第371話 旅行二日目の朝
旅行二日目。
午前五時過ぎ、怜はベッドの上で目を覚ました。
いつもよりも早い目覚めだが、それ以上に寝付く時刻が早かった為に睡眠不足の感はない。
いつもとは違うベッドの感触。
エアコンにより快適な室温に保たれた室内。
そして隣から伝わる温かな体温が、少しばかり冷めた怜の体を温めてくれる。
もちろんその正体は、隣に寝ている桜彩。
「くー……くー…………」
まだ目が覚めておらず、穏やかな寝息をたてながら寝ている姿が目に映る。
「んん……」
「……ッ!」
桜彩が少し動いた瞬間、掛け布団の一部がずれて桜彩の体が目に映る。
以前まで着用していたパジャマとは違う、薄手の猫パジャマ。
パジャマの外に出ている肌面積も多く、その綺麗な素肌がチラリと見えてしまう。
(う…………)
正直朝一でこれは心臓に悪い。
いや、朝一でなくてもそうだが。
必死に理性を総動員していると、隣の桜彩の目がうっすらと開く。
「あ……。怜、おはよ……」
「ああ。桜彩、おはよう」
寝ぼけ眼をこすりながら朝の挨拶をしてくれる桜彩に怜もおはようと返す。
(…………いや、別に期待してたわけじゃないけど)
以前に寝ぼけた桜彩がとてつもない甘え方をしてきたことがあった。
怜の体に顔をこすりつけたり、何度も名前を読んでくれと要求してきたり。
とはいえある意味では助かったかもしれない。
今そのような事をされては本当に理性が崩壊しそうだ。
「えへへ。やっぱり新鮮だよね、こういうの」
「そうだな。あんまりないからな」
「うん」
横になったままお互いに顔だけを向け合ってクスリと笑い合う。
なんというか、本当に幸せな時間だ。
「とりあえず起きるか」
「うん」
眠気はもうなくなってしまったので、桜彩と共に二人でベッドから降りる。
「それじゃあ俺は顔を洗ってくるから」
「うん。私は着替えてから降りるね」
「分かった。それじゃあコーヒーでも淹れて待ってるよ」
「ありがと」
トレーニングウェアを寝間着としている怜としては、特に着替える必要はない。
その為先に洗面所へと向かい身支度を整える。
歯磨きまで終えてリビングに行くと、ちょうど桜彩が降りて来たところだった。
洗面所に入っていく桜彩を横目で見ながらキッチンへと移動し、お湯を沸かす。
するとトントンという誰かの足音が耳に届く。
「あら怜、おはよう。もう起きてたの」
足音の方に目を向けると、美玖がリビングへと入って来たところだった。
「おはよう、姉さん。洗面所は今桜彩が使ってるよ。姉さんもコーヒー飲む?」
「ありがとう。お願いね」
美玖の分までコーヒーを用意していると、簡単に身支度を終えた桜彩が洗面所から出て来た。
リビングにいる美玖に気が付くと軽く頭を下げる。
「おはようございます」
「おはよ、桜彩ちゃん。よく眠れた?」
「え……? あ、はい」
昨夜のことを思い出したのか、桜彩の顔が少し赤くなる。
そんな桜彩を美玖は微笑ましそうに見つめている。
いや、もちろん変なことは何もなかったのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そうだ。怜、桜彩ちゃん。これから時間ある?」
「え?」
「時間ですか?」
「ええ。朝食までかなり時間あるでしょ?」
本日の朝食は昨夜のうちに七時半からと伝えられている。
それまで二時間近くあるので手持無沙汰だ。
「これから魚市場まで買い物に行こうと思ってるのだけど、二人とも来る?」
美玖の提案に怜と桜彩は顔を見合わせる。
丁度昨日その話をしていたところだ。
土産物屋の店員から聞いた話でも質のいい魚が揃っているとのことだったので、怜としても興味ある。
桜彩も目を輝かせて怜を見ている以上、興味あるとみて間違いないだろう。
「それじゃあ俺達も行こうか」
「うんっ!」
ぱあっ、と明るい顔で桜彩が頷く。
そして怜達三人は魚市場へと向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
買い物を終えた三人がコテージから戻って来ると、皆はすでに起きていた。
挨拶を終えて、美玖と共に姉弟で朝食を作っていく。
献立は魚市場で仕入れた魚介を使った朝定食。
捌いたスズキの刺身をご飯に載せ、胡麻ダレと出汁を掛けたお茶漬け。
ちなみに余ったスズキは昆布〆て、別の料理にも使う予定だ。
他にも白菜の茶漬けと昨日牧場で買って来た卵を使った卵焼き。
そして魚市場で購入した魚のあらを使ったあら汁。
光瀬姉弟で作った朝定食に皆で箸を伸ばす。
「わあっ! 美味しーい!」
お茶漬けを一口食べたさっそく桜彩が幸せそうな笑みと共に感想を漏らす。
「本当に美味しいよな、これ」
「りっくんの言う通り、こういうの食べれるって本当に幸せだよね」
「うん。とても美味しいわ」
陸翔と蕾華、それに葉月も美味しそうに食べてくれる。
作った側として、そう言ってくれるのは本当に嬉しい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、怜」
「これか?」
桜彩が何かを言う前に醤油差しを取って渡す。
「ありがとね」
「どういたしまして」
渡された醤油を桜彩は卵焼きに少しだけ掛ける。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おっと」
「はい。お茶だよね」
グラスに目を向けると桜彩がお茶を差し出してくれる。
コップを差し出すとそれにちょうどいいくらいの量を入れてくれる。
「ありがとな」
「ふふっ。どういたしまして」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
それを眺める四組の目。
「ねえ、いつもあんな感じ?」
「まあ、アタシ達の前だとそんな感じですよ」
「もう熟年夫婦並みっすね」
「あれで何で付き合ってないんだか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな四人の目を気にすることなく怜と桜彩は朝食を食べていく。
「やっぱりお魚美味しいよね」
「そうだな。普段はこういったのは買わないからな」
「うん。美味しいなあ。確かに普段はお刺身と食べないからね」
「それだったら向こうでも休みの日に魚市場行くか? 公共交通機関使って三十分くらいの所に市場あるから、昼食食べたり辺りを散策したりできるぞ」
「あっ、それ賛成! ふふっ、楽しみ~っ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そんなやり取りを残る四人はもう完全に呆れた目で眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
よほど美味しかったのか全員すぐに食べ終えてしまう。
普段であればおかわりを出しても良いのだが、今日の昼食のことを考えれば腹八分目、いや、七分目、六分目の方が良いだろう。
そして朝食の後は一休みして、いよいよこの旅行のメインともいえる海水浴の始まりだ。
次回投稿は月曜日を予定しています
魚市場編や朝食作り編も書いていたのですが途中で『これ長くなりそうだな』と思い、話のテンポを考えて昨夜の六人で遊ぶ話と同様に泣く泣くカットしました……
まあ、普段と同じようにイチャイチャしてるだけなので……




