第342話 水着選び
「ほらほらサーヤ、これなんてどう!?」
「こ、こ、これ……!?」
テンション高く蕾華が指差した水着を確認する桜彩。
見ただけで恥ずかしさが押し寄せて来る。
上下共に黒を基調とした大人向けのビキニ。
可愛いというよりもセクシーさを前面に押し出したデザインだろう。
「む……無理無理無理無理、無理だよぅ……」
大慌てで首をブンブンと横に振って否定する。
(で、でも、お、お腹とかおへそとかを出すなんて、恥ずかしすぎるよぅ……)
確かに高校生の着る水着としてビキニが選ばれるのは決して不自然ではないことは桜彩にも良く分かる。
とはいえ好きな人にお腹を見られるのはそれはそれで恥ずかしい。
いや、確かに以前にも蕾華の口車に乗せられてそういったトレーニングウェアを購入し、怜の部屋で着用しているのだが。
「さ、さすがに大胆過ぎるというか……」
「うーん、そうかなあ……。このくらいの方がサーヤの綺麗さが引き立つと思ったんだけど」
本気で心底残念そうな表情を浮かべる蕾華。
しかし桜彩としては、ビキニという点はまあ許容範囲ではあるものの、その布面積の少なさまでは許容出来ない。
一般的に想像されるビキニよりも更に面積が少ない。
現に他に置かれているビキニはもっと落ち着いたデザインの物が大半だ。
いくら怜にしか見せないとはいえ、さすがにこれは無理だ。
「じゃあホルターネックとかは? サーヤなら綺麗系よりも可愛い系で攻めるのもアリだと思うし」
蕾華が側にあった一着を取って桜彩へと向き直る。
「うーん……。さすがに子供っぽい気がするなあ」
「それじゃあサーヤは何か気に入ったのある?」
「え? ええっと……こ、これはどうかな?」
なんとなく側にあった一着を手に取る桜彩。
白を基調としたワンピースタイプのものだ。
「わっ! スポーティーだね」
「うん。これはどう思う?」
「うーん。もうちょっと可愛さとか欲しいよね。似合うとは思うけど、綺麗系とも可愛い系とも違うし」
蕾華的にこれは少し違うとのことらしい。
まあ確かに桜彩としても適当に手に取った物なので、蕾華の言う通り華が無いのは分かる。
「だってほら、せっかくれーくんに見てもらうんだからさ、もっともっと攻めないと!」
「う、うん!」
もはや怜に見せることが目的に変わっている。
いや、蕾華の中では最初からそれが一番の目的だったのだが。
そのまま二人で店内を見て回り、琴線に触れた物があれば手に取ってみる。
「えっと、それじゃあこれは?」
「うーん。良いんだけどなんか足りないって言うか、シンプル過ぎって言うか……」
選んだ水着を見せるが蕾華は首を捻ったままだ。
「そ、そうかなあ……?」
「そうだよ! だってさ、着たとこ見せて、れーくんをドキドキさせたいんでしょ!?」
「ど、ドキドキって……。わ、私はそこまでは……」
「でも、れーくんがドキドキしてくれたら嬉しいでしょ?」
「そ、それは……嬉しい、けど……」
もし怜が自分の水着姿を見てドキリとしてくれたら。
想像してしまって桜彩の顔が赤くなる。
「だからさ、もっとれーくんの心に響きそうなやつを選ぼっ!」
「う、うんっ!」
そう言われてはこれまで以上に気合が入ってしまう。
(れ、怜、私の水着姿を見てドキドキしてくれるかな……?)
これまでにも何度か『可愛い』とか『綺麗』とか言われたことはある。
そのたびに桜彩の胸もドキリと高鳴った。
「でも、怜をドキドキさせるようなのって……」
「あっ、これなんてどう?」
「えっ?」
蕾華が選んだのは橙色を基調とした花柄のワンショルダータイプのビキニ。
とはいえ多少のフリルもついており、面積もそこまで小さいわけでもないので露出度も高くない。
落ち着いた雰囲気の大人の女性に似合いそうなデザインだ。
「う、うん。これなら確かに……」
「でしょ? ねえ、ちょっと当ててみて!」
蕾華が期待するような眼差しで水着を差し出してくる。
桜彩は言われた通りに受け取った水着をおずおずと体の前に持って蕾華に見せると、蕾華の眼差しがキラキラとしたものに変わる。
「ど、どうかな……?」
「うん! それ良い感じだよ! きっとれーくんも気に入ってくれるって!」
「そ、そっか。うん、確かに怜ってオレンジ色好きだし……。ありがとね。ちょっとサイズみてみるよ」
「うんっ!」
怜の好みを把握している蕾華がそう言ってくれるのなら、きっと怜の好みに合うだろう。
水着をもって試着室へと入りサイズを確認すると、どうやら問題無く着用出来た。
壁に掛けられている鏡で全身を確認してみる。
(怜、褒めてくれるかな……?)
そんなことを考えながら水着を着用する。
幸いなことにサイズも自分の体にぴったりとフィットしてくれた。
値段も手が届く範囲だし、これなら問題ないだろう。
(で、でも、こ、これを怜に見せるんだよね……?)
この水着を着て、下着にプラスアルファされただけの面積しか存在しない水着を着て怜の前に立つ。
想像しただけで顔が赤くなってしまう。
「サーヤ、どうかしたの?」
試着室の中で固まってしまった桜彩を心配してか、外から蕾華が声を掛けてくる。
「あ、ううん。サイズ、だ、大丈夫だったよ。これにするね、ありがとう、蕾華さん」
「そっか。良かった!」
「それじゃサーヤ。アタシにも見せて!」
カーテンの向こうから蕾華の期待するような声が聞こえてくる。
が、その言葉に桜彩は少し考えこんでしまう。
「あ、その、蕾華さん、ちょっと待って」
「え? どうかしたの?」
なんだか頼りなさそうな声で返事をすると、外から蕾華が心配そうに問いかけて来る。
「その、ね。やっぱり、この水着を着た姿を初めて見せる相手は怜が良いなって……」
この水着は蕾華がいたからこそ選ぶことが出来た。
そんな蕾華には本当に感謝しているが、とはいえそれはそれ、これはこれだ。
本当に申し訳なく思いながら外の蕾華へ告げると、むしろ外からは嬉しそうな声が返ってくる。
「ううんっ、そういうことなら仕方ないよね! うんっ!」
「その、ごめんね。せっかく選ぶのを手伝ってもらったのに」
「何言ってるの、そんなの構わないって!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(あははっ。れーくんに一番に見せたいってホントにサーヤって可愛いよね)
試着室のカーテン一枚を隔てた向こうから聞こえた桜彩の言葉に蕾華はクスリと苦笑する。
桜彩が着用した姿を見ることが出来なかったのはそれはそれで残念だが、桜彩がそう思ってくれたのは本当に嬉しい。
期待以上の成果と言っても良いだろう。
結果として、本日の水着選びは大成功となった。




