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【第十章前編 クリスマス】隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった  作者: バランスやじろべー
第六章後編 将来の夢と夏休みに向けて

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第331話 進路調査③ ~『光瀬 桜彩』~

「二人がそう言ってくれるのは嬉しいけどさ、俺は飲食関係は多分無いかなあ」


 しかしそんな桜彩と蕾華の考えを怜はどこか達観したように否定する。


「えっ、何で?」


「私も良いと思うけど」


「うーん……。料理が好きだからこそ、だな」


 怜の返答に二人が首を傾げる。

 そんな二人に怜は苦笑して


「ほら、やっぱり人の好みって千差万別だから、口に合う合わないはどうしても出て来ると思うんだよな」


「まあそれはしょうがないんじゃないか?」


 首を傾げる陸翔。

 それはどこの飲食店であれ同じだろう。


「まあな。でもさ、やっぱり自分の作った料理を食べた人に微妙な顔をされるのって悲しいものなんだよ。特に残されでもしたらな」


「あ……。そうだよね」


「そういうことかあ」


 その説明で桜彩と蕾華も納得したように頷く。

 料理が好きだからこそ、それを食べた人には美味しいと言ってもらいたい。

 しかし皆に美味しいと思ってもらうのは現実的には不可能だろう。

 口に合わずに残された料理を見てしまったら、もしかしたら料理自体を嫌いになってしまうかもしれない。


「あ、なになに、みんな、悩み事?」


 そこへ望がデキャンタ―を持ってやって来た。

 空いたグラスへとデトックスウォーターを注いでくれる。

 その姿を見た怜は


(あ、そうか。社会人として望さんに聞いてみるのも有りか)


 将来という点で、こうして社会人として仕事をしている望に意見を聞くのも参考になるだろう。

 幸いなことに今は怜達の他に客はおらず、少しくらいは話し相手になってもらえるかもしれない。


「望さん。聞きたいことがあるんですけどお時間良いですか?」


「ん? 相談事? 良いよ、お姉さんが聞いてあげる!」


 年上として相談されたことが嬉しいのか、デキャンタ―をテーブルに置いた望が胸を張ってそう答える。


「実はですね――」


 そうして怜は進路について悩んでいることを望へと話した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「うーん……そういうことかあ」


 話を聞いた望が眉間に皺を寄せて考え込む。


「望さんは学生時代に進路の事とかどう考えてたんですか?」


「私? うーん、私の場合はさ、そもそもお兄ちゃんが将来お店を持ちたいって言ってたからね」


「俺がどうかしたのか?」


 すると丁度そこへ光がやってくる。

 手に持っている盆の上には四つのケーキが置かれている。


「みんな、新しいのを作ったから感想を聞かせてくれないか?」


 たまにある光の新作スイーツの試食だ。

 思いがけない幸運に怜達四人は即座に首を縦に振る。


「それで、俺がどうしたって?」


 ケーキをテーブルに置いた後、光は先ほどの話題を望にぶつける。


「あ、うん。お兄ちゃん、ちょうど良い所に来たよね。怜君達が進路のことで悩んでるみたいで、私達のことを聞かせてくれって」


「ああ。つまり学校での進路相談か」


 それだけで大体のことを察したのか納得したという風に頷く光。

 おそらく彼にも経験はあるのだろう。


「光さんは将来のことをどう考えてたんですか?」


「俺は昔からケーキとかスイーツを作るのが好きだったからな。だから将来は自分の店を持ちたいって小学生の時から漠然と思ってたよ」


「そんなに昔からなんですね」


 正直それは驚きだ。

 小さい頃に『将来ケーキ屋になりたい』なんて夢を持つ子供は多いが、その夢を真っ直ぐに持ち続ける人、持ち続けられる人は少ない。

 ましてやその夢を叶えてしまうのだから。


「中学卒業と同時に専門学校に入りたかったんだけどな。でも両親から猛反対されたんだよ。せめて高校くらいは出ておけって。それで高校卒業後に目標としていた製菓の専門学校に入ったんだ」


