第360話 シスコンからの連絡
旅行に行く数日前の夜。
怜と別れて自室に戻った桜彩のスマホに姉である葉月からのメッセージが届く。
確認すると『今時間あるのなら連絡して』とのことだったので、大丈夫だと葉月へとメッセージを返す。
数秒後、すぐに葉月からから『ビデオ通話で話しましょう』とメッセージが来た。
了承するとすぐに葉月から着信があり、スマホに姉の顔が表示される。
「葉月? どうかしたの?」
『こんばんは、桜彩。今度の旅行のことで少し話があるの』
「旅行の件で? あ、それだったら怜も一緒の方が良いのかな? さっきまで一緒にいたから今から向かっても大丈夫だと思うし」
旅行に行くのは怜も一緒なので、話の内容によっては怜もいた方が良いだろう。
そう答えると、スマホの中で葉月が苦笑する。
『ああ、それは大丈夫。むしろ怜がいたらマズいわね』
「え? 何で?」
『話の内容は旅行そのものについてじゃなくて、あなたと怜のことについてだからよ』
「え? 私と怜について?」
『ええ。桜彩、あなた、怜に対して特別な気持ちを抱いてるでしょ?』
「ッ!!」
予想しなかった指摘にビクリと震えてしまう。
「は……話ってそっちの事!?」
『ええ。何だと思ったのよ』
スマホの画面に呆れたように額を手で押さえる葉月の姿が映る。
「りょ、旅行の準備とか、そういうのじゃないの!?」
『ああ、その点については怜がいるから心配してないわよ。どうせテキパキと準備しちゃったんでしょう?』
「そ、そうだけど……」
葉月の言う通り、旅行の準備についてはその大半が既に終わっている。
着替えやケア用品をはじめとした当たり前の物からハンカチやスマホ、日焼け止め等の小物まで。
ご丁寧にチェックリストまで作成し、前日に再度確認する手はずまで整っている。
もちろんそれは怜の手によるものだ。
『ほら、だからそっちはどうでも良いのよ。それで話を戻すけど、問題はあなたと怜の事よ』
「わ、私と怜の……。っては、葉月っ! い、いつから気付いてたの!?」
先ほど葉月は『怜に対して特別な気持ちを抱いているでしょ?』と聞いてきた。
桜彩本人がこの気持ちに気が付いたのはつい先日の遊園地デートの日であり、まだ葉月には何も話していない。
そんな桜彩の言葉に画面の中の葉月は再度頭を抱える。
『…………はあ、そんなのずっと前から気付いてたに決まっているでしょう』
当たり前のように言われてしまう。
怜に対してい抱いていた特別な気持ち。
それに気が付いたのはつい先日のことだが、それをずっと抱えていたことは桜彩にも分かっている。
陸翔や蕾華が自分よりもずっと早くから気付いていたことは知っていたのだが、まさか葉月にまで気付かれているとは思いもしなかった。
『桜彩、あなた、怜のことが――』
「うん……。私は怜のことをそう思ってるよ……」
葉月が口にするよりも早く、桜彩自身の口からそう告げる。
それを聞いて葉月はやれやれといった感じで苦笑する。
そんな葉月を見て桜彩の顔にも笑みが浮かぶ。
『そう。それなら良いわ』
「うん。心配してくれてありがとね」
『…………ふふっ』
「なに? どうしたの?」
いきなり電話の向こうでくすりと笑った葉月へと不思議そうに問いかける。
桜彩の問いに画面の中の葉月は笑みを崩さずに口を開く。
『いいえ。桜彩、あなた、とっても素敵な顔をしてたわよ』
「え……。そ、そう……?」
葉月の指摘に机の上に置いてある鏡に自分の顔を映してみる。
しかしいざこうして指摘された自分の顔を見ることになると、どのような顔をして良いか分からない。
結果として鏡に映る顔は笑っているとも驚いているとも不安になっているともいえない微妙な表情となった。
『ふふっ。まさかあなたがこんな顔をすることになるなんて、引っ越して行った時には考えられなかったわ』
「そ、そうかな……」
『ええ。自覚ないの?』
「え、ええっと……」
葉月の言う通り自覚はある。
笑うことすら忘れてしまったあの時とは比べ物にならないくらい、今は色々な種類の表情ができるようになったと。。
『……本当に怜には感謝しかないわね』
「……うん」
『あなたの生活を助けてくれて、トラウマを治してくれて。そしてあなたに大切な感情を教えてくれて』
「…………うん」
友人に裏切られ人を信じられなくなり、大好きだった絵を描くこともできなくなった。
絶望を胸に抱えたまま引っ越した時は、まさかこんなにも素晴らしい人との出会いがあるとは思えなかった。
再び人を信じることができて、大好きだった絵を描くことも取り戻して。
好きになってしまうのも当然だ。
『絶対に捕まえときなさいよ』
「うん」
それこそ葉月に言われるまでもない。
怜へと自分の気持ちを伝える。
それははっきりとしている。
『……ねえ桜彩。少し話の内容を変えるわね』
「え? うん、良いけど……」
先ほどまでとは打って変わって真剣な表情で口を開いた葉月に、桜彩も自然と姿勢を正して聞く姿勢を整える。
『分かってると思うけどね、あなたも怜も高校生なのよ』
「それは、分かってるけど」
『そう。それなら桜彩、『付き合ってもいない異性と、一緒に泊まりがけの旅行に行く』。それがどれだけ普通じゃ考えられない事か、言わなくても分かるわね?』
「……うん。分かってるよ」
付き合ってもいない異性と、一緒に泊まりがけの旅行に行く。
それがどれほど『普通』からかけ離れているのか。
もちろん、桜彩と陸翔のように、異性とは言えどそれを感じさせない強い信頼を築いた関係という者は存在するが、それは例外中の例外だろう。
それが成立するにはそれだけの感情を相手が持っていなければ成り立たないことも、理屈の上では充分に理解している。
桜彩の返事に画面の中の葉月は充分だというように大きく頷く。
『なら良し。それじゃあしっかりとやりなさいよ。向こうでは私も協力するからね』
「ありがと、葉月」
『それじゃあね、桜彩』
「うん。おやすみ」
それだけ言って通話が終わる。
そのまましばらくぼうっとしていると画面がブラックアウトして、それが鏡となって自分の顔を映す。
「怜と、一緒に泊まりがけの旅行に行く」
先ほど葉月に言われたことを口にする。
ただの友達では絶対にありえない関係。
いや、むしろ今までだって、一緒にデートしたり、あーんで食べさせ合ったり手を繋いだり。
他にもたくさんの、ただの友達では絶対にありえないことを繰り返してきた。
「ずっと、好きだったんだよね」
恋心を自覚したのは、先日の怜の誕生日のダブルデート。
特別な感情を持っていると自覚したのは、初めてのデート。
しかし、それ以前から怜に恋心を抱いていたということが分かる。
そう、そしてそれはおそらく怜の方も――
「…………一緒に旅行。うん。私のこの気持ちを、怜に――」
そう決意した桜彩の目には、机の上のスタンドに飾られているお揃いのキーホルダーとネックレスが映っていた。




