第338話 夏休みの予定は?② ~嫉妬に燃えるクールさん~
「でもさ、本当にきょーかんは武田とかとは違うって」
「いや、光瀬も俺達男子と同じだって!」
「そうそう! 男はみんな狼だぞ!」
「……馬鹿か」
そんな会話の中、奏が何か良いことを思いついたというようにポンと手を叩き、ニヤッとした視線を怜に向ける。
怜の机に肘を付いて身を乗り出し顔を覗き込んでくる。
怜としては嫌な予感しかしない。
「ねえねえきょーかん」
「……なんだ、宮前」
「ちょっとー、露骨に嫌そうな顔しないでよー。せっかくウチがきょーかんの不名誉な冤罪を晴らしてあげようって思ってるのにーっ」
不満そうに頬を膨らませて睨むような視線が送られる。
「別にかまわん」
そもそも本気で怜のことをそう思っている者はいないだろう。
これでも精神的不能とかそういったありがたくないあだ名を付けられているのだ。
「そんな悲しい事言わないでって。……チラッ」
そう言って奏は自分の夏服の胸元のボタンを開けて、怜にだけ見えるように僅かにはだけた。
ゴンッ
瞬間、怜の額が机に思い切り激突する。
ライムグリーン色をした見えてはいけない物が一瞬だけ見えてしまったのは気のせいに違いない。
「ちょっ、おまっ……」
「ほらほら。武田とかだとここで食い入るように見てくるっしょ? そういうとこきょーかんはやっぱ違うんよねー」
バシッ
ここで慌てて蕾華が奏の頭をバシッと叩く。
「いったあーっ」
叩かれた頭を押さえながら奏が蕾華を恨めしそうに見る。
「奏、なにやってんの!」
「え? いやほら、きょーかんがちゃんと真摯なとこを分からせてあげようかなって」
「だからってそんなことするんじゃないっての!」
再び蕾華が奏の頭を叩く。
(むぅーっ!!)
奏の行為に隣の桜彩から先ほどよりも強い圧を感じる。
いや、怜としては自分からは何もしていない為、不可抗力としか言いようがないのだが。
そんな桜彩が怜に向ける視線に気付いた奏は更にニマッと笑って怜の耳に口を寄せて一言。
「ねえきょーかん。見えたよね?」
「見えてない」
机に突っ伏したまま奏の問いに即答する怜。
先ほどの見えたあれは気のせいだ。
ライムグリーンの何かが見えたような気がするだけで、実際には見えてはいない、あくまでも気のせいだと思い込むことにする。
「えーっ、絶対見えたっしょ」
「だから見えてないと言っているだろうが」
「ふーん……」
奏としては怜が見えたことを確信しているのだろう。
机に伏せている為に表情は分からないが、口調が明らかに不満そうだ。
すると伏せている怜の耳元に、再び奏が口を寄せるのが気配で分かる。
「ねえ、ウチの紫のブラ、どうだった?」
「知らん。見てない」
「ちぇっ。さすがに引っ掛からないかあ」
耳元から顔を離し不服そうに唸る奏。
一方で対照的に安堵する怜。
ここでもし『ライムグリーンだっただろ』などと言ってしまえば嘘がバレてしまう。
奏の仕掛けた罠にはまらないように注意していて本当に良かった。
「ねえきょーかんきょーかん。ちょっとちょっと」
「なんだ」
そう言って奏が今度は体を揺すってくる。
さすがに無視するのが辛くなってきたので顔を上げるとその瞬間
「チラッ」
ゴンッ
瞬間、怜の額が再度机に思い切り激突する。
「ちょっ…………!」
「あははーっ。今度はちゃんと見えたっしょ?」
言い逃れ出来ないように、顔を上げる前から襟元が少し開かれていた。
そしてその中の色はやはり紫ではなくライムグリーンであった。
「だからお前は……!」
「だから何やってんの!」
バシッ
再び蕾華が奏の頭をバシッと叩く。
出来る事ならもっと早くに止めてほしかったのだが。
「いやいや、きょーかんをゆーわくしようと思ってさ」
「誘惑ってね……」
呆れ顔の蕾華。
「あれあれ? 顔赤くしちゃって、きょーかんもまんざらでもない感じ?」
「……シャラップ」
にひひ、と笑う奏にどのように言葉を返して良いのか分からない。
おそらくは何を言っても不正解だろうと思うので口を閉ざす。
黙るが勝ちだ。
(むううーっ!!)
