第384話 恋人同士で迎える朝
「ん…………」
午前五時半過ぎ、怜がゆっくりと瞼を開けるとコテージの天井が目に入る。
窓の外からカーテン越しに差し込む淡い日光が、今が朝だということを怜に教えてくれる。
が、そんなことはどうでもいい。
右半身から伝わる温かな存在、柔らかな感触。
「くー……くー……」
右側へと目を向けると、そこに寝ているのは恋人となった桜彩。
手を繋いで寝たはずだが、今は怜の右手を抱えながら上半身を抱きしめるようにして眠っている。
安心しきった穏やかな笑顔。
幸せな夢でも見ているのだろうか。
(いや、夢を見てるのは俺かもな……)
何しろ人生十七年目にして初めての恋の相手。
その相手と恋人同士になることができたのだ。
幸せ過ぎて夢かと思ってしまうのも無理はない。
「くー……すー……」
(可愛すぎか)
安心しきった寝顔を見ながら、愛しい恋人の顔を眺める。
こういう顔を見ることができるのも彼氏の特権というものかもしれない。
(いや、そもそも俺は桜彩と恋人同士になる前から見てたよな……)
ふと頭に浮かんだ考えに苦笑してしまう。
そもそも、まだ恋人同士になっていない昨朝だってこうして桜彩の寝顔を眺めていたのだ。
ただ、昨朝と違って今は恋人同士。
お互いに気持ちを通じさせた恋人の初めての寝顔だ。
「…………スマホはどこだ?」
これはもう写真に残して永久的に保存しておくしかない。
そう考えて枕元で充電していたスマートフォンを取ろうと体を動かすと、抱きついていた桜彩のまつ毛が微かに揺れる。
「ん…………」
スマホを取ろうとした手を止めて、桜彩の方を向く。
桜彩の瞼がゆっくりと開き、とろんとした目を向けてくる。
「あ……。怜、おはよ……」
「ああ。桜彩、おはよう」
昨日と同じように寝ぼけ眼をこすりながら朝の挨拶をしてくれる桜彩に怜もおはよと返す。
(…………やっぱ、寝ぼけてはくれないか)
以前に桜彩が寝ぼけた時はとてつもない甘え方をしてきたことがあった。
怜の体に顔をこすりつけたり、何度も名前を読んでくれと要求してきたり。
多少なりともそれを期待したのだが、さすがに都合が良すぎたようだ。
「なんだかさ、いつもと同じ『おはよう』なのに、いつもとは違うみたい」
「そうだな。同じ朝の挨拶なのに」
昨日までとは違い、今日からは恋人としての『おはよう』。
声にもなんだか幸せが混じっているような素敵なトーンだ。
「えへへ…………。夢じゃ、ないんだよね……?」
「ああ。夢じゃないよ。俺と桜彩は、恋人同士だ」
桜彩の問いに答えると、桜彩の顔がへにゃあ、と緩む。
その桜彩の可愛さに怜も頬が緩んでしまう。
「えへへへへへへ。そうだよね。私、怜の彼女、なんだよね……?」
「ああ。桜彩は俺の彼女だ。俺は桜彩の彼氏だ」
「うん。怜は私の彼氏で、私は怜の彼女。えへへ。しあわせ~っ」
「ああ。俺も幸せだよ」
こうしているだけで胸の中がぽかぽかとしてくる。
桜彩と恋人同士になったことにより、幸せが胸いっぱいに広がっているのが良く分かる。
「えへへ。怜……」
ただでさえ密着していたのだが、更に桜彩がこちらの方へと身を寄せてくる。
掛け布団は掛けられたままなので、桜彩の可愛らしい猫耳パジャマ(夏バージョン)を拝むことはできないのは少し残念だが。
(まあ、ある意味良かったな……)
起きた直後はそうでもなかったのだが、徐々に頭が覚醒した今ではこうして桜彩に押し付けられている胸部の柔らかな感触に理性が崩壊しそうだ。
「れーいっ」
仰向けで顔だけをこちらに向けていた桜彩が、身体ごと横向きになり、身体の前面をこちらへと向けてくる。
