第363話 土産物屋とアイスと夫婦
「あ、ねえ怜?」
「どうしたんだ?」
遠慮がちに上目遣いで桜彩が見上げてくる。
これはいつもの可愛いおねだりのパターンだろう。
「あのね、アイス、買って行かない?」
レジ横のアイス売り場の方にチラチラと視線を向けながら問いかけてくる桜彩。
店員はそれをニコニコと眺めている。
試食してもらったかいがあったということか。
時刻を確認すると大体十五時。
夕食までにはまだ時間があるし、いい機会なので買っても良いだろう。
「ああ。良いんじゃないかな。二人でシェアすれば大丈夫だろ」
「うん! ありがと!」
桜彩の顔に満面の笑みが浮かぶ。
美味しいものに目が無いのはさすがは食うルさんと言ったところか。
もちろん口には出さないが。
そんなことを思っていると怜を見上げる桜彩の視線がいつの間にか訝し気なものに変化している。
「怜? 何か変なこと考えてない?」
「いや、考えてないって」
内心の動揺を悟られないように努めて冷静に言葉を返す。
「それじゃあこの塩ミルク味を下さい」
「はいよ。ありがとうね」
とにかく桜彩の追及から逃れる為にひとまずアイスを注文する。
とりあえずアイスを食べれば桜彩も落ち着くだろう。
「あ、それじゃあ私はこの塩キャラメル味のアイスを下さい」
「え?」
「え?」
桜彩の告げた注文に怜は首を傾げてしまう。
「えっと、私、変な事言ったかな?」
「あ、いや、二人で分けるって言ったろ?」
「え……? あ、ま、まさか怜の言ってたのって、一つのアイスを二人で分けるってこと? その、てっきり私……」
つまり、怜は一つのアイスを二人で食べようと言ったつもりだったのだが、桜彩は二つの味を二人で分け合おうと解釈したということだ。
恥ずかしさから桜彩の顔が真っ赤になってしまう。
「しぇ、シェアってそういうことだったんだね……」
目を細めて弱々しく桜彩が呟く。
「ま、まあ確かに分かりにくかったか……」
桜彩の言う通り、確かに伝え方が悪かったかもしれない。
あの言い方では勘違いしても仕方がないだろう。
「えっと、塩キャラメルの方はどうするんだい?」
店員の言葉に桜彩はアイスケースの方へと視線を向ける。
そして困った様に怜を上目遣いで見上げてくる。
(ま、構わないか)
先ほどと同じ桜彩のおねだり。
この可愛らしいおねだりに抗うことなどできるわけもない。
「それじゃあ二つ買って二人で分け合うか」
「あっ……、うん、ありがと!」
桜彩の顔が困ったような表情からすぐにぱあっと明るくなる。
「それじゃあ塩ミルクと塩キャラメルの二つをお願いします」
「はいよ。ちょっと待っててね」
店員はそんな二人を微笑ましそうに見ながら塩ミルクと塩キャラメル味のアイスの用意を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うんっ! やっぱり美味し~い!」
「本当にな」
土産物屋の中にあるベンチに並んで座ってアイスを食べる。
先ほどと同様に塩味が甘みを引き立てておりとても美味しい。
こうしてふと目に付いた店に入って舌鼓を打つのも旅行の楽しみの一つだろう。
「ねえ、怜。そっちの味も食べたいな」
「ああ。それじゃあ交換だな」
「うんっ!」
プラスチックのスプーンで自分の持っているアイスを一掬いして相手に差し出す。
「「あーん」」
お互い差し出されたアイスを口に含むと、今食べてていた物とは別の味が口の中に広がっていく。
「んんっ! こっちも美味しい!」
「塩キャラメルの方も美味しいな!」
果たして美味しいのはアイス本来の味なのか、それともこうしてお互いに食べさせ合っている付加効果によるものなのか。
おそらく両方だろう。
「もう一口ちょうだい!」
「一口だけじゃなく何度でも。はい、あーん」
「あーんっ!」
二口、三口とお互いにアイスを食べさせ合う。
ある意味いつも通りの事なのだがこうして場所が違えばなんだか新鮮な気分にもなってくる。
そのまま二人で仲良くアイスを食べさせ合って、ようやく容器の中身が空になる。
「あ……もうなくなっちゃった……」
「まあ、いつかはなくなっちゃうからな」
容器の中から無限にアイスが湧き出てくるわけではないのでそれは当然だろう。
名残惜しそうに空になった容器を見つめる桜彩が何だか可愛らしい。
とはいえいつまでもこうしているわけにはいかないのでゴミ箱に容器を捨てて立ち上がる。
「それじゃあ行くか」
「うん。そうだね」
桜彩へと手を差し出すと、その手を取って桜彩も立ち上がる。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした。アイス、美味しかったです」
「ありがとうね、二人共」
「あ、そうだ。この辺りで何か観光名所みたいなところってありますか?」
食べ物については聞いたが観光そのものについては聞いていなかったのを思い出す。
「そうだねえ。この辺りだとやっぱり桜那神社には行くべきだね。縁結びの神様ってことで多くの人が訪れるよ」
「あ、やっぱりそうなんですね」
先日調べた神社の名前が店員の口から出る。
「まあお二人は既に恋人同士みたいだし新しい縁結びは必要ないかもしれないけど、今の縁をより固く結び付けたいって意味でも行ってみた方が良いと思うよ」
「え…………」
「こ、恋人同士…………」
店員の言葉に怜と桜彩が揃って口ごもってしまう。
チラリと横を見ると、顔を真っ赤にした桜彩と目が合って、瞬間お互いに顔を背けてしまう。
おそらく今の自分の顔も桜彩に負けず劣らず真っ赤になっていることだろう。
怜と桜彩がそんなことになっているのに気づかず店員は幸せそうな目を二人に向けて言葉を続ける。
「本当に二人共幸せそうだしねえ。さっきも仲良くアイスを食べさせ合ったりして」
「うう…………」
「え、えっと……」
もうどう反応して良いのか分からない。
そんな二人の反応を見て店員は首を傾げながら問いかけてくる。
「あれ、もしかして恋人同士じゃなくてもう夫婦になってたのかい?」
「え…………?」
「っ…………」
斜め上の勘違いまでされてしまった。
「そうかいそうかい。それはすまなかったね。でも安心して! ちゃんと安産祈願のお守りも売ってるから!」
「……………………」
「……………………ッ!!」
恥ずかしすぎて桜彩の顔をまともに見れない。
桜彩はもう怜に背を向けたまま真っ赤になった顔を両手で覆ってしまっている。
「あ、ありがとうございます! そ、それでは失礼しますね!」
「し、失礼します……」
もう店員の顔を見ることすら出来ず、恥ずかしさに負けて早歩きで店を後にした。
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