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隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第九章 アフターストーリー(秋)】  作者: バランスやじろべー
第七章後編 恋人初心者の二人

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第390話 バーベキュー① ~からかいと共に~

 海辺の風が心地よく吹き抜ける昼下がり、コテージのウッドデッキには、香ばしい煙とともに潮の香りが立ち込めていた。

 炭火を起こしたグリルの上では、下処理を終えた大量の貝が静かに焼かれている。

 赤くなった炭の上に置かれた網の上ではホタテがじりじりと音を立てながら、その殻の中でバターと出会うのを待っていた。

 今日の昼食はバーベキュー、それも昨日とは違って海鮮メインのバーベキューだ。


「もうそろそろかな?」


 怜は網の上の様子を確認しながら、切っておいたバターを手に取る。


「これ、凄く良い香り……」


 桜彩が身を乗り出して、ホタテの殻から立ち上る湯気に鼻を近づける。

 ホタテのエキスが存分に混じったその香りにその顔がうっとりと緩む。


「危ないぞ、そんなに近付いたら」


 怜は苦笑しながら醤油メインのタレをホタテに掛けて、更にトングでバターの塊をそっとホタテの上に載せた。

 途端に、ジュッという音とともに芳醇な香りが周囲に広がる。

 バターの香ばしさと醤油、そして磯の香りが混ざり合って食欲をそそる。


「うわあっ……! これ絶対美味しいやつ!」


「まだまだいくよ。サザエと大アサリも焼き始めてる」


 手際よくサザエの殻を並べ、ゆっくりと火にかける。

 殻の中から泡がぷくぷくと溢れ出し、サザエがじっくりと火が通っているのが伝わってくる。

 シスターズは後ろでクーラーボックスから次の食材を取り出していた。

 年上らしい余裕の表情で弟妹たちの初々しい空気を時おり見守りながら、それを楽しんでいるようだった。


「怜、ホタテの焼き加減、いい感じじゃない?」


 桜彩の声に怜は一つのホタテを覗き込む。


「そうだな。今がちょうど食べ頃かも」


 一枚のホタテを取り殻ごと小皿に移すと、桜彩の前にそっと差し出す。


「熱いから気をつけて。でも、きっとびっくりするくらい美味しいぞ」


「うんっ! いただきま~す!」


 桜彩はもう待ちきれないといった様子で、しかし熱いのかおそるおそる箸で貝柱を持ち上げて一口食べた。


「……んっ、美味しい! 甘くて、ジュワッとしてて、最高……!」


 その様子を見て、小さく笑みが浮かぶ。


「それ、めちゃくちゃ嬉しい感想だな」


「もう、これだけで来てよかったって思えるくらい……」


「それじゃあ俺も」


 そう言って怜もホタテに手を伸ばそうとしたところ、それより早く横から箸が差し出される。


「はい、あーん」


「おっ、ありがと。あーん……んっ、美味しいな! バターの風味とホタテの旨味が凄い!」


「だよねだよねっ!?」


 一口食べると嬉しそうに桜彩が覗き込んでくる。


「でもされーくん。美味しいのはサーヤに食べさせてもらったからじゃないの?」


 そんな二人に横から蕾華がニヤニヤと笑いながら声を掛けてくる。


「まあな。桜彩に食べさせてもらうの好きだし」


「えへへ~」


 その言葉に桜彩がへにゃあ、と蕩けた様に笑みを浮かべる。


「あーあ。れーくんもサーヤももうこのくらいじゃ照れなくなっちゃったよね」


「数か月前の初々しさが懐かしいよなあ」


 桜彩との関係が親友二人にバレた時のことを思い出す。

 あの時、プリンを食べさせ合っている所を陰から見られてとても恥ずかしい思いをしたのだが、もはや『あーん』は日常の風景だ。

 ふだんから家でスイーツを食べる時の日課でもある。


「次は俺の番だな。ふーっ……。桜彩、あーん」


「あーんっ! うんっ、美味しい!」


 焼けた牡蠣に息を吹きかけて冷まし桜彩へと差し出すと、嬉しそうに桜彩が頬張る。

 それを見た親友二人は呆れたような表情を浮かべる。


