第343話 彼女と紹介してもらえて――
「これなんて良いんじゃないか?」
「そうだな。これにするか」
怜と陸翔はペットショップの後、雑貨屋や手芸店といった店を回っていた。
ペットショップでふと、陸翔が飼い犬であるバスカーのネームタグを作ってみたいな、と思いついたからである。
これまでは市販の首輪だけを使っていたのだが、せっかくなのでバスカー専用のタグを作ってみたい。
そんな考えに怜も賛同し、タグを作る為の材料を購入する。
「材料は揃ったけど、後はデザインだよな」
店を出ながらタグについて考えてみる。
タグに入れるのは名前と住所。
これで迷子になったとしても多少なりとも安心出来るだろう。
いや、賢いバスカーが迷子になる可能性は無いと言っても過言ではないのだが。
「だな。バスカーって名前と住所だけってのも寂しいし」
「レザーで作るのは確定だから、後はデザインだけなんだけどな」
革に文字や絵を彫り、更にその個所を焼き付ける。
せっかくタグを自作するのであれば、デザインにも凝ってみたい。
問題はどのようなデザインにしたらいいかだ。
「まあそこまで凝ったのは出来ないけどな」
レザータグという性質上、線が何本も入った細かい絵で作るのは不可能と言えるだろう。
「だな。この前、お前の部屋で食べたパンケーキに描かれてた絵、あのくらいのレベルが限界だろ?」
先日、ダブルデートの翌日に、怜の部屋で食べたパンケーキ。
桜彩が描いた犬や猫がとても可愛らしかった。
その瞬間、怜と陸翔、二人同時にひらめきが走る。
「そうだ。桜彩にバスカーの似顔絵をデフォルメして描いてもらうってのはどうだ?」
「それ良いな! さやっち前にデフォルメしたの簡単に描いてたし」
ナイスアイデア、と言わんばかりに二人で頷く。
バスカーの似顔絵の刻印、きっとバスカーも気に入ってくれるだろう。
「後で桜彩に確認してみるか」
「ああ。さやっちなら受けてくれるだろうけどな。あっ、そうだ。念の為に賄賂用意しとくか」
「それだったら甘い物がお勧めだぞ」
「オッケ。それじゃあ買って来るか」
「あ、俺はちょっとトイレ」
「分かった。それじゃあそこの案内板のとこで待ち合せな」
そう言って案内板を指しながら陸翔は桜彩への賄賂を買いに向かう。
まあ賄賂と言っても事実上は明日の勉強会のお茶菓子として四人で食べることになるだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
トイレから戻った怜は案内板を見ながら時間を潰す。
このショッピングモールは近隣では最大規模であり、何度か訪れた怜でさえもその全容は良く分かってはいない。
その為、フロアガイドを見ながら『こんな店もあったのか』等とどうでも良いことを考えていると、そんな怜に声が掛けられる。
「あのー、すみませーん。ちょっと良いですか?」
気軽に掛けられた声に振り向けば、二人組の女性(恐らくは怜よりも少し年上の女子大生と思われる)が怜に向かってにっこりとした笑みを浮かべて近寄って来る。
「どうかしましたか?」
「あの、私達、このカフェに行きたいんですけどどう行ったらいいか分かりますか?」
「ちょっと迷っちゃってー」
案内板の食事コーナーに表示されている一つを指差してそう聞いてくる。
と言われても、怜としても案内板に書かれている以上の説明をすることは出来ない。
それになにより、カフェ自体は決して入り組んだ場所にあるわけではなく、むしろここからかなり近い。
「そうですね……。あちらのエスカレーターで四階に昇って、そのまま正面に向かえば右手側に見えてくると思いますよ」
とりあえず笑顔を作ってそう返す。
この説明で分からないのであれば、それ以上はもうどうしようもない。
「あー、なるほど。ここから近いんですね。あ、もしかしてお兄さん今って暇?」
「よければ一緒に行かない?」
いきなり口調が変わりフランクに話しかけて来る。
まあここまでくれば怜としても相手の目的に気が付いた。
(ああ、そういうことか)
怜自身、かなり容姿は整っているし、自分でも多少は自覚している。
よってこれまでにも似たような声を掛けられたことは何度かある。
