第376話 バーベキュー① ~いつも通りの『あーん』~
「ゼエ、ゼエ……」
「ハア、ハア……」
「ふう……」
「つ、疲れ……た…………」
四人全員で息を切らせて動きを止める。
全力で水掛け合戦を全力で楽しんだ結果、とてつもない疲労が押し寄せて来た。
さすがにこれ以上は続けられない。
「と、とりあえず引き分けってことで……」
「お、おう……」
怜の休戦協定に陸翔が同意すると、桜彩と蕾華もうんうんと頷く。
いや、この後で再開する予定もないので休戦というより終戦と言った方が正しいか。
「ほらー、四人共ーっ! そろそろお昼ご飯にするよーっ!」
「早く来なさーいっ!」
怜達が遊ぶのを終えたのを見て、シスターズもコテージに足を向ける。
その言葉を聞くと、怜も急激にお腹が空いてくる。
遊んでいる間は楽しさで忘れていたのだが、一度意識してしまうともう駄目だ。
かなり長い事遊んでいたのか太陽はもう真上で輝いている。
これではお腹が空くのも当然だろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
先ほどまで遊んでいた海から届く波の音が今は小さい。
その代わりに今の怜達の耳に届くのはパチパチという炭の爆ぜる音。
コテージ備え付けのバーベキュースペースに設置されたバーベキューコンロ。
その中で燃えている炭からの熱で、タオルで拭いたとはいえまだ湿っている体が乾いていきそうだ。
「えっと……これで良いんだよね?」
バーベキュースペースの一角に設置された調理台で作業していた桜彩が、隣の怜に問いかける。
使い捨ての手袋をした手に持たれているのは肉串。
ゴールデンウィークに陸翔、蕾華と共に四人で行ったバーベキューの再現だ。
「オッケー。大丈夫」
「ん。ありがと」
肉や野菜で彩られたバーベキューの串は、やはりとても美味しそうだ。
桜彩の刺した串にオリーブオイルを塗って皿へと並べていく。
これで第一陣の準備は完了だ。
「れーくん、サーヤ、そっちはどう?」
「良い感じだぞ」
「うんっ。蕾華さん、これ見て!」
「うんっ。美味しそうだね!」
スマホを手にした蕾華に串を見せると、蕾華はそれを写真に収めていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一通り準備が出来たところで、網の上に肉串を置いていく。
するとすぐに火に焙られた食材から漂い始めた美味しそうな香りが鼻へと届く。
肉も野菜も普段食べているよりも格段に良い品質の物を使っている為に、これは食べるのが楽しみだ。
「はい。れーくん、サーヤ」
「お、ありがと」
「ありがとね」
蕾華が差し出してくれたグラスを受け取ると、中には色鮮やかなドリンクが入っている。
グラスの縁にはフルーツも添えられており、この雰囲気にピッタリだ。
「これ、何?」
「ノンアルコールのファジーネーブル。ピーチとオレンジで作ったの」
「そうなんだ。とっても美味しそ~っ!」
説明を聞いた桜彩が目を輝かせる。
「それじゃ、かんぱーい!」
美玖の言葉に皆でグラスを掲げて飲み物を飲んでいく。
疲れた体にフルーツの甘みが染み渡っていくようで、本当に美味しい。
「美味しいな、これ」
「うん! これ本当に美味しいね」
桜彩も気に入ったのか、グラスの中身に興味津々だ。
「それじゃあ焼けたのから食べてくか」
「うんっ!」
「ほら、これなんか良さそうだぞ」
大きなバーベキューコンロの網の上には何本もの肉串の他にもソーセージが置かれている。
渦巻き状に巻かれて串に刺されたソーセージの一本を取って桜彩へと差し出す。
これも昨日美玖が牧場で買って来たものでとても美味しそうだ。
「ほら、あーん」
「あーん……はふっ! 熱っ……でも美味しっ!」
焼き立ての熱さに苦戦しながらソーセージをかぷりと一口。
すぐに幸せそうな笑みが広がった。
「怜、これとっても美味しいね!」
「そんなに?」
「うんっ! ほら、貸して!」
そう言って桜彩は半ば強引にソーセージの刺さった串を怜から奪い取る。
そしてそのまま怜へと差し出して
「はい、あーん」
「ん。あーん……熱っ! だけど美味しいな!」
「でしょ!? 美味しいよね!」
やはり牧場で直接買ってきた物だからか肉の旨味が格段に強い。
それにバーベキューというシチュエーションも組み合わさってより美味しく感じる。
いや、それよりも一番の理由はこうして桜彩に食べさせてもらったからか。
「はい、もう一口。あーん」
「あーん……。次は桜彩だな」
「うん」
再び桜彩から串を返してもらい、ソーセージを桜彩へと差し出す。
「あーん……。熱いっ!」
「大丈夫か?」
まだ熱かったのか桜彩がバッと離れる。
「ほら、これ飲んで」
「うん。ありがと」
側にあったファジーネーブルを桜彩へと差し出すと、桜彩はすぐにそれを飲んで口の中を冷ます。
ひとまず落ち着いたところで、桜彩は渡されたグラスを見て驚く。
「あっ、これ怜の……」
「あっ、そうか」
慌てていた為に、つい自分の飲んでいたグラスを渡してしまった。
「ま、まあ、中身一緒だし構わないだろ」
「う、うん、そうだね」
そう、間接キスなどもういつものことだ。
(ま、まあ恥ずかしいのは恥ずかしいけど……)
そう思ってソーセージへと視線を移す。
「次はちゃんと冷ましてからな。……ふーっ。はい、あーん」
「ん、ありがと。あーん」
以前のバーベキューのようにふーっ、と冷ましてから桜彩へと差し出す。
「じゃあ次は私の番だね。……ふーっ。あーん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……いつもあんなことやってんの?」
「いつもですよ」
「……そうなのね」
「そうっすね」
呆れるようなシスターズに、この光景を普段から見ている蕾華と陸翔が呆れたように答える。
いや、本当にもう何で付き合っていないのかと。
とりあえず四人も食事を始めながら、この付き合っていないバカップルを写真に収めていった。




