第373話 日焼け止め② ~水着のホックを外して~
桜彩と共に一度自室へと戻る怜。
階段を昇る道中も心臓がバクバクと大きな音を奏でている。
部屋へと到着し扉を閉め、桜彩の方を見ると目が合う。
いや、もちろんこれからするのは日焼け止めを塗るだけであり、決していかがわしい行為をしようとかそういったことでは断じてない。
「そ、それじゃあレジャーシートを敷くね」
「あ、待った。そのまま床の上に敷くと体を痛くするから、その下にタオル敷いちゃおう」
砂浜の上であれば砂がクッションの役割をしてくれるのだが、床の上ではそうはいかない。
床に何枚かタオルを敷いて、その上にシートを敷く。
「そ、それじゃあ桜彩……」
「う、うん……」
怜がそう言うと、桜彩がゆっくりとシートの上にうつ伏せになる。
水着を着ているとはいえ、面積的にはほとんど下着と変わらない程度に肌が見えてしまっている。
見たのが初めてではないとはいえ、好きな相手がそのようなきわどい恰好をしているとなると、さすがに怜としてもかなりクるものがある。
しかも、ここから自らの手で桜彩の肌に触れることになるのだ。
ゴクリ、と一度唾を飲み込んでから、桜彩の横に膝立ちになる。
「そ、それじゃあお願いね……」
桜彩がうつ伏せのまま首を動かして赤く染まった顔を向けてくる。
その言葉に頷いて、先ほど桜彩から渡された日焼け止めの瓶の蓋を開ける。
「じゃあ、始めるぞ」
「うん……」
桜彩が頷いたのを確認して、ゆっくりと瓶を傾けてその中身を桜彩の背中へと垂らしていく。
「ひゃんっ!」
日焼け止めがゆっくりとボトルから桜彩の背中へと垂れると、桜彩が驚いたように声を上げる。
「あ、ど、どうした!?」
「あ、ううん。ただ驚いただけだから。続けて」
「わ、分かった」
更に中身を背中へと垂らし、準備完了。
そう、本題はここから。
ゆっくりと桜彩の背中へと手を伸ばし、ぴとりと触れる。
瞬間、桜彩がびくりと身体を震わせるが、すぐに何事もなかったかのように静まる。
「手、動かしていくぞ」
「うん……」
ゆっくりと、撫でるように日焼け止めの付いた手を桜彩の背中へと這わせていく。
傷つけないように最小限の力で桜彩の背中を撫でていく。
(こ、これ……ヤバいな……)
もう緊張して語彙がなくなっている。
大好きな相手の背中の感触。
それがここまで気持ち良いものだとは思いもしなかった。
(す、凄くすべすべで、気持ち良い……。ず、ずっと触っていたい……)
ふとそのような思いが頭に浮かんでしまい、慌てて頭をブンブンと振る。
(ダメだ、考えるな……! 無心になれ……!)
正直このまま桜彩の背中の感触に集中していては精神衛生上よろしくない。
そんなわけで怜は何も考えないようにして桜彩の背に日焼け止めを塗っていく。
「こ、こんな感じか……?」
「うん、ありがと。気持ち良いよ」
「そ、そっか。うん……」
桜彩の言葉を聞きながら、丁寧に背中を撫でるように塗っていく。
「わっ!」
「あっ……!」
無心になって作業していると、怜の指が何かに引っ掛かってしまった。
いや、何かではない。
指から伝わる感触からそれの正体はなんとなく分かる。
つまるところ、桜彩の水着の背面の帯状の部分。
「わ、悪いっ!」
「う、ううん……。だ、大丈夫だから……」
大失敗だ。
意識しないようにと手元をあまり見ずに行ってしまったのが最大の敗因だ。
「で、でも、そうだよね……」
「え?」
「そ、そのね……。このままじゃ怜だって塗りにくいよね……。だ、だから……外して良いよ……?」
顔を真っ赤にした桜彩がそう告げてくる。
「は、外すって、何を……?」
いや、桜彩が何のことを言っているのかは分かる。
分かるのだが――
「――ッ!!」
怜のその指摘に桜彩は目をギュッと閉じて羞恥に悶えてしまう。
しかし意を決したのかゆっくりと口を開いて言葉にする。
「その……水着のホック、外してくれて構わないから…………」
「――ッ!!」
やはり誤解などではなかった。
それはつまり、一歩間違えば桜彩の水着が外れてしまうということ。
「そのね。怜になら、良いから……」
「――ッ!!」
桜彩のその言葉に心臓が揺れる。
(お、落ち着け! 俺になら良いってのはつまり、ただ単にホックを外す『だけ』のこと! 日焼け止めを塗るのに必要だから、それだけのことだからな!!)
勘違いしてしまいそうな桜彩の言葉に理性を総動員して耐える。
「そ、それじゃあ外すからな……」
「う、うん……。どうぞ!」
緊張して上ずってしまったであろう桜彩の返事を聞いて、怜はゆっくりと桜彩の水着へと手を掛ける。
ゆっくりとホックの部分を摘まみ、それを外し、左右の帯の部分をどけていく。
これまで桜彩の背中にあった左右を結ぶ帯の部分とホルターネックの部分がなくなり、ついに桜彩の背中の全面が露わになる。
(は、恥ずかしすぎだろ、これ…………)
日焼け止めを塗るだけでも恥ずかしいのだが、まさか水着を脱がす(ような)イベントまであるとは思わなかった。
「ぬ、塗るぞ……」
「う、うん……」
シミ一つない綺麗な背中。
思わず見とれてしまいそうになるが、本来の目的は日焼け止めを塗ること。
塗り方が甘くなってしまっては、この綺麗な背中に紫外線のダメージが入ってしまう。
そんなことは万一にも許されない。
いつまでもこの背中を見ていたいという欲求を振り払い、その部分にも日焼け止めを塗っていく。
「こ、こんな感じで大丈夫か……?」
「うん。あ、そうだ。背中だけじゃなくて、もっと脇腹の方もお願い」
「えっ!?」
怜としては自分が日焼け止めを塗るのは桜彩が一人で塗ることのできない背中だけだと思っていた。
まさか脇腹まで頼まれるとは全くの予想外だ。
「なんだか怜に塗ってもらうの気持ち良いから。だからついでにお願いしても良い?」
「わ、分かった……」
桜彩のリクエストに応えるように、ゆっくりと手を背中からお腹の方へと回していく。
「ひゃんっ……。んんっ……。ふぅ…………」
一撫でするたびに桜彩の口から色っぽい吐息が漏れ聞こえてくる。
手から伝わる桜彩の感触も、先ほどの背中よりももっと柔らかいものへと変わっている。
(お、落ち着け……! か、考えちゃいけない……)
それをできるだけ意識しないように、集中して手を動かしていく。
背中を塗っている時とは違い、少しでも動かす手の位置がずれると大変なことになってしまう。
一歩間違えてしまえば桜彩の胸部へと触れることとなってしまうだろう。
そのような事にならないように、細心の注意が必要だ。
「んっ……あんっ……ひぅっ……」
細心の注意が必要なのだが、手を動かすたびに桜彩の口から漏れる甘い吐息。
それが耳に届くごとに、心が揺れ動いてしまう。
(無になれ……!)
そんな予期しない誘惑に耐えながらも、怜は桜彩の背中へと日焼け止めを塗っていった。




