第355話 スパゾーンでゆっくりと
「はあ~……気持ち良い~っ」
「ほんとになあ~……癒される~」
ひとしきり遊んだ後に訪れたのはスパゾーン。
このシー・アルカディアは遊ぶ為のレジャーゾーンだけではなく、このように体を休める為のスパゾーンも併設されている。
その種類も豊富で、怜と桜彩はその一角である気泡浴に並んで腰を下ろしている。
リラックスして蕩けそうな表情で漏らした桜彩の声に、怜も気持ち良さそうに同意する。
午前中からほぼぶっ続けで遊んでいた為、こうして体を休めるのが本当に気持ち良い。
「あったかくて……シュワシュワいってて……」
目の前のお湯を手で掬うと、手の中でお湯の中にある気泡が細かく弾けていく。
「この気泡による刺激のマッサージ効果で血行が促進されるみたいだな」
壁に書かれた効能を読みながら、怜も同じようにお湯を掬って眺める。
「そうなんだ~。気持ち良いなあ~」
「だよなあ」
体に付着する小さな気泡をなんとなく手で払うと、身体から離れた気泡がシュワシュワとお湯の上の方へと昇っていく。
少しすると、またすぐに気泡が体に付着する。
「でも怜、本当に良いの?」
隣に座る桜彩がおずおずと聞いてくる。
「良いのって、何が?」
「その、蕾華さんや陸翔さんと遊びたかったんじゃないかって……」
陸翔と蕾華はまだレジャーゾーンで遊んでいる。
設備自体が広いのでレジャーゾーンもまだ全てを回り切れておらず、二人はもっと遊んで来ると言って怜達と別れた。
一方で桜彩は遊びまわって少し疲れたと言ったので、怜も桜彩に付き合う形でスパゾーンへと移動している。
「私の我が儘に付き合わせちゃったみたいで……」
桜彩と違って怜はまだ体力が残っていることは分かるのだろう。
申し訳なさそうにする桜彩に、怜は目の前のお湯を手で掬って
「こらっ」
バシャッ
そんな桜彩の顔に不意打ちで掛けた。
「わっ……!」
いきなりの不意打ちに、桜彩が顔にかかったお湯を手で払いながら驚いた表情で怜の顔を見てくる。
「そんなこと言うなって。確かに俺はまだ体力残ってるけどさ、こうしてゆっくりしてるのもそれはそれで好きなんだぞ」
「う、うん……」
「体を動かすのも好きだけど、こうして体を休めるのも好きなんだ。決して無理してるわけじゃないから、そういう事言うなって」
「う、うん。ごめんね」
怜の言葉に桜彩がニコリと笑う。
どうやら変な考えは止めてくれたようで何よりだ。
「分かれば良いって。それに俺は桜彩とこうして一緒にいるだけで楽しいしさ」
「うん。私も怜とこうして一緒にいるだけで楽しいよ」
「そうそう。そうやって笑ってた方が良いって。ほら、もっと我が儘言っても良いんだぞ。桜彩の我が儘に付き合うのも楽しいしな」
「うん。ありがと」
にっこりと笑う桜彩に怜もにこりと笑い返す。
こうして二人並んでいるだけで幸せを感じる。
「え、えっとね……、怜、そ、それじゃあもう一つ我が儘言っても良い、かな……?」
上目遣いで桜彩が問いかけて来る。
「我が儘?」
「うん。えっとね……」
それだけ言って桜彩が言いよどむ。
不思議に思っていると、桜彩は言葉の続きを言うではなくそっと身を寄せて来た。
ぴとり、と。
怜の右肩にラッシュガードの感触。
それまで拳二つ分開いていた二人の距離がゼロになり、怜の肩に桜彩の肩が触れ合う。
「こうしても……良い……?」
「…………ッ!!」
甘えるように身を寄せて来た桜彩。
(これは……心臓に悪すぎるだろ……)
不意打ちのその行動により、怜の口から言葉が出てこない。
「えっと……ダメ……?」
「……い、いや、ダメじゃない」
「うん……ありがと……」
不安そうに問いかけてくる桜彩になんとか言葉を返すと、ぱあっと表情が明るくなる。
桜彩と密着してお湯に浸かる。
これだけでも心臓の鼓動が速まってしまう。
動揺を悟られないように桜彩から視線を外し、目の前のお湯を眺める。
お湯の中に見える小さな気泡に全神経を集中させる。
が、そんな怜の努力はすぐに水泡と化してしまう。
桜彩の甘え方はこれだけでは終わらない。
コツン、と。
「…………ッ!!」
肩に感じるわずかな重み。
視線を向けなくてもこれが何かは想像がつく。
肩に桜彩の頭が載っている。
「こうしてても、良い……?」
上目遣いでの可愛らしいおねだり。
もちろんこの問いかけを拒否することなど出来はしない。
いや、出来たとしても拒否などしないが。
「あ、ああ。良いぞ」
「うん……ありがと……」
ゆっくりと頷き、肩枕を堪能するように桜彩が目を閉じる。
「はあ……。こうしてると安心するなあ……」
怜としては安心するどころではない。
心臓はもうバクバクと音を立てっぱなしで冷静さのかけらも残ってはいない。
何とか落ち着こうと視線を桜彩から外してみたが、肩にかかる重みや感触が桜彩の存在をこれでもかと伝えてくる。
肩に触れる桜彩の頭。
そしてそこから垂れた髪が怜の胸を優しくくすぐる。
「…………ッ」
優しく撫でるようなその感触は、くすぐりに弱い怜に苦しみではなく快感を伝える。
「ふぅ…………」
耳に届くのは桜彩の呼吸。
バシャバシャと音を立てるお湯の音がどこか遠くのように思える。
水音よりも遥かに小さな桜彩の吐息がはっきりと耳に届く。
桜彩の香りが鼻先へと届く。
重なった肩から桜彩の体温が伝わってくる。
(こ、これは…………)
好きな相手が全幅の信頼を置いて、こうして身を寄せて来る。
もうどうして良いか分からない。
「怜……。手、繋ご……?」
そう言って差し出された手をそっと握る。
桜彩のその手の感触はまるでシルクのようで。
「ふふっ……幸せぇ……」
(た、確かに幸せだけどこれは…………)
破裂しそうな心臓は治まるどころか更に鼓動を速めていった。
次回投稿は月曜日を予定しています




