第352話 ウォータースライダーの滑り方
流れるプールで一緒に流れたり水を掛け合ったり。
少しだけ遊ぶつもりが気付けば随分と時間が経ってしまった。
館内の時計を見るとあと少しで十二時。
他の遊びに行く前に腹ごしらえをするべきだろうと考え、四人で昼食を食べに行く。
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「それじゃあ次はついにあれだね!」
昼食後、少し体を休めた後に蕾華が指差したのはウォータースライダー。
このレジャープール一番とも言える人気を誇るそれは国内でもかなりの知名度を誇る。
コースも八種類に分かれており、長さも勾配もまちまちだ。
一番の初心者向けコースなどは本当に子どもの遊び程度なのだが、上級者コースともなると複雑怪奇に入り乱れており、ここからではどのようなコースを辿るのか一目では分からない。
故に今もウォータースライダーからは楽しそうな声や叫び声、悲鳴などが耳に届いて来る。
「わっ! 凄っ!」
蕾華の視線の先では、今まさに最上級コースの出口から人が飛び出して来て、思い切り水しぶきを上げて着水している。
その水しぶきの大きさたるや、随分と速いスピードで出口へと飛び出してきたことがうかがい知れる。
「は、速いね……」
初めて見るその光景に桜彩が圧倒されている。
「どうする? やめるか?」
「ううん、ちょっと驚いただけだから大丈夫」
遊園地のジェットコースターの時のことを思い出し桜彩へと問いかけるが、にこりと笑って返事を返してくれる。
表情から察するに、どうやら本当に大丈夫そうだ。
「それじゃあ早速行こうぜ!」
「うん! ほら、れーくん、サーヤ! 早く早く!」
目を輝かせながらウォータースライダーへと向かって行く親友二人。
アウトドア派の二人としてはもう待ちきれないのだろう。
「それじゃあ桜彩。俺達も行こうか」
「うん」
そっと手を差し出すと、桜彩もぎゅっと握り返してくれる。
顔を見ると優しく微笑んでくれ、怜の胸が温かくなる。
怜も桜彩へと優しい笑みを返し、繋いだ手の感触を感じながら親友二人の後を追って行った。
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ウォータースライダーの入口へと辿り着いた四人。
上を見上げるとその大きさに圧倒されてしまう。
「で、でもこうして見ると、本当に高いよね……」
「ああ。迫力あるよな」
遠くから眺めていてもその巨大さは分かってはいたのだが、こうして真下に来るとそれをより感じてしまう。
とはいえ怜も桜彩もそこまで恐怖を感じているわけではない。
単にその大きさに圧倒されただけであり、恐怖よりも期待の方が遥かに大きい。
「さーてと、それじゃあどこから行くかだよな!」
「うん! やっぱ一番上じゃない!?」
コースの案内板の下で目を輝かせる陸翔と蕾華。
ジェットコースターの時と同様に恐怖心など微塵も感じていないこの二人は一番の上級者コースを希望する。
「うーん……。わ、私はまずは五番目くらいからにしようかな」
ウォータースライダー未経験という桜彩としては、いきなり最上級コースはやはり心の準備が出来ていないということだろう。
「オッケー。それじゃあ五番目からにしよっ!」
「よしっ! 早速行こうぜ!」
桜彩の提案に蕾華と陸翔が早速五番目の待機列へと向かおうとする。
その二人の反応を見て戸惑いを浮かべる桜彩。
「え、ええっと、五番で良いの?」
「え? だってサーヤは五番目が良いんだよね?」
「オレ達だって何が何でも一番上を滑りたいわけじゃないな」
桜彩の問いに振り向いた二人がノータイムで答える。
一番上のコースは確かに楽しいだろうが、とはいえそれ以外のコースが楽しめないわけではない。
五番目のコースもそこそこ長さがあり、他のレジャープールではこれでも充分にメインを張ることが出来るだろう。
「ありがとね」
「気にしないでって。さー、それじゃあ今度こそレッツゴー!」
そして今度こそ四人は待機列へと向かって歩き出した。
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「た、高いね……」
出発口への道を歩きながら下を見た桜彩が、小さく言葉を漏らす。
実際にこの時点でかなりの高さに達しており、高所恐怖症ならばまともに歩くことは出来ないだろう。
