第336話 女子会 ~からかわれるクールさん~
とあるカラオケルームの一室。
高校二年生の女子が何人も集まったそこは、女子高生のカラオケという例に漏れずにかなりの盛り上がりを見せている。
今も奏がマイクを手に大声を張り上げており、他の皆もそれを全力で盛り上げている。
「ふーっ! すっきりした―っ!!」
歌い終えた奏がマイクを置いて座り込み、額に浮かんだ汗を拭う。
熱くなった体を冷ます為か、テーブルに置かれていたコーラを炭酸など気にせずに一気に飲み込む。
「ぷはーっ! コーラ美味ーっ!」
男子と一緒の時にはおそらく絶対に見せない姿。
充実感が感じられる笑顔が眩しい。
「次は蕾華だよね!」
「それじゃあ奏、デュエットする!?」
「あっ、それ良いね! やろっ!」
土曜日、同学年の女子が何人か集まってカラオケをすることになった。
前日に発起人である奏に誘われた桜彩も怜にその旨を伝えたので食事についての心配はない。
何を歌おうかと考えていると次の曲のイントロが流れ出し、蕾華と奏が共にマイクを持って歌いだす。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あーっ、疲れたーっ」
「なんか頼む?」
「そうしよっか。メニュー見せて」
「はいこれ。あっ、これ美味しそう!」
数時間歌っていると、歌によりカロリーが失われた為か皆少しばかりお腹が空いて来る。
一応ドリンクバーとソフトクリームバーは利用していたものの、とはいえ高校生、それだけでお腹は満たされない。
故に小腹を満たそうと軽食のメニューに目を向けて、皆で摘まめるメニューを探す。
「とりまポテトでオッケー?」
「そうだなー、他にもなんか欲しくね?」
「からあげとか?」
「それはちょっと重いなあ」
「ポップコーンは?」
「「「それだ!」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくすると注文した軽食が部屋の中へと運ばれてくる。
ポテトのソースは定番のケチャップやマヨネーズに加えてチリソースとチーズソース、チョコソースが付いている。
ひとまず歌うのを中断し、早速皆でポテトへと手を伸ばして思い思いの味付けで口へと運ぶ。
「ん~っ、こういったジャンクなのも美味しいです」
マヨネーズを付けたポテトを食べた桜彩がうっとりとした笑みを浮かべながら呟く。
もちろん普段の怜の料理も好きだし、もしこのポテトと怜の料理のどちらかを選べと選べたら考えるまでもなく怜の料理を選ぶことは間違がない。
とはいえこういった物も普通に美味しく食べられる。
続いてチョコソースを付けてもう一本。
ポテトの塩味とチョコレートの甘さが妙にマッチしてこれもこれで美味しい。
「あははっ。クーちゃんって本当に美味しそうに食べるよね」
「うんうん。ていうか、普段から結構量食べるよね」
普段から怜(や蕾華や陸翔)と過ごす機会が多い桜彩だが、今回のように複数人の女子と共に出かけたことも何度かある。
その際の桜彩の食事を思い出しながら、これまであまり接点の無かった同級生の一人がふと呟く。
「えーっ、クーちゃんってそんなに食べるの?」
「そーだよー。そこがまた可愛いんだけどさ」
「ふーん。意外ーっ」
「う……」
次のポテトを摘まんだまま桜彩の顔が赤くなって下を向いてしまう。
「あははっ。でもいーじゃん。それがサーヤの良いとこだって」
「うんうん。なんだか見てる方も幸せになってくるよねー」
