第386話 尋問タイム
リビングから美味しそうな朝食の香りが漂って来る。
BGMは窓の外の波の音。
海辺のキッチンというこの場所において、これ以上ないくらいに素敵な朝食のシチュエーションと言えるかもしれない。
おそらく美玖が作ったであろう朝食の方も味はとても美味しいだろう。
それはいい、それは。
「……行こうか」
「……うん」
桜彩と顔を見合わせて決意を決めると二人で手を繋ぎ、リビングへと足を向ける。
有罪確定の裁判へと出席する被告人とはこのような気持ちなのかもしれない。
リビングの扉を開けると、当然ながら既に全員が揃っていた。
皆幸せそうな、いや、ニヤニヤとした笑みを顔に浮かべている。
「おっ、やっと来た! 改めておっはよー! れーくん、サーヤ!」
「遅いぞー、待ちくたびれちまったぞ」
ニヤニヤ顔で口火を切ったのは蕾華。
陸翔もそれに続いて蕾華の言葉に同調する。
そして向かい側の席に座るシスターズも目元を細めて優し気な視線を送って来る。
問題は優しさ以外にも色々な意味がこもっていそうなことだが。
「良いよね、目覚めた瞬間から恋人が隣にいる朝って! これがまさに青春だよ、青春!」
当たり前だが蕾華のテンションは恐ろしく高い。
「それで、怜。どうだったの?」
「どうって何が……?」
「付き合って最初の朝よ。隣で幸せそうに眠る桜彩ちゃんってか彼女を見て、どう思った?」
美玖からのその質問はやけに直球だった。
怜は一瞬だけ目を伏せ、それからまっすぐ答える。
「嬉しかったし幸せだった。隣の桜彩を見て、ちゃんと『俺の恋人』だって感じられて」
その言葉に、桜彩は肩をビクッと震わせる。
チラリと視線を向けると耳まで赤く染まっている。
「わあっ! れーくん、朝から爆弾投下してきたよ!」
「うっせえ」
「うぅ……」
桜彩の口から声にならない声が漏れる。
膝の上に置かれた手もプルプルと震えている。
「それで、桜彩。あなたの方はどうだったの?」
「う、うん……。起きたら隣に怜がいて、やっと恋人になれたんだって……昨日のことを思い出して」
「そうそうそれそれ! ねえれーくん、サーヤ! どうやって告白したの!? 告白の言葉は!?」
「え……。えっと……」
「うぅ……。そ、その……」
困ったように赤くなった顔を合わせる。
こうして昨日の告白のことを思い浮かべるだけでも顔が真っ赤になるくらいに恥ずかしいというのに、それを他人に話せというのか。
「と、とにかくご飯たべちゃおう! 冷める前に!」
「そ、そうだよ! せっかくの美味しいご飯が台無しになっちゃう」
とりあえず問題を先送りにしてみる。
「ふーん。二人がそう言うならまずは朝食にしましょうか」
「ええ。もちろんその後でゆっくりと聞かせて貰うからね。昨日の一部始終を」
うんうんと頷くシスターズを見ながら、怜は朝食に手を付けていく。
メニューは白身魚のソテーとポーチドエッグ、サラダ、トーストのプレート。
白身魚の皮がパリッと音を立てて、ふんわりとした身がほろりとほどける。
正直、この朝食はもっと落ち着いた心で味わって食べたかった。
(とりあえず、朝食を食べ終えるまでに何とかごまかすことにしないと……)
だが当然ながらそのようなアイデアが思い浮かぶはずもなく、朝食を食べ終えてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――――って感じ」
告白のシーンをある程度細かく四人へと告げる。
もちろん、その後のキスについては隠したままだが、とはいえ恥ずかしいものは恥ずかしい。
話しを終えると桜彩と共に顔を真っ赤にして下を向いてしまう。
一方で息を吞んで話を聞いていた四人は、皆驚きと喜びが混じり合った顔をする。
「マジで!? そんなすごいシチュエーションで告り合ったのか!?」
「うっわーっ! なにそれすっごいロマンチックじゃん!」
昨日の告白について話を聞いた陸翔と蕾華が目をキラキラとさせて身を乗り出してくる。
「青春ねえ」
「そうね。ま、でもさ、ちゃんと『好き』って伝えたのね」
感慨深くしみじみと呟くシスターズ。
「……うん」
「……伝えたよ」
二人の答えに、陸翔はふっと頬を緩める。
「良かったなあ。二人共ちゃんと伝え合えて」
「だよねー。れーくんもサーヤも見てるこっちが照れるくらい、ずっとずっと両想いオーラ出てたしさあ」
「オレ達も頑張った甲斐があったよなあ」
「うんうん! アタシ達の努力がついに報われたよね」
「そ、その……。まあ、感謝してる……。今は本当に幸せで……」
「う、うん……。ありがと……。私も本当に夢みたいで……」
この親友二人とシスターズが表で裏で応援してくれたからこそ、こうして恋人になれた。
からかわれてはいるものの、その点については本当に感謝している。
「夢じゃないよ。ちゃんと現実。れーくんとサーヤは恋人同士! うん!」
「蕾華さん……」
「怜。桜彩のこと泣かせたら、怜でも容赦しないからね」
「泣かせませんよ」
「ふふっ。葉月、それは絶対に大丈夫だよ。怜のこと、信じてる」
胸を張ってそう告げる桜彩の言葉に、怜は思わず背筋を伸ばす。
「大丈夫。絶対に泣かせない。桜彩をちゃんと幸せにする。……いや、桜彩と二人で幸せになっていく」
「……っ!」
怜がそう宣言すると、桜彩の顔が驚きに染まる。
そして目にうっすらと涙を溜めながら
「うん! 私も怜と一緒に幸せになるよ!」
涙を拭いながら、満面の笑みでそう宣言する。
言い終えた瞬間、全員が静まり返った。
そして――
「「「「わあーっ!!」」」」
四人が同時に立ち上がって、歓声を上げた。
「うわ、もうごちそうさま!」
「ちょっともう! れーくんもサーヤも朝から胸キュンさせすぎ!」
「怜、そんなこと言えるようになったの!? 成長したわねえ〜!」
「このコーヒー砂糖入ってないんだけど、なんだか甘いわねえ」」
四人の反応に怜と桜彩は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
だが――その手と手はテーブルの下でそっと繋がれている。
それだけで心が温かい。
「……なあ、桜彩」
「……なに?」
怜がそっと言葉をかけると桜彩は顔を上げる。
その顔を真っ直ぐに見て
「……改めて、今日から改めてよろしくな」
その言葉に、一瞬だけ桜彩の目が見開かれる。
「……うん。こちらこそ改めてよろしくね」
そして――小さく笑った。
「「「「うわあああ~~~~」」」」
再び全員の口から歓声とも悲鳴ともつかない声が上がった。
テーブルの上にあった食器がカチャカチャと揺れるほどの盛り上がり。
危うくコーヒーが零れてしまいそうになる。
「なんかもう、甘い! あまあま! 胃もたれする!」
「まさか朝食の席で『改めてよろしく』とか聞かされるとは……」
怜と桜彩は顔を見合わせ、また揃って真っ赤になる。
だが不思議と心地よいぬくもりがあった。
からかわれたって、照れたって。
隣に桜彩がいてくれるならそれでいい。
まだまだじれったいことばかりの恋のはじまり。
でも、こんな朝なら、悪くない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
笑いとからかいと、そして祝福に包まれてゆっくりと時間が進んでいく。
恋人同士で迎える初めての朝は、忘れられないほど甘くて賑やかに始まったのだった。




