第350話 手を繋いで流れるプールに
七月下旬。
学園で出された課題をある程度片付けたところで当初の計画通り、ついにレジャープール『シー・アルカディア』へと訪れた。
超大型の屋内プールレジャー施設でとにかく大きい。
怜と陸翔はその一角、女子用更衣室出口のすぐそばでの桜彩と蕾華を待っている。
入場料の値段が高いこともあり、そこまで客層が悪いわけではない。
とはいえ桜彩も蕾華もかなりの美少女であり、万が一という可能性もある。
そんなわけで二人が出てきたら誰かに声を掛けられるよりも先にすぐに対応できるようにとのことだ。
「思ったよりは混んでないよな」
「ああ。と言っても少ないってわけでもないけどな」
平日とはいえ夏休み中。
よってこの人気施設内はほどよい人口密度となっている。
これなら人とぶつかったるするトラブルの可能性も少ないだろう。
そんなことを話しながらしばらく待っていると、目当ての二人が更衣室から出て来た。
二人共水着の上にオーバーサイズのラッシュガードを着用している。
「りっくーん、れーくーん! お待たせ―っ!」
「お、お待たせしました」
早く早くと桜彩を引っ張る蕾華に少々戸惑いながらも付いて来る桜彩。
二人の容姿や蕾華の声が大きいこともあり、少々注目を集めてしまう。
「ごめんね、待たせて」
「気にしてないって。そんなに待ってないし。なあ?」
「そうだって。全然だ」
実際女性の着替えは男性よりも時間が掛かるということは知っている。
この程度は待ったうちに入らない。
それよりも
(やっぱ桜彩って凄く……)
圧巻だった。
ラッシュガードが一体何だというのか。
先日見せてもらった水着の上にラッシュガードを着用している為、露出度は格段に低い。
それでもその健康的な足や手先とか、白く輝く首筋とかには、怜としてもそそられるものがある。
「あ、あの、怜……」
「あ、ああ」
ラッシュガードを着用しているとはいえやはり恥ずかしいのか、そっと怜の手を握ってくる。
そんな姿も可愛らしく、そしてドキリとさせられる。
「その、ね。怜、このラッシュガード、ありがとね」
桜彩の着ているラッシュガードは怜の物だ。
当初は桜彩が自分の物を購入するのだと思っていたのだが、先日蕾華が『れーくん。ラッシュガード複数持ってたよね。一つサーヤに貸してあげて!』と言われたので昔の物を桜彩へと渡している。
昔の物ということで今の自分よりはサイズが小さいのだが、それでも桜彩にとってはオーバーサイズだ。
しかしそれがまた桜彩の可愛らしさを引き立てている。
それになにより
(お、俺の服を桜彩が着てるのって、なんだか嬉しいな……。こ、これが俗に言うところの『彼シャツ』ってやつなのか?)
自分の服を彼女に着せることに喜びを感じる男性陣の気持ちが分かったかもしれない。
そんな変なことを考えてしまう。
「これを着てると、なんだか怜に包まれてるような気がして安心出来るんだ」
「ッ!!」
まさに今自分が考えていたのと同じようなことを、桜彩が恥ずかしがりながら伝えてくれる。
照れて服の裾を摘まみながらのその言葉に心臓がドキリと跳ねてしまう。
「……そ、そっか。桜彩が安心出来たなら良かったよ」
なんとか平静を装ってそれだけ口にする。
「うん。ありがと。それじゃあ今日は目一杯楽しもうね」
「ああ。楽しもう」
バクバクと跳ねる心臓に手を当てながら、桜彩へと振り向いて頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いち、に、さん、し……」
遊びとはいえ準備運動は大切。
よってプールに入る前に隅の方で準備運動をすることになったのだが、これがまずかった。
四人共準備運動は適当にせずにちゃんと行うタイプである。
具体的には屈伸運動をしている桜彩の大きな胸が揺れているのがラッシュガードの上からでも分かる。
重力とは偉大だな、などと少々現実逃避しながら平静さを装う怜。
準備運動の段階でこんなに精神力を必要とするとは想像もしなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まずはどこから行こうか」
四人で案内板を見ながら目的地を選ぶ。
なにしろ大型レジャー施設だけあって施設の種類も多い。
変わり種では水鉄砲を打ち合うアトラクションなんてものもある。
「まあいきなりメインよりも、まずは小手調べからだろ。ってわけでまずは流れるプールなんてのはどうだ?」
定番である流れるプール。
現在地から目と鼻の先にあるそれを陸翔が指差す。
「うん。賛成だな。メインの前にまずは前菜からだ」
怜も陸翔の提案に同意する
いきなりメインであるアトラクションに行くよりは、徐々にテンションを上げていきたい。
というのはあくまでも口実。
ひとまず心を落ち着けないと、充分に楽しむことができない。
もしこのままメインであるウォータースライダーなどに行ってしまったら、それこそ心臓が口から飛び出してしまう。
「うん。アタシもそれで良いかな」
「私も。それじゃあ行こうか」
そんなわけでまずは流れるプールを楽しむことにする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「わっ! 思ったより流れ速いよ、これ!」
「はははっ! でも楽しいな!」
早速プールの中に入った蕾華と陸翔がはしゃぐようにして流れに身を任せて進んでいく。
怜もゆっくりとプールに入ると身体に水流が押し寄せてくる。
確かに二人の言っていたように流れが速い。
流されてしまうほどではないが、まっすぐに立つのが少しばかり難しい。
それを見た桜彩は、まずプールサイドに腰を掛けて、両足をプールに入れて流れの速さを計っている。
「うん。本当に流れが強いよね。流されちゃわないかな?」
おっかなびっくり、おずおずとプールに入ろうとする桜彩。
しかしびくりと体が止まってしまう。
「桜彩」
「あ……。うん」
そんな桜彩に怜が手を差し伸べると、嬉しそうに桜彩がその手を取る。
そして思い切って腰を浮かし、プールの中へと入って来た。
「きゃっ!」
「落ち着いて、桜彩」
流れの速さに桜彩がバランスを崩すが、桜彩の手を引き寄せて安定させる。
「あ、ありがとね」
「ああ。でも慣れると大丈夫だろ?」
「うん。確かにね」
最初こそ未知の流れに驚いた桜彩だが、一度入ってしまえばどうということはない。
怜の手を掴みながら、おっかなびっくりではあるが体を安定させている。
「それじゃあ私達も二人みたいに進んで行こうか」
「ああ。素直に体を浮かせて流れに身を任せて一周するか」
「うんっ!」
「それじゃあ……せーのっ!」
合図と共に両足を浮かせて仰向けのような形で流れに身を任せる。
流れる水は支えをなくした二人の体をコースの先へと運んでいく。
「ふふっ。これだけでも楽しいね」
「ああ。なんて言うか、落ち着くって言うか」
「だねっ!」
ぷかぷかと仰向けに浮いて流されながら、二人で顔を見合わせてクスリと笑い合う。
浮遊感のような物がまた気持ち良い。
いや、落ち着くのは大好きな相手と手を繋いでいるからだろうか。
「それじゃあしばらくはこのままで」
「うん。このままで」
そう、しばらくはこのまま。
このまま二人で手を繋いだまま、心地好い水の流れに身を任せることにする。




