第383話 恋人同士、初めての夜
コテージにはまだ誰もいなかった。
陸翔と蕾華は当然として、美玖と葉月の二人も帰っていない。
よって、今このコテージの中は怜と桜彩の二人だけ。
「誰も……いないな…………」
「うん……。葉月も美玖さんもまだだね……」
「…………」
「…………」
会話が止まってしまう。
このコテージの中に二人だけというこの状況に緊張してしまい、何を話せばいいのか分からない。
「え、えっと……」
「う、うん……」
「そ、その、お風呂、沸かすか……?」
「あ、う、うん。そ、そうだね……」
避暑地の夜とはいえ季節は夏、加えて人生初の告白という一大イベントも相まって汗をかいてしまっている。
「そ、それじゃあ沸かしてくる……」
「う、うん……。じゃ、じゃあ私は何か冷たいものでも用意しておくね……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………」
「…………」
風呂を沸かした後、コテージのリビングで桜彩と並んで冷たいお茶の入ったコップを傾ける。
とはいえこの程度で火照った体が冷めることもない。
しばらくすると風呂の支度ができたことを知らせる電子音が響き渡る。
「え、えっと……、怜、お風呂、先に入ってきていいよ」
「いいのか?」
「うん……。あの、私……時間かかると思うから……」
「わ、分かった……」
頷いてバスタオルを持ち脱衣所へと向かう。
(お、落ち着けって……。ふ、風呂に入るってのはいつも通りのことで、別にそういう意味ってわけじゃないし…………)
もちろん風呂に入るのはいつものことで、恋人同士で行う最上級のスキンシップとは一切関係がない。
(と、とはいえ桜彩と一緒に寝るんだよな……。うぅ…………)
いつもよりも丁寧に怜は体を洗っていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「う……うううううう~っ!」
怜が脱衣所にに向かった後、桜彩はリビングのソファに座ったまま両手で顔を覆ってしまう。
さっきまで怜と繋いでいた手が、抱きしめあったからだがじんわりとあたたかい。
思い出すと顔が熱くなって、胸の奥がふわりと甘くなる。
(ほんとに……付き合うって、こういう感じなんだ……)
二人でいる時間がこんなにも静かで、こんなにも落ち着かなくて。
今まで怜と共に過ごす時間もかけがえのない幸せな時間だったのだが、それとはまた完全に別物だ。
それなのに、嫌じゃない、むしろ心地良いくらいだった。
ほどなくして怜が濡れた髪タオルで拭きながら出てくる。
「……次、どうぞ」
「う、うん……ありがとう」
すれ違いざま、肩が怜の胸にほんの少し触れた。
それだけで胸が跳ねる。
脱衣所の扉を閉めたあと、ひと呼吸してから浴室に入る。
浴室に充満する湯気。
先ほどまで怜がここにいた証。
かすかに残っている怜の気配になんだか恥ずかしくて、でもそれが嬉しくて頬を指で押さえた。
(どうしよう……。こ、この後、同じ部屋で、同じベッドで……)
恋人同士になったその直後にこれは恥ずかしすぎる。
(う、ううん! き、昨日だって怜と一緒に寝たんだから、別にそ、そういうわけじゃないだろうし……)
もちろん何もないのは分かっている。
世間一般には告白直後、いや、恋人同士でなくともそのような行為に及ぶ者が存在することは知ってはいるが、それが自分達に当てはまることはおそらくないだろう。
でも、それでも。
怜と並んで寝るということを意識すると、体温が上がる。
(ま、万一ってこともあるかもだし……。ううう~っ!)
そのことを想像してしまい、桜彩はいつもよりも力を入れて体を洗っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
風呂から上がった後は、お互いにお互いのケアを行う。
これも一か月前の怜の誕生日からやっている二人の大切な日課だ。
(やっぱ綺麗だよな。唇もなんだか艶やかで……)
怜の目がつい桜彩の唇に引き寄せられて、先ほどの海辺での行為を思い出して顔が真っ赤になってしまう。
(キス、したいな……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(怜、やっぱりかっこいいよね。そ、それに唇もなんだか魅力的だし……)
桜彩の目がつい怜の唇に引き寄せられて、先ほどの海辺での行為を思い出して顔が真っ赤になってしまう。
(キス、したいよ……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ケアを終えた後、やることはもう一つだけ。
「そ、それじゃあその、寝るか……」
「う、うん……」
二人揃っておずおずと寝室へと向かって行く。
昨日と同じように二人並んでベッドに横になる。
「お疲れ。……眠れるか?」
「う、うん……多分……」
「き、緊張するな……」
「うん……。昨日よりも緊張するよ……」
「電気、消すぞ」
「うん。お願い」
部屋の照明が消え、暗闇が支配する。
部屋を照らすのは星明りのみ。
「「ふぅ……」」
お互いに一息ついて、そしてそれに気付いて暗闇の中、顔を見合わせる。
「ははっ……」
「ふふっ……」
そう、当然先ほど二人の頭の片隅に流れた行為などは行われない。
それを理解して、ようやく心が落ち着いていく。
「ねえ、怜……。さっきは多分眠れるかもって言ったんだけど……」
「ああ、どうかしたのか?」
「体に疲れは残ってるんだけどさ、でも嬉しすぎて眠れないかも」
それを聞いて怜もクスリと笑みを浮かべる。
「俺も。もうさっきのことが何度も頭の中を駆け巡ってるよ」
「ふふっ、怜もなんだ」
「ああ。桜彩もだろ?」
「もちろんだよ」
会話はぎこちなくても、目を合わせるだけで笑ってしまう。
こうしてベッドに横になる二人の距離は昨日とは変わらないのだが、その関係は大きく変わったことをお互いに理解している。
「桜彩」
「何?」
「今日、言えて良かった。俺の気持ちを桜彩に伝えることができて良かった。桜彩も同じ気持ちでいてくれて本当に良かった」
「私も。ずっと、ずっと……伝えたかった」
「好きだよ、桜彩」
「私も。怜のこと、大好き」
ただ、それだけを確認しあう。
それだけで心が満たされていく。
「「ん……………………」」
暗闇の中、二人の唇がゆっくりと重なって、そして名残惜しくもそっと離れる。
「おやすみ、桜彩」
「おやすみ、怜」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
心臓の音が近くで鳴っている。
それはどちらのものか、もう分からなかった。
その夜、二人は互いのぬくもりを感じながら、静かに目を閉じた。
窓の外では怜座と桜彩座が、二人の寝室を柔らかな光で優しく包み込んでいた。
次回投稿は月曜日を予定しています。
以上にて中編②は終了となります。
次話から後編となり、怜と桜彩の恋人同士としての物語が始まります。
とはいえ、ここまでで充分以上に恋人のような関係を続けてきた為に、あまり変わらないかもしれませんが……。
それでもこれまでとは違い、恋人としてのスキンシップやイチャイチャを多めに書いていければと思います。
期待を裏切らないよう頑張っていきますので、これからも応援をよろしくお願いいたします。
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話の展開が遅い、恋人になるのが遅すぎる、といった内容でも構いません。
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