第349話 部屋も心も染められて
「それで、これからどうする?」
蕾華と瑠華の姉妹喧嘩(というか蕾華による一方的な制裁)を見ながら呆れたような声で陸翔が怜に問いかけてくる。
二人の姿を見ながら怜も同じく呆れたように首を横に振る。
「どうするもこうするもないだろ。とりあえず瑠華さんへの制裁は蕾華に任せるよ」
「そうだな。あ、そうだ。蕾華がお前のとこに泊まるって言ってたから着替えとか勉強用具とか持ってきたけど、オレも泊まって良いよな?」
「もちろん。陸翔、風呂入っちゃってくれ」
陸翔の持って来た大荷物を見た時点でそれは予想できた。
もちろん陸翔も泊まることには何の問題もない。
「おう」
「えっと、それじゃあ私はそろそろ自分の部屋に戻るね」
本来であれば桜彩も怜の部屋の風呂を使うのだが、さすがに瑠華のいるこの状況でそれはやめた方が良い。
そう判断し、勉強用具をまとめた桜彩が自室へと戻ろうとする。
「じゃな、クーさん。明日また」
「はい。おやすみなさい」
少しだけ寂しそうに桜彩がそう返事を返す。
怜としては陸翔と蕾華が怜の部屋に泊まるのであれば桜彩も泊まっても良い(というか泊まって欲しい)のだが、そんなことになったら瑠華がどのような反応をするか分からない。
「それじゃあ玄関まで送るよ」
「あ、うん。ありがとね」
怜の言葉に桜彩が嬉しそうに微笑んで、そして共に玄関へと向かう。
「でもまさか瑠華さんが来るとはなあ……。悪い、桜彩」
「ううん。怜が悪いわけじゃないから。また明日だね」
これ以上二人で一緒に過ごせないのは残念だが仕方がない。
「でもまさか瑠華さんに疑われるとはな」
「だね。でもさ、こうして考えると怜の部屋の内装、一緒に買いに行ったのを思い出すよね」
「そうだな。あの時も本当に楽しかったよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ねえ怜、部屋の模様替えするんだよね?」
ショッピングモール内の通路を歩きながら、桜彩が不思議そうに問いかけて来る。
「模様替えってわけでもないけどな。インテリアとか色々と変えてみようかなって」
「そうなの? でも何でそんなことを?」
「ほら。桜彩と一緒に過ごすこと多くなってきたからさ。少しでも桜彩にとって居心地がいい空間にしたいなって」
「えっ? 私の為……?」
答えると桜彩が驚いたように立ち止まる。
「で、でもさ、私の為にそこまでしてもらうのは申し訳ないって言うか……」
「桜彩の為だけってわけじゃないさ。俺も桜彩と過ごすのは楽しいし、だったらもっと居心地のいい空間にしたいなって思って」
それはそれで事実だ。
桜彩と一緒に話をしながらまったりとお茶を飲む時間は、怜にとってもはやかけがえのない幸せな時間だ。
もちろんそれだけではなく、一緒に料理をしたり、一緒に勉強したり。
桜彩と過ごす全ての時間をもっと幸せに。
部屋のインテリアを変えるのはその一環だ。
「……そっか。ありがとね」
「だから桜彩だけの為じゃないって」
「それでもだよ。それじゃあ私も頑張って探すね」
「ありがと。それじゃあまずはここだな」
そう言って目に付いた店、百円ショップを指差す。
「え? 百円ショップ?」
「ああ。ここって結構小物多いんだよ。ちょっと覗いてみよう」
「うんっ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あっ、見てこれ! 猫の加湿器だって!」
棚に並んでいた商品の一つを手に取って桜彩が目を輝かせる。
手に持たれているのは陶器で出来た猫。
中に水を入れることにより素焼きの陶器に水がじわじわ染み込んで、部屋をほどよく潤してくれる自然気化式の物だ。
「これ、どう思う?」
「うーん……。加湿器としての効果は薄いけどな」
「まあそうだよね。霧吹きとか濡れタオルとかの方が効果はあるか」
「ま、加湿用というよりは観賞用だな」
「そうだね。それに値段もちょっと高いし」
百円ショップながらもこれの値段は少々お高め。