「すみません。連れを待っているので」
申し訳なさそうな表情を作ってやんわりと断りの返事をする。
これで引いてくれればな、そんな風に思ったのだが、タイミングが良いのか悪いのか丁度陸翔が帰って来た。
「ん? どうした?」
陸翔からすれば単純に相手の二人組に道でも聞かれて困っているのではないか、と判断して普通に声を掛けたのだろうが今回に限って言えばそれは悪手。
怜が待ち合わせをしていた相手がその怜に負けず劣らずの陸翔ということで、二人共先ほどまでよりも余計に喜んでいるのが怜にも分かる。
それを見て陸翔もなんとなく状況を察したのか表情が歪む。
「あ、それならお友達も一緒にどう?」
「ねえねえ。お兄さんの方も一緒にお茶しない?」
相手の二人組は陸翔の内心に気付かず声を掛ける。
というか、お兄さんの方『も』というのはどういうことだろうか。
少なくとも怜としては一緒にお茶をすることに同意をした覚えは全くないのだが。
困った様に顔を見合わせる怜と陸翔だったが、そんな二人の前に今度こそ救世主が現れた。
「お待たせ―っ!」
周囲にそこそこ人のいる中、いつもよりも大きな声を上げて蕾華が近づいて来る。
当然その隣には桜彩の姿も。
蕾華と桜彩、二人の姿を見て相手の女性達は少しバツの悪そうな表情を浮かべる。
そんな二人に目もくれず、蕾華は陸翔の腕へと抱きついた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「二人とも、お待たせ」
「気にすんなって。待ってないから」
「ああ。俺達も今戻って来た所だからな」
桜彩も自然に怜の手を取っていつも通りに、いや、いつもよりも強めにぎゅっと握って来る。
「それで、どうしたの?」
そこで蕾華は初めて女性二人気付いたという風に、不思議そうな顔で怜と陸翔へと問いかける。
「いや、なんでもないよ。なあ?」
「すみません。お誘いは嬉しいのですが、彼女と来ていますので」
もちろん逆ナンなどは全く嬉しくはないのだが、それを表に出さずにそう答える怜。
これでさすがに二人共彼女持ち(怜に関しては実はそうではないのだが)だということが伝わっただろう。
「あ、そうなんだ。それじゃあね」
「う、うん。道案内ありがとうねー」
バツが悪そうにそれだけ言って、返事も聞かずにそそくさと立ち去って行った。
「ゴメンね二人共。遅くなっちゃって」
「いや、来てくれて助かったって」
「ああ。ありがとな、二人共」
あのタイミングで二人が来てくれなかったらしつこく食い下がられていただろう。
「でも少し目を離すとこれだからなあ。りっくんもれーくんも目立つし」
「むぅ……」
桜彩も同意するように不満そうな表情で怜を見上げてくる
握られている手がだんだんと痛くなってきた気がする。
「ま、りっくんもれーくんもああいった相手に目移りするとは思ってないけどね」
「ああ。オレは蕾華一筋だからな!」
「えへへ、ありがとね、りっくん!」
恥ずかしげもなくいちゃつく親友二人。
(ここで俺も『桜彩しか目に入って無いから』とか言えたらな……)
事実ではあるのだが、まだ付き合ってもいない相手にさすがにそれを言うことは出来ない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方で桜彩の方も
(私も怜にそう言って欲しいな……)
などと蕾華を羨ましそうに見る。
「でも、桜彩もありがとな」
「え?」
「彼女っぽい仕草してくれただろ? あれで面倒なく断ることが出来たからさ」
「あ、うん。怜が助かったなら良かったよ」
「でも、いきなり彼女だなんて言っちゃって悪かったな」
「う、ううん! べ、別に大丈夫だから!」
慌てて怜の言葉を否定する桜彩。
(そ、そうだよね。さっき、演技とはいえ、怜が私のことを彼女だって……。えへ、えへへーっ)
先ほどの怜のセリフを思い出した桜彩は、数秒前のしかめっ面がすぐに崩れてしまう。
つい顔がにやけてしまい、怜に見られないように慌てて隠す。
そんな桜彩の様子を親友二人は微笑ましそうに見つめていた。
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