第357話 レジャープールの帰り道
その後もシー・アルカディアを楽しんだ後、名残惜しさを感じながらも帰宅予定時刻が訪れる。
着替えて外に出ると、一年の中でも日照時間は長いはずなのだが空は既に夕暮れとなっている。
しかし当然夏ということでこの時間でも気温は高く、ただ立っているだけで汗が噴き出してくる。
「ふーっ! たっのしかったーっ!」
そんな気温などものともせずに、シー・アルカディアを背にした蕾華が伸びをしながら声を上げる。
もちろん他の三人も蕾華の言葉には完全同意だ。
午前中から午後まで、このシー・アルカディアを徹底的に遊びつくした。
それだけ長い間遊んでいたのだが、体感的にはまだまだ遊び足りない。
いや、もちろん充実していたという点ではその通りなのだが。
「また来たいよな」
「同感。まだ行ってない施設もあるし」
怜の言葉通り、シー・アルカディアはかなりの規模を誇るレジャー施設である為、一日で全てを回るのは不可能だった。
陸翔と蕾華の二人は怜と桜彩以上に多くの個所を回ってはいたのだが、それでもまだ制覇できていない。
「まあ、まだ夏休みは長いしね。また来ることも出来るでしょ」
「そうだね。屋内施設だし、それこそ冬でも楽しめるしね」
「ま、今度来る時は自腹になりそうだけど」
陸翔の言葉に四人でクスリと笑う。
今回ここに来ることが出来たのは、陸翔が入場券を貰ったおかげ。
自腹で入場券を購入するとなるとそこそこの出費になってしまう。
「まあ、自腹切るだけの価値はあったと思うけど」
「うんっ。とっても楽しかったしね」
今日のことを思い起こせば、それこそ正規の入場料を軽く超えるだけの価値はあった。
それくらい本当に楽しかった。
「まあ、夏休みは始まったばかりだからな。プールの他にも色々と楽しもうぜ」
「賛成! 夏祭りとかも楽しみだよな」
「うんうん! いーっぱい楽しもうね!」
「そうだね。次はどうしよっか」
なんてことを話していると、シー・アルカディアの無料送迎バスが到着する。
最寄りの大きな駅まで無料で往復してくれるのだが、もう時間が時間なので降りてくる人は一人も居なかった。
「お待ちのお客様、どうぞー」
運転手の声を聞いて開かれた扉から中に入ると、車内の冷房により冷えた空気が火照った体を冷ましてくれる。
待機列の一番前に並んでいたこともあって、車内の席は選び放題。
一番後ろの席に到着すると、ゆっくりと腰を落として一息つく。
「ふう……」
「つかれたーっ!」
隣に腰を下ろした桜彩もここに来て疲れが押し寄せてきたのか、大きく息を吐いて背もたれに背を預けた。
その際に舞った髪が怜の頬を優しく撫でて、その感触が心地良い。
そんなことを感じていると、怜達の他の客を数名詰め終えたバスがゆっくりと発進する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バスの中でも先ほどの話で持ち切りだ。
他に客もいるのだが、席は離れているし声量も小さいので特に迷惑も掛かってはいない。
そのまましばらく話をしていたのだが、疲れからか次第に声数が少なくなっていく。
「でさーっ……あれ?」
蕾華が横を見ると、疲労に負けた怜と桜彩の瞼がぴったりと閉じていた。
さすがに起こすのも可哀想だと思い、目的地に着くまで寝かせておこうと決める。
バスがゆっくりと駅への道程を辿っていく。
「ん……」
「うーん……」
ふとカーブに差し掛かり、その衝撃で怜と桜彩の口から言葉が漏れた。
てっきり起きたのかな? と思い蕾華が二人を覗き込むが、二人の口からは再び小さな寝息が漏れてくる。
「あっ……」
「どうした蕾華?」
蕾華の声に、その隣の陸翔が眠そうな声で問いかける。
「ねえりっくん。これこれ」
「ん……? ああ」
蕾華が何を言いたいのか陸翔にも分かった。
二人の視線の先では、今のカーブの衝撃で体勢が崩れた桜彩が怜の肩に頭を載せて眠っている。
一方で怜の方も首が桜彩の方へと倒れており、二人で支え合う体勢だ。
おまけにお互いの手はしっかりと握られている。
「あははっ。仲良いよねー」
「本当にな」
起こさないように二人をそっと眺めながらスマホを取り出す。
写真を撮ろうかとも思ったのだが、シャッター音で起きてしまうのを防ぐ為に録画モードで二人の姿をスマホに収めていく。
「もう本当に恋人同士だよね」
「そうだな。もう何度そう思ったか分からないけど」
安心し合ってお互いに身をゆだねている二人。
