第337話 夏休みの予定は?① ~夏休みに何をする?~
「もうすぐ夏休みだよなー」
七月ももう中旬の昼休みの教室、クラスメイトの間では自然と夏休みの話題が持ち上がる。
きっかけとなった陸翔の言葉に皆がそれぞれの思いを口にする。
「三年なったらもう遊べないからな。今年が高校で遊べる最後の夏休みだからな」
「そうそう。後悔しないようにやりたい事全部やっときたいぜ」
「どっか旅行とかも良いよなー」
三年生になると大半の者は受験地獄で苦しむことになる。
故に事実上は今年が最後の夏休みということだ。
「まあ来年も二年だったらもう一回遊べるじゃん」
「光瀬ーっ!」
「おいやめろ馬鹿!」
「お前ふざけんなよ!」
浮かれたクラスメイトの会話に挟まれたブラックジョークに悲鳴の声があちこちから上がる。
言った本人はケラケラと笑っているのだが。
「お前は間違いなく進級出来るかもしれないだろうけどな、こっちは結構ヤバいんだよ!」
「そうだそうだ! 現実を思い出させるんじゃねえよ!」
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ!」
「それほど進級が危ないんならそれこそ今の内から勉強しておくべきだろうが」
抗議の声にひるむことなく、お茶を飲みながら正論を告げる怜。
というか、そこまでまずいのならなおの事遊んでいる暇はないのだろうに。
「大体来年は受験だろうが。遊び惚けて勉強手つかずとか下手したら取り返しがつかないぞ」
実際に大学受験は早ければもう高校入学とともに始まっていると言っても過言ではない。
領峰学園は県内有数の進学校なので、当然そう考えている学生は怜以外にもいる。
「いやそうだけどよぉ……」
「じゃあ光瀬はずっと勉強漬けか?」
「は? 決まってるだろうが。……遊ぶ!」
神妙な顔から一転、満面のドヤ顔を浮かべてそう答えた。
「おーい!!」
「テメエふざけんな!」
「なんだよそのフリは!」
「勉強じゃねえのかよ!」
口々に上がる怜を糾弾する声の数々。
まあ先ほどの口上から考えればクラスメイトが怒るのも無理はない。
もっとも本気で怒っている者はおらず、ただのコミュニケーションではあるのだが。
「いやだけどさ、真面目な話すると勉強だって必要だからな。俺はその辺メリハリつけるぞ」
「うんうん。私も夏期講習でほとんど埋まってるしね」
「私もー。なんか親が勝手に家庭教師予約しちゃってさ」
「マジで? じゃあまったく遊べない感じ?」
「俺はひとまず模試でA判定取らないとマズいんだよなあ」
当然ながらこのクラスにも夏休みの勉強の予定を立てている者は少なからず存在する。
そんな彼らの口から怜の言葉に同意する声がいくつか上がる。
「ゆーてまあ完全フリーの日もあるだろ。みんなは夏休み何するんだ?」
怜の言葉に皆が少し考えこむ。
「今んとこ予定は全然無いな。ちょっと買い物に行きたいとは思ってるけど」
「まだ決めてないけど何かしたいよな」
「夏と言えば海だよな、海!」
「バーベキューもセットで!」
「スイカ割りとかも定番だろ」
「徹夜でゲームしたい」
「俺は関西のじーちゃん家に泊まる。そのついでに甲子園観に行くつもり」
「こっちは部活で合宿だよー。まあみんなで泊まりってのも楽しそうだけど」
クラスメイトが予定だったりやりたいことを思い思いに口にする。
ちなみに例年は怜の所属する家庭科部に合宿は存在しないし、今年も今のところは予定が入ってはいない。
ボランティア部については何日か活動をする予定があるが、必要な準備は怜の部屋や陸翔の家で可能だ。
「光瀬とか御門は?」
「俺も今のとこボラ部の活動以外に予定は無いな。まあなんかイベントはやりたいとは思ってるけど」
「同感。まあ実質的に今年が最後の夏ってのはあるからな。ぱーっと騒ぎたいぜ」
それこそ先ほど例に上がったバーベキューや海水浴は昨年も陸翔や蕾華と共に行っている。
(それに今年は桜彩もいるしな)
