第334話 七夕③ ~本当の願いは~
店内で軽く涼んだ後は、再び四人で散歩を再開する。
出店を冷かしたり写真を撮ったりしながら進むと、ついに目的地である神社へと到達する。
一通り参拝を終えた後、神社の中の大広場へと移動するとその光景を見た桜彩の口から驚きの声があがる。
「わあっ、凄い!」
そこにあるのは何本もの長い笹。
数えきれないほどの願い事が書かれた短冊が吊るされている。
怜達もこれを書いて吊るすのが今日の一番の目的だ。
「こうしてみると圧巻だなあ」
「そうだね。私、ここまで凄いの初めて見るよ」
ここまで来る道中にも豪華な七夕飾りが多かったのだが、これはそれらとは比べ物にならない。
加えて人も多く、大きな広場が人で埋め尽くされている。
周囲の屋台やキッチンカーの方も長蛇の列が出来ている。
「二人共願い事は決めて来たのか?」
「ああ。俺は決まってる」
「うん。私も決まってるよ」
「それじゃあ早速書きに行こっ!」
四人揃って短冊を書くスペースへと向かう。
テントの下には長机がいくつもあり、そこで何人もの人達が願い事を書いている。
少し待つと怜達の番になったので、それぞれ短冊とペンを取って願い事を書き始める。
あらかじめ願い事は決めていたので、時間を掛けずにすぐに書き終えて場所を移動する。
「それじゃあ吊るす前に全員で見せ合うか?」
「俺は構わないけど桜彩は?」
「私も問題ないよ」
「アタシも。それじゃあせーのっ!」
蕾華の合図で四人揃って短冊を見せ合う。
そこには
『いつまでも皆でいられますように 光瀬怜』
『みんなが笑顔でいられる毎日を 渡良瀬桜彩』
『皆で幸せな毎日を送れるように 御門陸翔』
『ずっとみんなと過ごせますように 竜崎蕾華』
それを見た四人が一瞬真顔になり、そして吹き出してしまう。
全員が全員の未来を願っている。
「あははははっ。みんな似たようなこと書いてるなっ!」
「本当だね。私達みんな、何を書くって言ってなかったのに」
「凄いよな」
「それじゃあみんなで一緒に吊るそっ!」
そして四人で笑い合いながら笹へと短冊を吊るす。
仲良く風に揺れる四枚の短冊。
四人同じ願いなのだから、神様も叶えやすいかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ところで怜。一応聞いとくけどよ、お前はあの願い事で良かったのか?」
蕾華と桜彩から少し距離を取ったところで(一応、ナンパの警戒としてそこまで離れてはいないが)陸翔がそう耳打ちして来る。
なんとなく陸翔の言わんとしていることの意味が分かったので、桜彩と蕾華の方をちらりと見て、二人がこちらの方に注目していないことを確認する。
「俺も一応聞いとくけどどういう意味だ?」
「一番の願いはそれじゃないだろってことだよ」
「まあ、そういうことだろうとは思ったけどな。でも一応ってことはまあなんとなくは分かってるんだろ?」
「そりゃあな」
陸翔がニヤリと笑ったので、怜も同じように笑って相手の胸に軽く拳を当てる。
すると陸翔も同じように怜の胸に拳を当てて来る。
「察しの通りだよ。そりゃあ、俺だって今一番叶えたい願いは他にあるけどさ、それは神頼みする物じゃないから」
「だな。お前ならそう言うと思ったよ」
陸翔の言う通り、怜にとって一番の願いは桜彩へ恋心を伝える事。
そして、桜彩と恋人同士になりたい。
しかしそれは神頼みするのではなく、自分自身で叶えるものだから。
だから、この願いを短冊へと書くことはしない。
「で、そんな当たり前のことを聞こうと思ったわけじゃないだろ?」
「話のとっかかりだよ。前に言ってたよな、さやっちに自分の気持ちを伝えるって」
「ああ。俺のこの気持ちはちゃんと桜彩に伝えるよ」
ダブルデートのあの日。
桜彩のことを好きだと自覚したあの日に誓った通り、この気持ちはいずれ桜彩へと伝える。
すると陸翔は蕾華と桜彩の方を再び確認して、怜の肩に手を回すと小さな声で問いかけてくる。
「……ぶっちゃけ、今日はどうなんだ? 七夕祭りで雰囲気としては良い感じじゃねえか?」
「……考えなかったと言えば嘘になるけどさ」
苦笑しながら答える怜。
実際に陸翔の言う通り、それは一度考えてみた。
七夕祭りのロマンチックな雰囲気の中、桜彩へと自らの思いを口に出して伝える。
だが――
「だけどさ、その、この場で告白ってのはまず無いだろ? それに時間的にもこの後ってもう普通に帰るだけだしな」
「まあ、そうだな。終電考えればそんなに時間はないよな」
「そうなってくるとさ、ここで良い雰囲気になった後、電車に乗って地元に戻って、それでやっと告白ってのもなんか下がるなって」
「なるほどな……」
せっかくのロマンチックなシチュエーション。
であればそんなロマンチックな雰囲気のまま告白したい。
とはいえもちろんこのような衆人環視の中で告白など出来はしないし、かといって自宅に戻っては雰囲気がまた違って来る。
「そっか。残念だったな」
「悪いな、せっかく誘ってくれたのに」
「気にすんなって」
肩に組んでいた手を外し、にこりと笑って怜の胸を拳で突く。