「どうだ。もうそんなからかいはもう通用しないぞ」


「そうだよ。二人の思惑通りに恥ずかしがってやらないんだからね」


 親友二人に勝ち誇った顔を向けた後、桜彩と向き合って頷き合う。

 これまで何度も何度も数えきれないくらいにからかわれたのだが、それも今日までの事だ。

 ――が、この親友二人がその程度で終わるわけなど当然なかった。

 怜と桜彩の挑発するような言葉に、むしろ闘争心をかき立てられたのかニヤリと笑みを浮かべてくる。


「へー、そーなんだー。もうからかってもへーきなんだってー、りっくん」


「らしいなー」


 そして二人はこほん、と咳払いをして


「ねーりっくーん! 朝は日焼け止め塗ってくれてありがとーねーっ! お礼にキスしてあげるっ!」


「それならオレも蕾華にキスでお礼しないとな!」


「「ッ!!」」


 ニヤニヤニヤニヤ

 朝、キスしている所を見られた為に、そのまま四人を相手に尋問されて洗いざらい吐かされてしまった。

 つまり、日焼け止めを塗ったお礼にキスをし合っていたということを。


「ちょっ……おまっ……それは…………!」


「り、陸翔さんっ、蕾華さんっ……!」


「お? どうしたんだ、怜?」


「サーヤもどうしたのー? 二人共恥ずかしがってなんてくれないんだよねー?」


 ニヤニヤとしながらこちらの方を眺めてくる。

 当然平常心でいることなどできもせず、怜も桜彩も顔は真っ赤だ。


「う…………」


「うううううう~っ……」


 どうやらこの親友二人に勝てるにはまだまだ時が必要らしい。

 だが、からかいはこれでは終わらない。


「おやおや〜? ラブラブね〜?」


 葉月がわざとらしく笑いながら声を飛ばしてくる。


「ち、ちがっ……!」


「違わないでしょ。もうずっと良い感じだったじゃない」


「ね、姉さんっ……!」


 シスターズまで絡んで来た。

 桜彩の顔はみるみるうちに真っ赤になってしまう。

 怜も耳まで赤くなりながら、あわてて話題を戻そうとする。


「つ、次は大アサリいくよ! こ、これも焼くと最高なんだ!」


「ほ、ホント!? お、美味しそうだなあーっ!」


 四人から逃げるように、殻の中で身がふっくらと膨らんできた大アサリに醤油を垂らす。

 ジュウッという音が辺りに響き、香ばしい香りが一気に広がった。


「うわ……これも凄い……」


 桜那が目を輝かせながら呟く。

 そして怜の耳元に口を寄せて


「……ね、怜。あーんってする……?」


 と聞いてきた。


「ど、どうするかな……」


「も、もうからかわれるのは確定してるんだし……。だ、だったらもう怜とそういう風に食べたいなって。えへへ……」


 四人に背を向けて恥ずかしがりながらも、それでいて期待に満ちた目を向けてくる。

 まあ、桜彩の言うことも一理ある。

 どうせからかわれることが確定しているのなら楽しまなければ損だ。

 いわゆる『踊る阿呆に見る阿呆』というやつだろう。

 後ろから注がれる四組の視線を恥ずかしく思いながらも大アサリを箸で持ち上げ、そっと桜彩の口元に運ぶと、桜彩は嬉しそうに頬を赤らめながらそれを口に含んだ。


「……ん〜、美味しいっ」


「……良かった」


 視線を合わせたまま微笑む二人。

 その背後から親友二人とシスターズの声が聞こえてくる。


「ひゅーっ! 熱々だなあ。これは炭のせいかな? それともあの二人のせいかな?」


「うんっ! カメラバッチリ! 後で写真送りますね!」


「ほんと、お似合いね」


「見てるこっちがこそばゆくなるわ」


 聞こえなかったふりをして怜ははふっと空を仰いだ。

 潮の香り、炭火の匂い。

 そして何より隣で笑う恋人の存在。

 全てがまるで一つの風景のように心地よく、忘れられない夏の一幕になっていた。

 貝の旨味と、照れ笑いと、大切な人達の優しい視線が混ざり合いながらバーベキューはゆったりと、しかし確実に心に残るものになっていく。

 まだ海老も、魚も控えているが――この瞬間こそが、何よりのごちそうだった。

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