「あっ、それ分かるーっ!」
「だよね。本当に美味しそうに食べるしさあ」
蕾華と奏の言葉に他のクラスメイトもうんうんと頷く。
それを聞いて桜彩もゆっくりと顔を上げて、摘まんでいたポテトを口に含む。
「あ、でもくクーちゃんってさあ」
「……はい?」
咥えていたポテトを口に入れて急いでそちらの方を向く桜彩。
「好きな人の前でもやっぱたくさん食べるのかな?」
同級生の一人がふと思ったことを口にする。
「……むぐっ!」
予想外の言葉に桜彩の脳内に一人の男性、怜の姿が思い浮かび、食べていたポテトでむせてしまう。
慌てて目の前にあったオレンジジュースを飲み、ポテトごと胃の方へと流し込む。
「ごほっ、ごほっ。す……好きな人って……」
「あ、うん。ほら、今後クーちゃんに好きな人が出来た時とか彼氏が出来た時とかどうなのかなって」
もしかしたら、怜のことがバレているのか。
そう思ったのだが、どうやらその心配は杞憂だったようだ。
単なる女子トークの話題の一つであり、他意はなさそうなので安堵する。
「あれ? もしかしてもう彼氏でもいるの?」
ニヤニヤとした目を向けながら奏が意地悪いことを聞いてくる。
「えっ、ウソっ!?」
「マジで? 誰?」
「い、いないですよ!」
奏の言葉に気色だった皆の声を慌てて大声で否定する桜彩。
そう、彼氏は『まだ』いない、まだ。
「んーっ、ホントにー?」
「隠したりしてるんじゃないの?」
「ね、ね! ぶっちゃけどこまでいった?」
「だ、だから居ないですって!」
奏同様ニヤニヤとした目を向けて来る皆の言葉を大慌てで否定する。
(そ、そりゃあ、怜とそうなりたいとは思ってるけど……)
恥ずかしさを隠すようにストローに口を付け、残ったオレンジジュースを少しずつ飲む。
「ていうかさ、クーちゃんに限らず女の子って実は結構食べるよね?」
「うん。それで気付いたら体重がね……」
「でもさ、女の子が大食いって引かれないかな?」
耳に届いた会話に摘まんだポテトを眺めながら固まってしまう。
(えっ……。よく食べる女子って引かれちゃうの……?)
考えたことは無かったのだが、世間的にはそうなのか。
(も、もしかした怜も……? そ、それに私のこと『食うル』って……)
自分の想い人はどうなのだろうか、もしかしたら引かれてしまうのではないか。
しかもこれまでに何度も『食うル』と呼ばれており、大食いだと思われていることは間違いない。
そんなことを思ってしまうと手に持ったポテトを口に運ぶ勇気が出ない。
「そりゃあ人によるでしょ。気にする人は気にするし、気にしない人は気にしないんじゃない?」
顔を上げて言葉が聞こえた方を向くと、そんな桜彩を見かねた蕾華がフォローを入れてくれる。
「例えばりっくんとかれーくんとかはそういうの全く気にしないしね。アタシもあの二人の前で結構量食べてるし」
「うんうん。確かにきょーかんもミカもそういうのは気にしないよね」
蕾華と奏が顔を合わせてうんうんと頷き合う。
「あ、それ分かるーっ!」
「御門は分からないけど、たしかにきょーかんはそんな感じだよねー」
蕾華は普段から怜と陸翔と共に食事する時にそこそこの量を食べるし、奏をはじめとする家庭科部員も部活で共にお菓子を食べる機会が多い。
「そもそもこの前もさ、れーくん『作った料理を美味しく食べてもらえるのは嬉しい』って言ってたしね」
「あー、光瀬君、そんなこと言ってたねー」
先日のクラスでの恋バナのことを思い出す。
(そ、そうだよね……! だ、大丈夫だよね……!)