ちらりと横を見ると、桜彩がきょとんとした目で見返して、そして再びスマホへと視線を戻した。
具体的に予定を立てたわけでも誘ったわけでもないのだが、何をやるにせよ去年の三人組に桜彩が加わるのは確定と考えても良いだろう。
「それじゃあみんなで海にでも行くか?」
話の流れから武田がクラス内を見回してそう提案する。
「あれ、みんなって?」
「そりゃもちろんクラスで行きたい奴全員だろ」
当たり前のようにそう口にする武田。
しかし何人かはその意図を正しく理解する。
「ああ、それ良いな。さすがに泊まりは無理だろうけど、日帰りなら充分行けるし」
「だよな。最後の夏なんだからみんなでぱーっと騒ぐのも良いよな!」
武田の意図を正しく理解した男子数名がうんうんと頷きながら武田の意見を肯定する。
女子の方をチラチラと見ながら。
だが当然ながらその意図を理解した者は男子だけではない。
「ってかさー、それって単に水着見たいだけじゃない?」
やれやれと言った感じで武田達の意図を見抜く奏。
そんな奏に対して武田は悪びれずに顔を向けて力説する。
「そりゃそうだろ! 別に良いじゃん、そんくらい!」
「うわっ、ここまで潔いと逆に凄いわ」
「ってか下心ありすぎ。引くわー」
「そうそう。だからすぐフラれんだよ」
奏の他の女性陣からも似たような意見が挙がる。
とはいえ全員が全員反対だというわけでもない。
「まあでもそれも有りじゃない?」
「うんうん。海かどうかは置いといて、みんなでボウリングとかさ」
「そうだろそうだろ? みんなでどっか行こうぜ!」
恋人が欲しいという意見は男子だけではなく女子にも多い。
そんな彼ら、彼女らにとって夏休みとは異性との距離を縮める絶好の機会であることは言うまでもない。
そして夏休みに男女の仲が進展するかしないかは、この夏休み前に決まっていると言っても過言ではない。
まず夏休み前に男女混合グループで予定を立てる。
そしてそこから『次はどうするか?』『それならまた皆で行きたい』『じゃあまたこの面子で遊びに行こう』と次の約束が成立する。
逆に夏休み前に約束を取り付けられなかった場合、男女混合で遊びに行くというハードルはもはや越えられない高さまで上がってしまい、男子は男子、女子は女子と夏休みを過ごすことになってしまう。
つまるところ、高校生活で最後に楽しめる夏休みが灰色に染まることが確定してしまうということ。
故に恋人が欲しいと願う男女は(武田ほど露骨ではないにしろ)こうして今の内に男女で出掛けるという最初の約束をしてしまいたい。
「宮前とかはどうなんだ?」
「うーん。海とかプールじゃなければまあアリかなあ。てかまだ水着になってないのに目がぎらつきすぎ」
「いやいや男ならみんなそんなもんだって。なあ光瀬?」
「俺に振るな。てか俺をお前と一緒にするなボケ」
男が皆女子をそういった目で見る性欲魔人だとひとくくりにしないで欲しい。
少なくとも怜や陸翔はそういった人種ではないのだから。
「うんうん。きょーかんはそーゆーとこ紳士的だからねー」
ケラケラと笑いながら奏がポンポンと肩を叩いて来る。
(むぅ…………)
それを隣の席から横目で見ながら少し頬を膨らませる桜彩。
「いやいや、男なんて一皮むければみんな同じだって」
「同じじゃねえよ」
肩を組んで来た武田の手を嫌そうに引きはがしながら答える怜。
確かにこれでも性欲というものは持っているのだが、ここまで露骨な相手と一緒にされたくはない。
それに女性だったら誰でも良いというわけでもないのだ。
恋人になって欲しい相手はただ一人だけ。
「うんうん。確かに光瀬君は武田とかとは違うって」
「そうそう。でもそんな初心なところ、実は可愛いよねーっ」
「可愛いとか言うな」
きゃいきゃいと女子からからかうような言葉が飛んで来る。
少し照れてしまいそっけなく言葉を返す怜。
色々な意味で安全だと思われているのは嬉しいのだが。
(むぅ…………)
そんな怜と女子の絡みを見て、桜彩は更に機嫌が悪くなっていった。




