彩は完全に混乱してしまっている。
「ね、ねえ、怜……。本当はどっち……?」
「おい怜、分かってんなーっ!?」
陸翔の声に怜は軽く手を上げて応える。
もちろん陸翔の言う通り、桜彩に嘘を教えるようなことはしない。
「桜彩。ちゃんと俺が教えるって言っただろ?」
桜彩の背中から抱きしめるようにして、その手にそっと手を重ねる。
「そのまま真っ直ぐ。五歩進んで、ちょっと右。そう、そのまま、あと三歩」
少し間違った方向に行きそうになれば、すぐに後ろから体の向きを修正する。
その時に感じる桜彩の体の柔らかさに心を奪われそうになるが、ぐっとこらえる。
目隠しをされて周りが何も見えない状態で、桜彩が頼れるのは怜の声のみ。
心臓のドキドキがどんどん大きくなっていくのが自分でも分かる。
「……ねえ、怜」
「ん?」
「私、ちょっと……、ドキドキしてる」
「スイカ割りで?」
「ううん。背中に怜が触れてるから」
その言葉に、後ろの怜は一瞬だけ無言になった。
「……それは俺の台詞だよ」
低く抑えた声で返され、桜彩は体の芯が震えるような感覚に包まれた。
目隠しで見えないはずの視線が、やけに熱く感じる。
「ほら、ここで割ってみて」
怜に促された位置に止まり、桜彩は木刀を振り下ろす。
――バシッ!
スイカにヒビが入る音が響いた。
「おおおおっ! さやっち、惜しい!」
「でも凄い! ちゃんと当たったよ!」
皆が拍手するなか、桜彩は目隠しを取ってスイカの様子を見つめる。
完全に中心とまではいかないものの、綺麗なヒビが走り、甘い香りが漂ってくる。
「やったな、桜彩」
怜が隣で笑いながら手を差し出してくれる。
桜彩はその手を取り、少しだけ体を寄せる。
「怜の声が、いちばん頼りになったよ」
「もっと頼ってくれよ。これからも、ずっと」
「うんっ!」
「それじゃあ、桜彩。成功おめでとう」
怜が割れたスイカの赤い果肉をすくって、指に載せて差し出してくる。
「あーん」
「ん、んん〜……」
桜彩は目を細めて口を開き、ぺろりと舌を伸ばして指ごと口の中へ。
舌に感じるのはスイカの味と、そして怜の味。
「……甘っ」
「どっちが?」
そんな一言に、桜彩はスイカ以上に顔を赤く染めた。
「どっちも……だよ……」
そう言うと、今度は怜の顔がスイカのように真っ赤に染まる。
「あ、そ、そうか……」
「れ、怜も顔真っ赤……」
「そ、そりゃあな……」
照れる怜を尻目に、今度は桜彩がスイカの果実を指に載せて怜へと差し出す。
「あーん」
「あーん。……」
手首をそっと握られて、今度は自分が差し出した指ごと怜の口の中へと含まれる。
指先に怜の舌の感触が伝わってくる。
「ど、どう……?」
「美味し……。スイカも、桜彩も……」
「え、えへへ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな二人を少し離れたところから、呆れたように見ている四人。
「ねえ、アタシ達ってスイカ割りやってたんだよね……?」
「確かそのはずだな」
蕾華の言葉に、陸翔が頭を抱えて頷く。
「じゃあ、いったい今アタシ達って何を見せられてるの?」
「バカップルのいちゃつきだろ」
「怜も桜彩ちゃんも、完全に自分達の世界に入っちゃってるわね」
「事ある毎にね……」
目の前でいちゃつくバカップルを見ながら、四人はため息を吐いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
桜彩が振り下ろした木刀はスイカの一部分を割っただけ。
そんなわけで、今度は怜がチャレンジだ。
「よっし! 怜はぜっったいに外させてやる!」
「だよね! あの二人、くっついてばっかりだったからちょっと懲らしめようか」
「あ、それ良いわね。ほら怜、もっと左よ!」
「怜! 美玖の言う通り、左に寄って!」
四人の声を聞きながら怜は方向を変えていく。
(ってかこんなに左だったか?)
目隠しをされた為に周囲の状況は自分では一切分からない。
「ストップストップ! そっち、砂浜だから!」
すると慌てた桜彩の声が耳に届く。
「え? どっち?」
「怜、だめ! それ以上行ったら! うーっ…………えいっ!」
いきなり後ろから抱き着かれるような感触に引き止められる。
腕が背中に回され、柔らかな体が密着する。
「あっ、サーヤ! それダメだって!」
「だ、だって、みんなが嘘ばっかり教えるんだもん!」
二人の声によりこの状況を理解する。
つまりは桜彩以外の四人が怜を失敗させようと嘘の指示を出していて、それを防ぐ為に桜彩が――
怜は動きを止めて、くすりと笑う。
「……桜彩。抱きついてるよな?」
「し、しかたないでしょ……!? このままじゃ砂浜に入っちゃうかと思って……!」
耳元でそう囁かれて、その吐息を感じながら怜は小さく笑った。
「じゃあ、このまま案内して?」
「えっ?」
「桜彩のことだけ、信じるからさ」
「う、うん……」
背中で桜彩が何か決意したのが分かる。
「……うん、わかった。私が怜をゴールまで連れてくから。他の人の声なんて聞いちゃ、ダメだからね」
「分かった。桜彩以外の声なんて聞かない」
「うん」
背中に添えられた桜彩の手を感じながら、桜彩に導かれる。
なんだか鼓動まで重なっているような気がしてくる。
周囲があっちだこっちだとぎゃあぎゃあ言っているのが耳に届くが、今の例が信じるのは桜彩の声だけ。
「ここ。今だよ」
「信じるよ?」
「信じて……。私のこと、信じて」
必死に四人が何か言っているようだが、それに耳を傾けることはない。
そして棒が振り下ろされ――今度も、見事にヒット。
目隠しを取ると、見事に割れたスイカが目の前にあった。
「桜彩、ありがとな」
「ううん。それじゃあはい、ご褒美だよ」
そっと桜彩がスイカを指に載せて差し出してくる。
そして先ほどと同じように、二人でスイカと相手の指の味を堪能した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
残る四人はもうすっかり呆れと諦めの混じった表情でスマホを向けていたのだが。




