第335話 動物の検診にて
「にゃあ!」
「みゃあ!」
「バゥゥッ!」
日曜日の午前九時半、虹夢幼稚園へと到着した桜彩と怜を、クッキー、ケット、バスカーの三匹が飼い主である陸翔と蕾華と共に出迎えてくれる。
大好きな怜の姿を見て三匹共本当に嬉しそうだ。
「怜、さやっち、おはよ」
「二人共おっはよーっ!」
「おはよう、みんな」
「おはよう」
本日は日曜日ということで幼稚園は休日である。
よって怜達もボランティア部として幼稚園を訪れたわけではない。
「にゃ~ご」
「な~ご」
早速クッキーとケットが大好きな怜の足下へと寄って行って、その体を怜の足へとこすりつける。
怜が足下の二匹をそっと抱くと、二匹は嬉しそうに胸へと顔をこすりつける。
「ふふっ、可愛いなあ」
「桜彩。撫でてみるか?」
「うんっ!」
抱いた二匹を桜彩の方へとそっと向けると、桜彩も満面の笑みで怜に抱えられた二匹を撫でる。
「にゃ~」
「な~」
気持ち良さそうな声を鳴らす二匹。
ひとまず二匹を堪能してから地面へと降ろし蕾華がゲージに入れる。
そして陸翔が座っていたバスカーへの待機命令を解除したので今度はバスカーが怜の元へとやってくる。
嬉しそうにじゃれてくるバスカーに、怜と桜彩は腰を下ろして頭や体を撫でていく。
「バウッワフッ!」
クッキーやケットに負けず劣らず気持ち良さそうな声で鳴くバスカー。
こちらも一通り撫でたところで幼稚園のベンチへと腰掛け一息つく。
「藤崎先生は十時くらいに来てくれるんだよな?」
「ああ。いつも通りにな」
藤崎先生、本名は藤崎幸也という五十代の男性で職業は獣医。
本日は虹夢幼稚園で飼育している動物の定期健診の為、ここを訪れることになっている。
蕾華が自宅からクッキーとケットを連れてきたのは、ついでにバスカーを含めた三匹の検診も行う為だ。
怜とは八年と少し前、まだクッキーが怜の家で飼われていた時からの付き合いでもある。
その後の出来事により怜は動物に触れなくなってしまったが、その間もバスカー達の診察に立ち会っていた為に交流は途切れていない。
猫好きの桜彩と雑談する時にたまに話題に上がることもあった。
「良い獣医さんだって怜が言ってたよね」
「ああ。腕も人柄もな」
「ワンッ!」
怜の言葉に同意するように足下のバスカーも声を上げる。
「へえ、私も会うの楽しみだなあ」
「ふふっ。サーヤ、診察の風景とか実際に診たら驚くよ」
「うんっ。怜から聞いてるんだけど楽しみだなあ」
その後、四人は幸也が来るまで三匹とゆっくり過ごしていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こんにちは。今日はいつもよりも多いんだね」
診察に訪れた幸也が桜彩を見て一言。
「はい。アタシの友達です。アタシと同じで猫好きなんで誘ってみました」
面識のある蕾華がそう桜彩を紹介する。
「渡良瀬桜彩と申します。よろしくお願いいたします」
「これはご丁寧にどうも。藤崎幸也です」
互いに自己紹介を終えると早速診察に入る。
まずは飼育小屋のウサギから。
「バスカー。ウサギをとどめてくれよ」
「バウッ!」
陸翔の言葉に任せろとばかりにバスカーが吠える。
飼育小屋にバスカーが入ると、中のウサギ達はすぐにバスカーへと群がっていく。
「犬とウサギを一緒にするのって大丈夫なの?」
「ああ。むしろ犬とウサギは相性が良い。それに陸翔が時間を掛けて慣らしていったからな」
自分の家でペットとして飼っている犬と、幼稚園のゲージで飼育されているウサギ。
彼らを怯えさせないように、時間を掛けてお互いのことを教えながら徐々に慣らしていった。
その甲斐あって今ではとても仲が良く、こうしてバスカーの背に乗って休んでいるウサギもいる。
「わあっ、可愛い!」
それを見た桜彩がスマホで写真を撮っていく。
もちろん桜彩にとって一番好きな動物が猫であることに変わりはないのだが、バスカーも大好きだ。
「ふっ。さやっちもついに犬はに鞍替えだ」
「何言ってるのりっくん! サーヤは猫派! それは絶対に変わらないから!」
そんな言い合い(いちゃつきあい)をしている間に、幸也はバスカーに群がっているウサギを次々に診察していく。
手に抱えられて驚く個体もいるのだが、その全てが幸也に一撫でされるとすぐに大人しくなってしまう。
幸也はウサギのお腹をさすったり、顔を撫でたり、耳をぴょこぴょこと動かしてみたり、傍から見れば戯れているような触診を繰り返していく。
「うん。この子は大丈夫だね。それじゃあ次だ」
抱えていた個体を地面に戻し、次の個体を手に取る。
