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【第九章完結】隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった  作者: バランスやじろべー
第六章後編 将来の夢と夏休みに向けて

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第329話 進路調査① ~進路調査票~

「はーい、みんな行き渡ったねーっ?」


 授業終了後のホームルーム、瑠華の声が教室内へと響き渡る。

 自分の席に座ったまま、怜は机の上に置かれたたった今配られたばかりのプリントを見ながら考えこむ。

 プリントの上部には『進路調査票』と書かれており、学園卒業後の進路についての希望を記入する物だ。

 一年生の時にも同じものを配られており、その時は単に『進学』と記入している。


「はーい! 後少しで高校二年生の夏休みに入るけど、ここでの進路調査は重要になってくるよーっ! しっかりと悩んで、家族ともよく相談して夏休み明けに提出することーっ! せんせー達も相談に乗るから、必要があれば早めにねーっ」


 夏休み直前ではなくあえて七月上旬に配られるのは教師へ相談する学生の為でもある。

 怜も昨年の夏休み前には(当時は担任ではなかったのだが)瑠華に相談し、アドバイスを貰っている。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『将来、どんな仕事に就きたいか、とか特に考えてないんですよね。あ、とりあえず就職ではなく進学で考えてますけど』


『まあそうだよね。れーくんが『進学しません』なんて言ったら、うちの教師達、みんな泡吹いて倒れちゃうよ」


 領峰学園は県内有数の進学校である。

 当然ながら各大学への進学数というものは、様々な意味で重要になってくる。

 そんな領峰学園で、入試、前期中間試験を圧倒的な点数で主席を獲った怜が大学に進学しない、そのような事は教師陣としても想定出来ないだろう。

 おそらく総出で考え直すように言ってくるはずというのは怜にも分かる。


『まあとりあえずは進学とだけ書いておけば良いと思うよ』


『そうなんですか? どこの大学とか、分野とか、そういうのまで必要じゃあ?』


『うーん。だってまだ思いつかないんでしょ? さすがに三年生になる手前くらいだったらまずいけど、今の時点なら大丈夫だって』


『そういうものなんですね』


『うん。それにさ、これから進路を決めるまでに将来の夢が出来るかもしれないでしょ? そうなった時に、その夢とか職業に近づけるとこを選べば良いんだから』


『なるほど』


『あとね、職業ってよりも、自分の興味があることをもっと学ぶ為の進学だって良いわけだしさ。将来何をしたいかなんて、大学に入ってから考えることも出来るよ』


『分かりました。とりあえず理系で進学って書いときますね』


『うん。まあご両親とかにも話しながらね』


『はい。ありがとうございます』



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ふと昨年の瑠華との会話を思い出してしまう。


(進路、かあ…………)


 目の前のプリントに目を向けながら、どう記入した物かと考える。

 怜は今のところ、具体的な将来設計というものは持っていない。

 それこそ普通に進学し、なるべく安定した収入を得たいといった程度の考えくらいだ。

 一方で怜の目の前に座る親友二人については、早い段階で大まかな進路は考えている。

 陸翔は幼稚園の経営について、蕾華は保母として、また陸翔を支える為の勉強を大学で学ぶ予定だ。


(まあ、俺の場合はなあ……)


 過去のトラウマから怜は他人と深く接することが得意ではない。

 現在の領峰学園での人間関係も、陸翔や蕾華がいてくれたからこそ築けたところが大きい。

 そういった点からも、就職先での人間関係についても悩みどころだ。

 そのことを知っている陸翔からは、以前『幼稚園で一緒に働かないか?』と真剣に誘いを受けたことがある。

 当然、普通のサラリーマンの他にそれも一つの選択肢として怜の中に存在する。

 実際に陸翔や蕾華と一緒に働くのであれば人間関係という点でも問題は無いし、仕事内容についても多少は知っている。

 とはいえそれだけで選択肢を決めるわけにもいかない。


「はーい。みんな、さっきも言ったけど、今ここで焦って決める必要なんて無いからねー。しっかりと悩んで記入すること」


 もちろん進路の悩みは怜だけのものではない。

 他のクラスメイトでも悩み顔をしている者もいる。

 そんなクラス中の様子を見回して、更に瑠華が声を上げる


「去年のより遥かに重要になってくるってこと忘れないでねーっ! いい!? もう一度言うけどちゃんと悩んで、しっかりと考えて書くんだよ! 冗談で『彼氏の所に永久就職』なんて書いちゃダメだからねーっ! 分かった、らいちゃん!?」