蕾華の言葉に何とか不安を振り払う。
「ってかさー、蕾華、そんなに食べるのにその体形は反則でしょ!」
すると女子の内の一人が不満そうな目を蕾華へと向けて恨めしそうに呟く。
「えっ? そうでもないでしょ」
「そうだって! ねえみんな!?」
「うん! 下手な男子より食べるくせにスタイル良いしさー」
「羨ましいよ、本当に」
「なんで太んないのよーっ! もっと肉付けなさいよ!」
周囲からのブーイングを一身に浴びる蕾華。
もっとも皆も本気で恨んでいるわけではないのだが(羨ましいのは本気)。
「そりゃあアタシは結構運動するからね。ってか胸の方にも肉付いてないし」
ぺちゃんこというほどでもない、というより蕾華のスタイルは良いのだが、姉である瑠華に比べて蕾華の胸が小さいのは事実だ。
まあ陸翔がそういったことを気にしてない以上、蕾華としても特段コンプレックスに思っているわけでもないが。
「ってことはやっぱクーちゃんだよねーっ。たくさん食べてスタイル良くて胸も大きいとかさ」
「あーあ。それに勉強も出来るしね。天に二物を与えられてるよー」
「え、そ、そんなことは……」
褒められて照れる桜彩。
「あーあ、こんなクーちゃんの彼氏っていったい誰だろーねー」
「きっと幸せだよねー」
皆がニヤニヤと眺めて来る。
「だ、だから彼氏なんて居ないですって!」
その後も歌ったり女子トークしたり食べたりと、カラオケボックスでの女子会は大いに盛り上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいま、怜」
「桜彩。おかえり」
夕方カラオケから戻って来た桜彩が怜の部屋を訪れる。
「カラオケどうだった?」
「うん、楽しかったよ。これまであまり話したこと無かった人も居たんだけど、でも実際に話してみるととっても話しやすくて」
「ああ。みんな前から桜彩と話したいって言ってたからな。良い機会だったんじゃないか?」
これまで桜彩とあまりかかわってこなかったクラスメイトや家庭科部員も桜彩ともっと関わり合いを持ちたい、と言っていた。
この様子を見る限り、それは成功したのだろう。
「あっ、そうなんだ。うん。クラスのみんなとももっと仲良くなれたよ」
「それは良かった」
過去のトラウマから人を信用出来ず、距離を取るようになった桜彩。
それゆえに転入してきた当初は『クールさん』『クーさん』『クーちゃん』等とあだ名されるほどクール系美人として振る舞うこととなった。
しかし本来の桜彩はその外殻とはかけ離れた、とても明るく優しい人だ。
こうして本来の姿を徐々に皆に見せることが出来るようになったのは怜としても嬉しい。
(……まあ、こうした桜彩の姿を独り占めしたいってのはあるんだけどな)
多少なりとも、こうした可愛い桜彩の姿を自分一人の者にしたいという独占欲はある。
とはいえ桜彩が他の皆と仲良くなるのが嬉しいことに変わりはない。
「こうして私がみんなと仲良くなれたのも怜達のおかげだよ。本当にありがとね」
「桜彩が努力したからだって」
お互いに顔を合わせて笑い合う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあいただきます」
「いただきます」
今日の夕食は二人の大好物の肉巻き。
それが大皿にたくさん盛られている。
普通であれば二人で食べる一食の量ではないのだが、怜と桜彩ならばこの程度は問題無い。
さっそく肉巻きを口いっぱいに頬張る
「ん~っ!! やっぱり怜の肉巻きは最高だよ~っ!」
本当に幸せそうにうっとりとする桜彩。
先ほどカラオケで食べたポテトなども美味しかったのだが、やはり怜の料理、それも肉巻きは別格だ。
「ははっ、ありがと。……うん、美味しいな」
「だよねだよね! うん、本当に美味しいなあ」
幸せそうな桜彩を見て、怜の顔に笑みが浮かぶ。
その視線に気付いて、肉巻きを箸で持ったまま桜彩が不思議そうに怜を見る。
「どうかした?」
「いや。こうして桜彩が美味しそうに食べてくれるのって本当に嬉しいなって。俺の作った料理を美味しいって言ってくれるのを見ると、本当に幸せだよ」
「ふふっ。それなら何度でも言うね。美味しい美味しい美味しい美味しい美味しいっ!」
二人で料理に舌鼓を打ちながら、桜彩はカラオケでの会話を思い出す。
(うんっ! やっぱり怜はそうだよねっ!)
下手に遠慮して食べる必要は無い、むしろこうして美味しく食べてもらえることに幸せを感じる人だ。
(私、怜を好きになって本当に良かったなあ)
そして桜彩が次の肉巻きに箸を伸ばそうとすると、それよりも早く目の前に肉巻きが差し出された。
「はい、あーん」
「あっ……。ふふっ、ありがとっ! あーん」




