第354話 ウォータースライダー
出発直後からすぐに勢いを増していく二人。
当然ながら落下するにつれて速度は更に上がっていく。
それも当然だろう。
なぜならば落下速度Vは初速をゼロとした場合V=at、つまり加速度に時間を掛けたものになる為、時間が経過するにつれて速度が上昇していくのは当然だ。
もちろんこれは垂直落下ではないので水平方向へのベクトル変換や、コースの抵抗などを考慮した場合、この通りの式に収まりきらない。
――なんてことを考えている余裕はこの二人には一切なかった。
「きゃあああああああっ!」
「わああああっ!」
ジェットコースターの時と同じ恐怖による悲鳴、ではなく楽しさから歓声が零れ落ちる。
「速い速い速いっ!!」
「うわっ、すごっ!」
二人で密着して加速していくアトラクションに大はしゃぎする。
「気持ち良いーっ!」
すると前方に一際大きなカーブポイントが見えてきた。
乗る前に読んだ案内板の説明によると、このコースのメインポイントだけあってさすがに迫力がありそうだ。
なんてことを悠長に考えている余裕などない。
「怜! カーブ来るよ!」
前に座っている桜彩もそれに気が付いたのか、大きな声を張り上げる。
瞬間、カーブへと差し掛かり体のバランスが大きく横へと移動した。
「きゃあっ! お、落ちるっ!」
「しっかり! バランスを取って!」
「えっ、えっ!? ば、バランスって!?」
後ろから桜彩を抱きしめたままそう指示を出したが、初めての状況に桜彩はテンパってしまっている。
「何とか重心を反対側に!」
「わっ! こ、こうっ!? ってうわあっ!」
ようやく重心を移動したと思ったら、今度は逆回転のカーブが訪れた。
せっかく移動させた重心のせいで、余計に態勢を崩してしまう。
「れ、怜っ!」
「わ、分かった! もう俺が後ろから支えるから、桜彩は素直に身を任せて!」
「え? う、うんっ!」
この状態で桜彩に指示を出しても上手にいかないと判断し、怜は桜彩をぎゅっと抱きしめて密着する。
その状態でカーブに合わせて左右に重心を動かしていく。
「わっ、わっ! 怜、凄い!」
先ほどまでとはまるで違い、カーブに合わせて体を動かしていくと桜彩から驚愕の声が漏れる。
「あははっ! これ! 面白いね!」
「ああ! 最高だな!」
大好きな人と密着していることも含め、本当に楽しい。
顔にかかる風圧が徐々に強くなっていく。
「怜! これ……わぷっ!」
何かを言いかけたその時、桜彩の顔に思い切り水が掛かったようだ。
「桜彩、大丈夫か!?」
「うん! 大丈夫! あははっ!」
一応確認してみたのだが、桜彩からは全く意に介していないといった感じで楽しそうな返事が返って来る。
こういった所も含めてウォータースライダーの魅力ということだろう。
「あっ、怜! 下が見えたよ!」
桜彩の声に前方を見ると、終着点のプールが目に入って来た。
「よしっ! ラストスパートだな!」
「うんっ!」
最後の急勾配を本日最速で突っ切っていく。
バシャーン!
数秒後、大きな水音と水しぶきを上げながら二人はプールへと着水した。
勢いのまま水中にもぐることになったが慌てずに水面へと上がっていく。
「っぷはあっ!」
「ふわあっ!」
水から顔を出して、桜彩と二人同時に大きく息を吐く。
そして桜彩がくるりと首を向けて振り返って目を合わせる。
「…………ぷっ」
「…………ふふっ!」
数秒後、二人揃って笑い声をあげてしまう。
「あははっ! 楽しかったな!」
「うんっ! とっても楽しかったね!」
二人揃って満面の笑みで笑い合う。
本当に楽しかった。
ジェットコースターのような恐怖ではなく、とはいえ楽しむだけのスリルがあり。
そして二人で密着してそれらを全て乗り越えてゴールした時にはとてつもない爽快感が押し寄せてきた。
「ふふっ。それじゃあまた滑ろっ!」
「そうだな。次はもっと上のコースに行くか」
「うんっ! 賛成っ!」
そのまま二人であはは、と笑っていると
「すみませーん! 次がありますのでプールから出て下さーい!」
プールの横から係員の苦笑したような声が耳に届いた。
その声にビクッ、と反応して正気に戻る。
そう、ここはウォータースライダーの出口であり、怜達がどかなければ次の客が安全に滑り降りることが出来ない。
よって出口の状況を確認する係員という者も当然存在するのだ。
二人だけの世界に入ってしまっていたことに気が付いて顔を赤くしてしまう。
「そ、それじゃあ出るか……」
「う、うん……」
恥ずかしさでここから逃げ出したい気持ちを抑えながらプールの端へと二人で向かう。
「ってゆーかさー、れーくん、滑り終わったんだから一回サーヤを離したら?」
「「え?」」
プールサイドから聞こえてきた親友の声に、怜は腕の中へと視線を向ける。
そこには滑り始めてからずっと抱きしめていた最愛の相手が。
桜彩の方も怜の顔を見てその状況に気が付く。
「…………わっ、悪い!」
「う、ううんっ!」
慌ててばっと腕を離し桜彩を解放する。
桜彩の方も恥ずかしいのか、再び前を向いてしまい顔を見ることが出来ない。
「……………………」
「……………………」
とはいえそのままプールの中に突っ立っているわけにもいかない。
(や、やっちゃった……。つ、つい桜彩を抱きしめたままで……)
つい先ほどまで腕の中にあった桜彩の感触を懐かしく思いながら一度プールから出る怜。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(うぅ……。ず、ずっと怜に抱きしめられてたんだよね……。で、でももっと抱きしめていてほしかったし……)
つい先ほどまで抱きかかえてくれていた怜の感触を懐かしく思いながら一度プールから出る桜彩。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そう思いながらおずおずと二人で顔を見合わせる。
「…………は、ははっ」
「…………ふふ、ふふっ」
とりあえず微妙になってしまった空気を強引に笑って吹き飛ばそうとする。
「あははっ! れーくんもサーヤも楽しそうだったね!」
「下から見てても二人ともはしゃいでるの分かったからな!」
「ああ。楽しかったな!」
「うん。楽しかったね!」
親友二人の言葉に二人揃って笑い合う。
「それじゃあ次、行こっか!」
「だな! こっから上、全部制覇しよっ!」
当然ながらこの後、四人は全種類のコースを制覇するまで遊びまくった。