「なるほど」


「でもお兄ちゃんの場合はさ、お菓子を作ることに関してしか学ばなかったんだよね。そりゃあ腕前だけは同年代でもトップクラスだけどさー」


 怜としても光の腕は他の洋菓子屋からは一歩も二歩も上だと思っている。

 それはコンテストでの受賞歴からも明らかだろう。

 しかし望は不満そうに細めた目を光へと向ける。


「好きってだけじゃあやっていけないからね。だからさ、私がなんとかしなきゃなって思って一生懸命勉強したんだよ。経理とか資格とか、手続きとか」


「お、俺だってそういうのを学ぼうとは思ったさ。だから卒業後は別の店で修行もしたし」


「そこで修行して身に付いたのはお菓子を作る技術だけでしょ?」


「う……」


 そこを言われると弱いのか、光がバツが悪そうな顔をする。

 なんだかんだで自覚はしているらしい。


「それで修行して数年後、こうして独立することが出来たってわけだ。幸いなことに資金も溜まったし、学生時代や修行中に獲った賞のおかげか開店以来客入りも順調だしな」


「でもさ、夢を叶えたって言っても自分のお店を出してそれで終わりじゃないからね。こうしてお店を持ったとしても、こんどはそれでちゃんとお金を稼がなきゃいけないわけだし。それに色々と問題も出てくるのよ。例えば原価とかさ」