「どうする? 引き返すか?」
「ううん、大丈夫だよ。それにこの前のジェットコースターなんてもっと高かったんだからさ」
心配した怜が問いかけるが、桜彩は笑って首を横に振る。
やはり少しばかり恐怖はあるようだが、それでも好奇心が勝るらしい。
そんなことを話している間にも前に並んでいる人は順に滑り降りて行き、ついに四人の番になる。
「それでは次の方どうぞー。……お二人ですか?」
「はーい、二人です! 行こっ、りっくん!」
係員の声に蕾華と陸翔が入口へと進んで行く。
このスライダーは一人で滑ることも二人一緒に滑ることも可能となっている。
というか、順番待ちをしている間に見ていたところ、一人で滑っている者はほとんどいなかった。
当然ながらその大半はカップルであり、仲良く密着した体勢で滑っていた。
もちろん陸翔と蕾華のペアもそれに倣って滑ることは言うまでもない。
スタート地点に陸翔が座り足を開くと、蕾華がその間に体を滑りこませる。
陸翔が蕾華の体の前面に手を回して抱きかかえるようにして準備完了だ。
「それではどうぞーっ!」
「それじゃあお先にーっ!」
「一足先に待ってるぜーっ!」
係員の合図と共に、怜と桜彩へと声を掛けて一気に滑り降りて行く二人。
すぐに勢いよく滑り降りて行き、最初のカーブを越えて姿が見えなくなってしまった。
「いやっほおおおおおおっ!」
「きゃーっ! あははははははっ!」
一瞬にして消えて行ったその先からは、楽しそうな二人の声だけが響いて来る。
「た、楽しそうだな……」
「う、うん……。そ、そうだね……」
待機列の最前列で、二人の消えたスタート地点を眺める怜と桜彩。
しかしその顔には先ほどまでの期待に満ちた楽しげな表情でも、スリルや恐怖を感じた表情でもなく戸惑いが浮かんでいる。
(ふ、二人で滑るって、そういうことかよ……)
このウォータースライダーが二人一緒に滑ることが出来る、ということは怜も知っていた。
しかし事前の予習では専用のゴムボートに乗って滑る、ということだったので、このような滑り方は全くもって想定していなかった。
なお、専用のゴムボートに乗って滑るのは最上級コースだけらしい。
よって、ほとんど裸の状態で桜彩を抱きしめる怜はこの状況に戸惑ってしまう。
(い、一応一人で滑ることも出来るけど……)
むろん一人で滑ることは可能である。
しかし、もし一人で滑るようなことになったら前に滑った親友二人に何を言われるか分からないし、それに何より桜彩と一緒に滑りたいという気持ちはある。
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(い、一緒に滑るって、そういうこと……?)
このウォータースライダーが二人一緒に滑ることが出来る、ということは桜彩も知っていた。
しかし事前の予習では専用のゴムボートに乗って滑る、ということだったので、このような滑り方は全くもって想定していなかった。
よって、ほとんど裸の状態で怜に抱きしめられる桜彩はこの状況に戸惑ってしまう。
(ひ、一人で滑ることも出来るんだけど……)
むろん一人で滑ることは可能である。
しかし、もし一人で滑るようなことになったら前に滑った親友二人に何を言われるか分からないし、それに何より怜と一緒に滑りたいという気持ちはある。
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「え、えっと……二人一緒に滑るってこういうことだったんだな……」
「う、うん……。ゴムボートじゃなかったね……」
赤くなった顔を見合わせて固まってしまう。
しかしいつまでもこうしているわけにはいかず、怜は意を決して提案を口にする。
「そ、それじゃあ桜彩……。お、俺達も、その、い、一緒に滑る、か……?」
「え……? い、良いの……?」
「あ、ああ……。あ、も、もし桜彩が嫌だって言うんなら……」
「う、ううんっ! わ、私も怜と一緒に滑りたい、から……」
怜の言葉に慌てて桜彩が首を横に振る。
「それでは次の方どうぞー」
陸翔と蕾華が滑り終わったのを確認した係員にスタート地点につくように誘導される。
その言葉に桜彩は怜の方を振り向きそっと右手を差し出して
「それじゃあ怜、エスコート、してくれる……?」
「ああ。それじゃあ一緒に滑ろう」
「うんっ!」
笑顔で手を繋ぎ、スタート地点へと足を踏み出した。




