第364話 縁結びの神社にて① ~二人のお願い~
「「はあ…………」」
土産物屋を出てから速足で少し歩いた後、怜は足を止めて一息つく。
隣で足を止めた桜彩の方を見ると、やはり恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「ま、まさか、なあ……」
「う、うん……」
恋人同士を通り越して夫婦と言われるとは思わなかった。
「で、でもね、嫌じゃないよ……。そ、その、怜と、そう見られることは……」
「そ、それは、お、俺だって……。桜彩とそう思われるのは嫌じゃないし……」
確かにその勘違いは恥ずかしかった。
しかしそれ自体は別に嫌ではなく嬉しい方の勘違いだ。
将来的にはそうなりたいとも思っている。
「そ、そうなんだ。怜も、そう、思ったんだ……」
「あ、ああ。さ、桜彩もなんだな……」
「う、うん……」
(そ、そっか……。桜彩も、俺と夫婦って見られたこと、嫌じゃないって……)
思わず桜彩から顔を逸らしてしまう。
桜彩が自分と夫婦だと思われるのを嫌じゃないと言ってくれた。
(そ、それはつまり、将来的には……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(そ、そうなんだ……。怜も、私と夫婦って見られたの、嫌じゃないんだ……)
へにゃ、と桜彩の顔が緩んでしまう。
怜が自分と夫婦だと思われるのを嫌じゃないと言ってくれた。
(そ、それってつまり、しょ、将来は……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
相手もそう思ってくれていたことが嬉しい。
とはいえいつまでもこのままというわけにはいかない。
一度深呼吸して息を整える。
「それじゃあ、せっかくだし行こうか。桜那神社」
「うん。行こっか」
いつも通りの優しい笑みを浮かべて提案する怜に、いつも通りに答える桜彩。
そっと手を差し出すと、それをきゅっ、と軽く握ってくれる。
とんだ予定外のハプニングではあったが、(お勧めされたこともあり)当初の予定通りに桜那神社へ向かうことにする。
恥ずかしさで速歩きとなってしまった先ほどとは違い、二人ゆっくりと歩調を合わせて目的地へと足を向ける。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらく歩くと神社の入口の階段下にたどり着く。
「この上だね」
「ああ。桜彩、転ばないようにな」
「うん。でもさ、もし転びそうになった時は怜が助けてくれるよね?」
怜の言葉に桜彩がくるりと振り返り、イタズラそうにそう微笑む。
「もちろん。それじゃあ行くか」
くすりと笑いながらの軽口に怜も笑って頷き階段をゆっくりと昇っていく。
「ふう。結構あるね」
「だな。まあここが避暑地で助かったよ」
「本当にね」
これが地元であったのならすぐに汗が噴き出すところだが、やはり避暑地ということもあり夏にしては格段に涼しい為、汗はうっすらとした程度にとどまっている。
そよ風に揺れる階段横の木々のざわめきや時折聞こえる虫の音、道の先にある神社の方からかすかに聞こえてくる人の声。
「なんか良いよな、こういう風景」
「うん。ヒーリングって言うのかな?」
久しく味わっていなかった感覚に心が休まっていく。
これだけでもここに来たかいがあったというものだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
自然を楽しみながら昇っていくと、二人の目に赤い鳥居が見えて来る。
「あっ、あそこだね」
「ああ。もうちょっとだな」
目的地が見えて無意識の内に足を速める。
「ふう。とうちゃーく」
ようやく神社の入口へと辿り着く。
縁結びで有名ではあるこの神社だが、とはいえこの辺りは年中人が押し寄せてくる観光地というわけでもないのか神社自体はそこまで大きいものではない(小さくもないが)。
「たどり着いたな。って本来の目的はこの先なんだけど」
「うん。それじゃあ先に行こっ!」
ようやく階段を昇り切り平坦な道へと辿り着いたので、桜彩がまた一段階元気になったように感じる。