 そう言いながら望がジトッとした視線を光へと向ける。


「ああ、望さん、いつも言ってますもんね」


 怜もバイト中に望から愚痴を聞かされることがたまにある。

 パティシエとして最高の物を作りたい光としては、当然材料にもこだわりたい。

 しかし当然ながら良い材料というのは原価も高い。

 よって最終的にはリュミエールで出す商品の価格に影響を及ぼすことになる。


「味と値段が安定しているからリピーターが増えるんだからさ」


 確かにこのリュミエールの客層を考えれば、超高級なケーキを売るには適さない。

 光の腕ならばその値段に見合った商品を作ることは可能であろうが、それはこのリュミエールを訪れる客層に受けはしないだろう。


「分かってるよ。だから、限られた条件で、自分に出来る最高の商品を作ろうと努力してるんだ」


「言っておくけど、今の原価率だって結構ぎりぎりなんだからね」


「……まあ、現実的なことを言えば好きって気持ちだけじゃあ続けられないってことだな」


「ごめんね。なんだか変な話になっちゃって」


 手を合わせて望が謝ってくる。


「いや、それはそれで参考になりますよ」


「はい。ありがとうございます」


 好きというだけでは仕事にならない、先ほど怜達が話していた話題の具体例ということだ。

 苦労した実体験を話してくれるのは有難い。


「それにな、就職先で色々と問題が起きることもあるからな。俺の修行先はそういうことは無かったけど」


「え? どういうことですか?」


 疑問に思った怜がそう聞くと、光は悩み顔で厨房の方を向く。

 丁度そこへ光と同じパティシエ服を着た男性が、ショーケースの中身を補充する為に厨房から出て来た所だった。


「おーい、国東くにさき。ちょっと良いか?」


「あ、はーい」


 国東と呼ばれた男性が商品を補充したところで怜達の席に向かって歩いて来る。

 国東晴臣くにさきはるおみ

 先日、このリュミエールで働くことになったパティシエだ。

 光の製菓学校時代の後輩ということで、先日別の店から移籍してきた。


「こんにちは、晴臣さん」


「ああ、怜か。今日は客なのか。えっと、他の三人は……」


「怜君の学校の友達よ」


 面識のなかった三人のことを、望が簡潔に説明する。

 そして軽く挨拶を終えると先ほどの話を大まかに伝える。


「そういうことか。俺の前の働いてたとこはそういうのがあったからな。それで辞めたんだけど」


「そうだったんですか?」


「ああ。前のとこは大手ではあったんだけど色々と酷かったからな。パワハラ上司とかサビ残とか。例えば――」


 具体的に何があったのか晴臣が具体的に教えてくれる。

 怜はこれまでそういったことが一切ないホワイト職場のリュミエールでしかアルバイトをしたことがない。

 パワハラやサビ残という言葉自体は知ってはいたが、こうして実際に当人の口から聞くと中々にえげつない。


「こうしてみると、やっぱり将来を決めるのって大変なんですね」


 社会人として生活している三人の言葉の重みを感じ、深々と頷く怜。

 やはり学生やアルバイトと言った立場とは大きくモノが違ってくる。


「そりゃあそうだろ。何しろ一生に関わるって言っても過言じゃないからな」


「そうそう。だからこそ焦って決める必要なんて無いの。大学で好きなことを学びながら、ゆっくりと考えるのも一つの選択肢よ」


 野畑兄妹の言葉にゆっくりと頷く。 


「ただな、別にそれが一つの答えってわけじゃないからな。仕事は仕事として割り切るってのもアリだ」


「割り切り、ですか?」


「ああ。やっぱり仕事って好きな事だけをしていればいいってものじゃないから。前の店の同僚なんかな、そういう辛い時は仕事が終わった後、家でゲームするのを楽しみに頑張ってたりもしたんだ。まあ、サビ残で帰ったら飯食って寝るだけだったみたいだけど」


「そうだな。国東の言う通り、自分がやりたかった仕事に就いても理想と現実のギャップってのは存在する。逆にやりがいなんてものは働いてから見つけることも出来る。俺の高校時代の友達なんか適当に仕事を選んだんだが、今はそれにやりがい感じてるって言ってるぞ」


「…………なるほど。そういった考え方もあるんですね」


「うんうん。まあじっくり考えなさいって。後悔の無いようにね。……あっ、お客さん来るわね。それじゃあね」


 望の言葉に入口の方を見れば、扉の向こうに人影が見えた。

 それをきっかけとして話が終わり、光と晴臣も厨房へと戻って行く。


「中々深い話だったよね」


「オレなんかも将来は幼稚園の経営を継ぐって決めてるけどさ、やっぱ問題に直面することも出てくるわけだよな」


「うん。でも後悔の無いように、かあ」


「ま、とりあえず俺は進学って書いておくか」


 その後も進路、将来について話し合いながらリュミエールで過ごしていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「進路、かあ」


 夜、怜と別れた桜彩は自室の勉強机に向かって一枚の紙と向き合う。

 学園で配られた『進路調査票』。

 進学自体は桜彩の中で確定しているが、どこを選ぶのかはまだ未定だ。


(そもそも、私が将来どうしたいか、だよね)


 ふう、とため息を吐く。

 逃げるように転校してきて将来のことを考える余裕など無かった。

 加えて先ほどのリュミエールでの話の内容を思い出すと、もう考えがまとまらない。


(将来、かあ。私は将来……)


『『彼氏の所に永久就職』なんて書いちゃダメだからねーっ!』


 先ほどの瑠華の言葉が思い出される。


(将来は、怜のお、お嫁さんに……)


 いつも優しく助けてくれた、最愛の人の所に永久就職したい。

 進学、就職、どのようなルートを辿ろうとも、そこにたどり着くことの出来るように。

 それが桜彩にとって目指すべき将来であることに違いはない。

 シャープペンシルを取って、第一希望の欄へと記入する。


『怜の所に永久就職』


「ふふっ。怜の所にえ……えいきゅう……しゅ、しゅう……しょく…………」


 記入した文字を恥ずかしさでつかえながら読み返す。

 顔が真っ赤になってしまったのが自分でも分かる。


「で、でも本当のことだもん……。怜の所に永久……就職したいのは…………」


 恥ずかしさに口を窄めながら、誰にでもなく言い訳のようなことを口にする。

 さすがにこのまま提出することは出来ないが、提出期限である夏休み明けまでに直せばいいだろう。


(と、とりあえず名前だけ書いておこうかな……)


 提出者の欄に『渡良瀬 桜彩』と書いたところでふととある考えを思いつく。

 そして消しゴムで名前の欄を消し、新たに名前を書き直す。

 提出者の欄に書かれた名前は『光瀬 桜彩』。

 将来、怜と結婚した後に名乗る予定の名前。


「ふふっ……。光瀬、桜彩。みつせ、さや……。えへっ、えへへへへ…………」


 自分で書いた将来の名前に笑みが止まらなくなってしまう。


(こ、これもまだ、消さなくて良いよね……)


 名前の記入欄に『光瀬 桜彩』、第一希望の欄に『怜の所に永久就職』と書かれた進路調査票。

 将来を想像しながらそう記入された進路調査票を桜彩はニコニコと眺めていた。

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