教室では考えられないほどに表情が緩んでおり、普段は大人びている二人の姿が年相応に可愛らしい。
この姿を見て恋人だと思わない者がいるのだろうか。
そんな親友の姿を見て、思わず自分達の口元も緩んでしまう。
ひとしきり二人の姿を撮影した後、蕾華と陸翔は怜と桜彩に万一にも聞こえないように耳を寄せ合い小さな声で話し始める。
「夏休みかあ。ちゃんと進展するのかなあ」
「そこは信じるしかないよな。まあ怜はやる時はやる奴だから、オレ達は素直に信じようぜ」
「うん。もちろん信じるだけじゃなく協力もするけどね」
自分の胸に生じた気持ちを相手に伝えると誓った怜と桜彩。
その日が来るのはいつになるのだろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ほら、二人共、起きて」
「んん……」
「ふぁ…………」
聞きなれた声と共に体を揺すられる。
目を空けた怜の瞳に映るのは親友の顔。
今まで寝てしまったことにようやく気付く。
「起きたかー?」
「おはよ、れーくん」
「あ、悪い」
まだ寝ぼけたまま目をこする。
そこで怜は自分の右肩に少しばかりの重みを感じた。
視線を向ければ気持ち良さそうに寝息をたてる桜彩の姿。
「れーくん。サーヤを起こしてあげて」
「ああ。……ほら、桜彩。到着したぞ」
声を掛けながら優しく肩をゆすると桜彩の瞼がゆっくりと開いていく。
「あ……怜……」
「おはよ、桜彩」
「あ、おはよ……あっ!」
ようやく目を覚ましたと思ったら凄い勢いでバッと離れる。
「ご、ゴメンッ! 私、寝ちゃってた……」
「ほらほら二人共。早いとこ降りよっ」
「そうそう。オレ達が最後だからな」
蕾華と陸翔の言葉に車内に目を向けると自分達以外では最後の乗客が降りるところだった。
このまま運転手に迷惑を掛けるわけにもいかないので急いで立ち上がり外に出る。
空を見上げれば、先ほどまで夕暮れだった空は薄暗くなっている。
「あ、あの、私、変なことしてなかったよね……?」
恐る恐る桜彩が問いかけて来る。
「気にしないでも良いって。さっきまで俺も寝てたしな」
「あ、れ、怜もなんだ……」
その言葉で桜彩が胸を撫で下ろす。
どうやら少しばかり落ち着いてくれたようだ。
とそこで怜にイタズラ心が芽生える。
桜彩にバレないようにスマホのカメラを起動する。
「桜彩」
「え?」
桜彩がこちらを向いた瞬間、口元を指差す。
「ほら。ヨダレの跡」
「えっ!? う、嘘!?」
慌ててウェイトティッシュを取り出して口元を拭こうとする。
そんな桜彩よりも早く、怜はスマホを桜彩へと向けてその写真を撮る。
「ちょ、ちょっと怜! と、撮っちゃダメ!」
ウェットティッシュで口元を拭いた桜彩が慌てて防ごうとしてくる。
慌てる桜彩が何だか可愛らしい。
まあ、既に写真は撮り終えているのだが。
「あはは。冗談だって、冗談」
「え?」
「ヨダレの跡なんてないよ。ほら」
言いながらスマホを差し出し桜彩に画面を見せる。
そこには口元にヨダレの跡などない、慌てた桜彩の顔が映っていた。
「ほらな」
「……………むぅーっ!」
からかわれたことに気付いた桜彩が、恥ずかしそうにしていた表情から羞恥に顔を震わせる。
「怜!?」
「あははははははは…………痛ッ!!」
気が付いた時には既に桜彩の両手が怜の両頬へと伸びていた。
そのまま思い切り横に引っ張られる。
「よくも! 騙した! なあっ!!」
「ひょっ、いはいっ! はやっ! ほめんっ!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……………………」
「……………………」
「何て言うか、なあ……」
「うん……」
そんな二人を見ながら呆れたように顔を見合わせる陸翔と蕾華。
いきなり目の前で夫婦漫才が始まってしまった。
止めるべきか見守るべきか、それとも他人のふりをするべきか。
周囲の通行人からクスクスと笑われていることに、この親友二人はまるで気付かずにいちゃついている。
「まあ、仲良いのは嬉しいんだけどね……」
「もう付き合っちまえよ……」
ため息にも似た声を上げながら、とりあえず二人はスマホを取り出していちゃついている親友をカメラに収めた。
第七章の前編はここで終了となります。
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第七章中編は旅行編となります。
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