「わあっ、本当にそうやって触診するんだね」
作業を見ていた桜彩の口から驚きの声が漏れる。
聞いてはいたのだが、実際にこうして見ると改めて驚かされるのだろう。
そのまま全ての個体の触診が終わり、次いでクッキー、ケット、バスカーの検診も終わりとなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そうか。怜君は動物に触ることが出来るようになったのか」
「はい」
「そうか。それは良かったね。おめでとう」
「ありがとうございます」
怜が再び動物に触ることが出来るようになったと伝えると、幸也も自分の事のように喜んでくれる。
「そういえば怜君達は二年生だよね。進路については考えているのかい?」
図らずも先日から悩んでいる進路の話題になった。
「そうですね、陸翔と蕾華は幼稚園の関係で決まっているのですが、私と桜彩についてはまだ何も決まっていません」
怜の答えに幸也はゆっくりと頷く。
「そうなのか。でも怜君は動物に触れるようになったのなら、動物関係の仕事について考えたりはしないのかい?」
「動物、ですか?」
幸也の言葉を聞いて少し考えてみる。
確かにそれについては考えたことは無かった。
「うん。私の獣医をはじめとして、トリマーやドッグトレーナー、ブリーダーや動物園のスタッフと色々とあるだろう」
「そう、ですね。言われてみればそちらの方も選択肢としてはあるかもしれませんね」
「と言っても絶対に動物の方に進めと言っているわけではなく、あくまでも選択肢の一つとして考えてみると良いよ」
「はい。ありがとうございます」
確かに動物関係の仕事というのは盲点だった。
動物の検診に付き合ってみたら、予想外のアドバイスを貰うことが出来た。
「怜君は昔から動物に好かれるからね。こうして見ていても、昔飼っていたクッキーだけではなくバスカーやケットととも信頼を築けている。動物関連の仕事に進むのだとすれば、それは大きな長所になるよ」
「確かにそうですね。バスカーはセラピードッグの資格を持っていますし、動物関係の仕事だとアニマルセラピストとかもありますよね」
「うん。その際は福祉系の資格も持っておいた方が良いよ。病院や介護施設と密接な関わりを持つことにもなるからね」
「はい」
アニマルセラピストとしての資格を持つバスカーは、昨年他の大学のボランティア部と共同の活動で病院を訪れた時に手伝いをしてもらった。
特に病院に入院している子供達からの受けが良い人気者だ。
「ちなみに先生は獣医という職業ですけれど、そちらについて聞かせていただけませんか?」
「うん。一番の難関は獣医学部に入って正規過程を収めること。偏差値は六十以上だよ」
「六十ですか」
偏差値が六十以上、ということは大体上位二割弱、むしろ一割強といったところだ。
とはいえ怜の学力であればその条件はクリア可能だろう。
「その後、獣医資格の国家試験に合格すること。合格率は七割強。新卒だともっと高いけれどね」
「なるほど」
ハードルは高いが越えられないほどではない。
とはいえここで将来を決めてしまうのも早計だ。
「ありがとうございます。選択肢の一つとして考えてみますね」
「ああ。まあ獣医学部を受けるかどうかを決めるまでにはまだ時間もあるわけだしね。獣医に限らず動物関係のことでなにか気になることがあったら遠慮なくクリニックに来て構わないよ」
「はい。相談があればお伺いしますね」
話が終わったところで、四人で幸也にお礼を言って別れる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「怜、さっき先生と何を話してたんだ?」
「進路について少しな。動物関係の仕事もあるってアドバイスを貰ったよ」
それを聞いて桜彩が目を輝かせる。
「あっ、それ良いかも。怜は動物に好かれるし」
「そうだな。獣医になって藤崎先生のとこに勤めるのも良いんじゃないか? それで将来は怜にウチの動物を診てもらおう」
「うんうん。そっか。確かに獣医ってのも有りだよね」
三人共その選択肢を肯定的に捉えてくれる。
こうして三人に背中を押されるのも怜としては嬉しい。
「ああ。獣医の他にも動物と関わる仕事は色々とあるしな。先生にも言ったけど、選択肢の一つとして考えてみようかなって。今度色々と調べてみるよ」
そう言って、足下のバスカーへと視線を向ける。
「バウッ?」
不思議そうな表情で見てくるバスカーを、ゆっくりと撫でる。
(獣医、か。うん、それも有りかもしれないな)