この七夕祭りデートは陸翔と蕾華が提案した物。
怜と桜彩をロマンチックな雰囲気に巻き込んで告白しやすい空気を作ってくれたことは当然怜も理解している。
「一生に一度のことだからな。オレや蕾華に巻き込まれずに、自分で納得出来る形で勝負しろって。もちろんオレも蕾華も協力するからな」
「ああ。ありがと」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ねえサーヤ、一応聞いとくけどさ、サーヤはあの願い事で良かったの?」
怜と陸翔が少し離れたと思っていたら、蕾華が桜彩へと耳打ちする。
桜彩もなんとなく蕾華の言わんとしていることの意味が分かったので、怜と陸翔の方をちらりと見て、二人がこちらの方に注目していないことを確認する。
「え、えっと、それって、その、そういうことだよね?」
「うん。そういうことだと思う」
念の為に桜彩が問いかけると、蕾華は力強く首を縦に振る。
「うん。蕾華さんの言う通り、私が今一番叶えたい願いは他にあるよ。でもこれは神頼みするような願いじゃないから」
「だよね。サーヤならそう言うと思ったよ」
桜彩の返答に蕾華はやっぱりな、というように苦笑する。
蕾華の言う通り、桜彩にとって一番の願いは怜へと恋心を伝える事。
そして、怜と恋人同士になりたい。
しかしそれは神頼みするのではなく、自分自身で叶えるものだから。
だから、この願いを短冊へと書くことはしない。
「えっと、話ってそれだけじゃないよね?」
まだ数か月の付き合いとはいえ、もはや親友とも呼べる関係だ。
よって蕾華の話がそれで終わりではないことは良く分かる。
「うん。前に言ってたよね、れーくんに自分の気持ちを伝えるって」
「うん。私のこの気持ちはちゃんと怜に伝えるよ」
初デートのあの日。
怜のことを好きだと自覚したあの日に誓った通り、この気持ちはいずれ怜へと伝える。
すると蕾華は怜と陸翔の方を再び確認して、桜彩の肩に手を回す。
そして小さな声で問いかけてくる。
「……ねえ、今日はどうなの? 七夕祭りで雰囲気としては良い感じじゃない?」
「……考えなかったと言えば嘘になるけどさ」
周囲をちらりと見回してみる。
七夕祭りのロマンチックな雰囲気の中、怜へと自らの思いを口に出して伝える。
そう、それは一応考えたことだ。
「だけどさ、その、さすがにこの場で告白は出来ないでしょ? それにこの後はもうアパートに帰らなきゃならない時間だし」
「うん。まあそんなにゆっくりはしてられないよね」
「そうなってくるとさ、告白するのってこの七夕祭りが終わったずっと後、アパートの方に戻ってからでしょ?」
「ああ、そういうことね……」
せっかくのロマンチックなシチュエーション。
であればそんなロマンチックな雰囲気のまま告白したい。
とはいえもちろんこのような衆人環視の中で告白など出来はしないし、かといって自宅に戻っては雰囲気がまた違ってくる。
「そっか。残念だったね」
「ごめんね、せっかく誘ってくれたのに」
「気にしないでって」
すると蕾華は桜彩の後ろに回ってぎゅっと抱きしめて来る。
「わっ、ら、蕾華さん!」
「あははははっ!」
「も、もう……」
いきなり抱きついてきた蕾華に慌ててしまう桜彩。
戸惑う桜彩を蕾華は笑ったまま抱きしめ続ける。
そんな蕾華に桜彩も苦笑してされるがままになってしまう。
この七夕祭りデートは蕾華と陸翔が提案した物。
桜彩と怜をロマンチックな雰囲気に巻き込んで告白しやすい空気を作ってくれたことは当然桜彩も理解している。
「なんたって人生最大の大勝負なんだからさ。アタシやりっくんに流されずに、サーヤの納得出来る形で勝負しなって。もちろんアタシもりっくんも協力するからね」
「ふふっ。ありがと」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあそろそろ帰ろうか」
「そうだね。あ、そうだ。一度四人で写真撮って帰ろっ!」
桜彩の提案に残る三人がノータイムで首を縦に振る。
そして陸翔がスタッフにスマホを渡して四人一緒の写真を撮ってもらう。
「あ、すみませーん。こんどは二人ずつ取ってもらえませんか?」
四人一緒の写真を撮り終えた後、陸翔が蕾華の手を取ってそう頼む。
陸翔と蕾華のツーショットを取り終えたとなると、当然残るは怜と桜彩。
「……桜彩」
「うん」
怜がそっと桜彩へと手を差し出すと、はにかみながらその手を取って横へと並んで来る。
この写真も怜の誕生日プレゼントのデジタルフォトフレームに表示されることだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うんうん。やっぱりお似合いだよねえ」
「本当にな。まあ今日は告白って感じじゃなかったけど」
「だよね。でもさ、あの二人、ゆっくりだけど前に進んでる気がするんだよね」
「それは確かにな」
それは二人の親友としての感。
今までとは変わらず無自覚にイチャイチャしているようで、しっかりとお互いに前へと進んでいる。
本当に後少し。
そう予感させる七夕の日だった。
次回投稿は月曜日を予定しています