「桜彩」
その意図を察して怜も桜彩の方へと体を向けて、そっと左手を桜彩の背中へと回して抱き寄せる。
怜の行動に桜彩も嬉しそうに右腕をこちらの背中へと回してくる。
自分の胸に桜彩の胸部が押し付けられることになるが、それ以上に桜彩を抱きしめ合っているという幸福感で胸がいっぱいだ。
「怜……」
「桜彩……」
「怜……」
「桜彩……」
「怜……」
「桜彩……」
「怜……」
「桜彩……」
一か月前の誕生日の翌日とは違い、今度は二人共起きたまま何度も何度も名前を呼び合う。
あの時の桜彩は寝ぼけていたのだが、今はこうして自分の意志で名前を呼んでくれる。
名前を呼ばれる毎に幸せな気持ちが胸に広がっていく。
だが、今日はこれだけでは終わらない。
「怜……」
「桜彩……」
「怜……好き……」
「桜彩。俺も好きだよ」
「私も。怜のことが大好き」
「俺だって桜彩のことが大好きだ」
「えへへー。嬉しいなあ」
「ああ。俺もとっても嬉しいよ」
こうして名前を呼び合って、好きと言い合って。
恋人同士になったことで、以前から隠していた気持ちを思う存分に伝え合って。
「ねえ、怜。お願い、聞いてくれる?」
いつもの上目遣いのおねだり。
当然ながら怜に断るという選択肢はない。
「ああ。何でも言ってくれ」
「頭、撫でてくれる?」
「お安い御用だって」
空いている右手を桜彩の頭へと伸ばすとサラサラの髪の感触が何とも言えず心地良い。
「ん……」
まだ撫でていないのだが、それだけでも桜彩は嬉しそうに頬を緩ませて身をよじる。
「撫でるぞ」
「うん……」
優しく撫でると、更に嬉しそうに桜彩が身をよじらせる。
「んん……ふぅ……ん……あ……」
一撫でするごとに桜彩の口から何とも言えない愛らしい吐息が漏れて来る。
以前はその何とも言えない色香にドキドキとするしたのだが、いまではそれよりも多大な幸福感を感じ怜は桜彩を撫で続ける(ドキドキとはしている)。
「えへへ……。やっぱり私、こうやって怜に撫でられるの、好きだなあ…………」
「何度だって撫でてあげるぞ」
「えへへ。ありがとね。それじゃあ私も……」
今度は桜彩が左手を伸ばして怜の頭に手を当てる。
その手がそっと動かされ、こそばゆさと新しい幸せを感じる。
「うん。桜彩の手、気持ち良い」
「えへへ。怜の手も気持ち良いよ」
「ん。こうしてるのって幸せだよな」
「うん。幸せだね」
へにゃあ、と溶けてしまいそうなくらい幸せな桜彩の顔。
きっと自分も同じような表情をしているのだろう。
「桜彩、好きだ。大好きだ」
「怜。好きだよ。大好き」
「桜彩」
「怜」
「好き」
「大好き」
「ははっ。やっぱり俺の恋人は可愛いな」
「私の彼氏だって格好良いよ」
「ありがと。桜彩」
「ありがとね、怜」
「もっと強く抱きしめて良いか?」
「うん。もっと強く抱きしめて」
お互いに布団の中で抱きしめ合いながら、お互いの頭を撫で続ける。
「桜彩、好きだ」
「怜、好きだよ」
コテージの一室に甘い声が何度も何度も響き渡る。
恋人になって初めて迎える朝。
それはこれ以上ないくらいの幸せを感じる新しい人生の始まりであった。
ここから恋人同士としての生活が始まります。
ある意味いつも通りではありますが、それでも恋人となったことでの変化を描いていけるように頑張ります。
これからも応援をよろしくお願いいたします。
感想等ありましたら是非お願いいたします。
『恋人になる前とやってること大して変わらねえだろ!』とかのツッコミでも構いません。
お気軽にどうぞ。