いや、黙るも負けだった。
左隣から更に強烈な視線を感じたので、そちらに視線を向けると桜彩が一瞬こちらを見ていたが、すぐにプイっと視線を戻される。
その視線が冷たいように感じたのもきっと気のせいだろうと思うことにした。
(わ、私だって怜に下着を見られたことあるもん……)
なお、桜彩が心の中で奏に変な対抗心を燃やしていることにも、当然怜は気が付いていない。
「つーわけでよ、光瀬! 夏休み前に一緒にナンパしようぜ!」
「…………はあ?」
いきなりの武田の言葉に、怜はいったい今何を言われたのか理解出来なくなってしまった。
「…………つーわけでっていったいどういうわけだ? 脈絡無いだろ」
「だからせっかくの夏休み、彼女がいないってのは寂しすぎるだろ?」
「余計なお世話だ」
そう、余計なお世話としか言いようがない。
確かに先日までならともかく、今の怜は夏休みに恋人と一緒に過ごしたいという欲求は有る。
しかしその相手は誰でもいいというわけではなく、隣に並んで過ごしたい相手はただ一人だけ。
「へー。きょーかん、ナンパするん?」
「するわけねえだろ」
からかってくる奏にジト目を向ける。
そもそも奏としては怜が桜彩のことを好きだと知っているはずだろうに。
すると奏はニヤニヤとしながら、怜の隣の桜彩の方へと体を向ける。
「あ、クーちゃん。ちなみにナンパって分かる?」
「はい、まあ一応は」
そしてあろうことか、桜彩にまで話を振ってきた。
しかも一見すると桜彩はいつものクールモードなのだが、なんだか言葉と視線がより冷たく感じる。
「うんうん。多分クーちゃんの思ってるヤツだと思うよ。異性に恵まれない年頃の男子が、誰でも良いから手当たり次第に声掛けするってヤツ」
「…………そうなのですか」
そう冷たく言って桜彩は手元のスマホへと視線を移し、何か操作を始める。
ヴヴヴ
数秒後、怜のスマホが振動し着信を知らせて来る。
画面を見るとそこに表示されていたのは恋人になって欲しい、愛しい相手の名前。
しかしスマホを開いて見るとそこには
『怜 ナンパするんだ』
という簡潔なメッセージが表示されていた。
思わず身震いしてしまう。
一方で桜彩は無表情のまま自らのスマホに視線を落として操作すると、再び怜のスマホが震える。
確認すると、例の猫スタンプの不満そうな顔をしたバージョンが送られてきた。
『いや そんなことしないからな』
焦りながらメッセージを返信する。
しかし次の瞬間、桜彩から新たなメッセージが届いたことをスマホが告げてくる。
『別にいいんじゃない? 怜がナンパしようがそれは私がどうこう言える立場じゃないし』
『大丈夫だよ 私は怜がそんなふしだらな人じゃないって信じてるから』
『怜は友達との時間を大切にする人だもの 友達からの誘いは断れないよね』
『私は怜がそういう人じゃないって分かってるからね』
言い訳をする間もなくメッセージが連続で飛んできて、それを見るたびに怜の顔も青くなっていく。
やはり、妻に浮気を疑われる夫というのはこういった感じなのかもしれない。
いや、怜と桜彩は恋人ですらないのだが。
もちろん将来的にはそうなりたいと思っているが。
(……信じるってどういう意味だったかな)
メッセージの内容と桜彩の発する空気が全くもって一致していない。
一応桜彩からのメッセージ爆撃は終わったようだ。
しかし左隣からのブリザードのような空気は全く終わる気配はない。
その後、怜は隣から発せられる不機嫌オーラに耐えながら午後の授業を受ける羽目になってしまった。
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