少し先にある手水舎を目指して歩き出し
「ってちょっとストップ」
「えっ? わっ!」
繋いでいた手を急に引かれた桜彩が驚いて振り返る。
「どうしたの?」
きょとんとした目で問いかけてくる桜彩に怜はゆっくりと鳥居を見上げて
「まずは鳥居に一礼しよう」
と声を掛ける。
それを聞いた桜彩はあっ、と驚いた表情で口に手を当てる。
怜も桜彩も無宗教ではあるが、それでもこうしたところでの礼儀は気に掛ける方だ。
「ごめん、ウキウキしちゃって忘れてたよ」
「気にするなって。それじゃあ会釈して入るか」
「うん」
鳥居を前に会釈をして気持ちを切り替える。
そして二人でクスリと笑いながら鳥居をくぐって敷地内へと入って行く。
ここまで来るともう他の参拝客の姿も目に入る。
やはりというか同性の友達や一人で来ている者よりも、男女二人の組み合わせが多い。
参道の端の方を通り手水舎へ。
手水で心身を清めた後にご神前へと向かう。
二人並んで賽銭を入れ、二拝二拍手。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
拍手の後、怜は真剣な表情で両手をきちんと合わせながら心を込めて願い事を告げる。
ここは縁結びの神様。
よって多くの者は自らの恋愛成就、告白が成功するようにだったり両想いになれますように、等と願う者ようだが怜に限っては違う。
例え神様と言えど桜彩の気持ちに影響を及ぼして欲しくない。
それはあくまでも自分自身の行動によるものだから。
(…………桜彩へとこの想いを告げる。その結果に力を貸して欲しいとは言いません。ただ、何事もなく無事に伝えられますように)
怜が神様にお願いしたのはそれだけ。
決して神の存在を信じているわけではないが、それでも真剣に祈りを捧げる。
桜彩へと告白をする際に、アクシデントが起きて欲しくない。
桜彩に想いを伝える時、邪魔が入らないように。
そこから先は全て自分自身の歩んできた結果によるもの。
願いを終えてふとチラリと横を見ると、桜彩も同じようにこちらを向いたところだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
拍手の後、桜彩は真剣な表情で両手をきちんと合わせながら心を込めて願い事を告げる。
ここは縁結びの神様。
よって多くの者は自らの恋愛成就、告白が成功するようにだったり両想いになれますように、等と願うようだが桜彩に限っては違う。
例え神様と言えど怜の気持ちに影響を及ぼして欲しくない。
それはあくまでも自分自身の行動によるものだから。
(…………怜へとこの想いを告げます。その結果に力を貸して欲しいとは言いません。ただ、何事もなく無事に伝えられますように)
桜彩が神様にお願いしたのはそれだけ。
決して神の存在を信じているわけではないが、それでも真剣に祈りを捧げる。
怜へと告白をする際に、アクシデントが起きて欲しくない。
怜に想いを伝える際に邪魔が入らないように。
そこから先は全て自分自身の歩んできた結果によるもの。
願いを終えてふとチラリと横を見ると、怜も同じようにこちらを向いたところだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目が合ってクスリと笑い合う。
再び正面を向き、両手を下ろして最後の一拝。
「桜彩」
「ん」
怜が桜彩へと手を差し出すと、そっと桜彩が手を合わせる。
「ずいぶん真剣にお願いしてたね。何をお願いしてたの?」
桜彩の問いに少しばかり考え込む怜。
もちろんその全てを桜彩へと伝えるわけにはいかない。
とはいえ嘘もつきたくない。
「そうだな…………。しいて言うなら、無事にやりとげられるように、だな」
何を、とは言わないし言えない。
しかし桜彩はそれを問い詰めるわけでもなく納得したような表情で頷く。
「そうなんだ。私も怜と同じ。何事もないようにって」
「そっか」
「うん」
「ははっ」
「ふふっ」
お互いの顔に笑みが浮かべながら、手を繋いでその場を後にする。
この願いを聞き届けてくれることを願って。