残念そうに呟きながら桜彩は棚へと商品を戻す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あっ、これなんてどうだ?」
手に取った商品を桜彩へと見せると、それを見た桜彩が目を見開く。
「わあっ! これ素敵!」
怜が選んだのは小さな猫のクリップ。
メモを挟んだりお菓子などの袋を閉じるのに使う、便利で可愛いクリップだ。
「とっても可愛いよね!」
「ああ。これを利用してガーランドを作って壁に飾るってのはありじゃないか?」
「あっ、それ賛成!」
これなら一つ一つも決して高くはないし、猫の他にも犬などの動物も売っている。
組み合わせればかなり華やかになるだろう。
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「後はこれも買おうかな」
「それ、何に使うの?」
怜が手にしたのは壁掛けのワイヤーネットを桜彩が不思議そうに見つめてくる。
「ほら、あのアパートって賃貸物件だろ? だから壁にピン止めとかできるスペースって少ないじゃん」
「あ、うん。そうだね」
さすがに賃貸物件の壁に穴をあけたり剥がしにくいテープやシールを貼るわけにもいかない。
よってガーランドなどを買ったとしても取り付けられることのできるスペースは限られてしまう。
「だからさ、壁にネットを取り付けて、そこに色々と飾っていこうかなって」
「あ、なるほどね」
「それにこれなら俺の寝室にある小さな人形とかぬいぐるみとかも取り付けられるしな」
怜の部屋には付き添いで行った際に獲得した手のひらサイズのぬいぐるみがいくつか本棚に飾られている(怜としてはお金がハイスピードで消えて行くゲームセンターで遊ぶことはあまりしないのだが、このサイズの物は簡単に獲得することができる為に手を出すこともある)。
ぬいぐるみにはボールチェーンが付いている為に、ネットに取り付けるのも簡単だ。
「でも良いの? 怜の寝室の物なのに」
「気にするなって。いつも寝室にいるわけじゃないし。っていうか、最近は寝室にいることは稀だからな」
桜彩とこのような生活をするようになってから、寝室で過ごす時間は格段に減った。
以前であれば机に向かって勉強したりパソコンで色々と行ったりということをしていたのだが、今であれば勉強は桜彩と共にリビングで行っているし、パソコンを立ち上げる回数もほとんどない。
「だからさ、むしろリビングの方を華やかにしたいんだよ」
「そっか。リビングを大改造しないとね」
そう言って二人でクスリと笑い合った。
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そんな感じで二人で部屋のインテリアを選ぶという買物デートをした時のことを思い出す。
「ふふっ。怜の部屋、私の趣味が結構入ってるよね」
「ああ。随分と桜彩に染められちゃったな」
「うん。これからもっと染めちゃうかも」
「それは楽しみだ」
そう言って二人で笑い合う。
桜彩に染められるのであれば、それは怜にとっても幸せなことだ。
「それじゃあね、怜。また明日」
「ああ、また明日」
「寝る前に電話するね」
「楽しみに待ってるよ」
そして桜彩はお揃いのキーホルダーの付いた鍵を取り出して玄関を開けて中へと入っていく。
桜彩の後姿を見送った後、怜は胸にそっと手を当てて先ほどの桜彩の言葉を思い出す。
『うん。これからもっと染めちゃうかも』
(部屋の中だけじゃなく、俺の心も桜彩に染められてるんだけどな)
胸いっぱいに広がる桜彩への気持ち。
それを抱えて怜は自室のリビングへと戻って行った。
この話にて瑠華の襲来編はおしまいです。
本来であればこの翌日に四人(+瑠華)で勉強したり食事をしたりバスカーの首輪を作ったりということを考えていたのですが、第七章前編がこの時点で九話まで来ており、かなり長くなりそうなので割愛します。
次話からはプール編となりますので、これからもよろしくお願い致します。