 二十五歳にもなって未だに永久就職先を見つけられないどころかその気配すら感じられない瑠華が、妹であり彼氏持ちの蕾華を名指ししてキッと睨む。

 というか、彼氏、彼女持ちの生徒に敵対心を向けるのは教師としてどうなのだろうか。

 いや、本当に今更なことだが。

 そんな姉のやっかみを受けて、今度は蕾華が不服そうな顔をして口を開く。


「何言ってるの、お姉ちゃん! アタシがそんなの冗談で書くわけないでしょ!」


 いやだから二人共、姉妹喧嘩は家でやって欲しい。

 学内、少なくとも他に人の目があるところでは、ちゃんと教師と生徒という立場を持ってほしいものだ。

 これも本当に今更な事なのだが。

 ちなみにクラスメイト達はこの姉妹漫才はもう慣れた物で、いつもの光景として楽しんでいる。


「むーっ、らいちゃん、本当に書かないんだね!? お姉ちゃん信じるよ!?」


 妹の言葉を信じていない姉が、蕾華へと疑うような視線を向ける。


「当たり前でしょ! 冗談でりっくんの所に永久就職なんて書くわけないじゃん! 冗談じゃなく本気で書くから!」


「だからそういうことを書くなって言ってるの!」


 そんなやりとりにクラスのあちらこちらからクスクスという笑い声が聞こえてくる。

 この状況に素直に順応しているのもどうかと思うのだが。


「ていうかさー、お姉ちゃんは早く永久就職先を見つけた方が良いんじゃない? 冗談じゃなく、本気でさ」


「なっ……!」


 妹の言葉に姉がピキリと硬直する。

 年齢イコール彼氏無し歴の瑠華にとっては一番気にしていることだ。

 急所を突かれた瑠華が涙目になりながら


「う……うるさいうるさーい! も、もうすぐ永久就職先見つけるもん!」


 涙目のまま教卓をバンバンと叩きながら絶叫する。

 いつもながら年上の威厳など何もない。

 そんな姉の姿を見て、蕾華はわざとらしくため息を吐く。


「えー、無理でしょ。お姉ちゃんを雇ってくれるトコなんてどこにもないって」


「むーっ!」


 涙目のまま妹を睨みつける瑠華。

 すると瑠華の視線が少し動き、蕾華の斜め後ろに座っていた怜と目が合ってしまう。


(やば……)


 慌てて目を背けようとしたのだがもう遅い。

 自身の進路について考えこんでいた為に、回避行動が遅れてしまった。


「むーっ! ちょっとれーくん! らいちゃんに何か言ってやって!」


 妹に痛い所を突かれた瑠華が口喧嘩では勝てないと悟ったのか、ちょうど目の合った怜を巻き込んでくる。

 とはいえこのままでは収拾がつかないのも事実なので、怜もこの場を収める為に仕方なく口を開く。


「はいはい、蕾華、そこまで。言ってることは正論だけどさ、正論は時に暴力になるからやめなさい」


「ちょ、ちょっとれーくん!?」


 フォローに見せかけた追撃に瑠華が声を上げるが、怜はそれを無視して言葉を続ける。


「そう続けざまに真実を告げたら瑠華さん可哀想だろ? どうせ現実では無理なんだし、少しくらいは夢ってものを持たせてあげないと」


「あ、うん。確かにそうだよね。ごめんね、お姉ちゃん」


 本当に申し訳なさそうなふりをして、可哀想な者を見る目を瑠華へと向ける蕾華。


「そうだよね。れーくんの言う通り、夢くらいは見せてあげないと可哀想だよね」


「そうそう。あえて現実から目を逸らすことも時には必要だって」


「いつも現実から目を逸らしてる気もするけどな」


 ついでに陸翔まで参戦してきた。

 こういうところは本当に息が合っている。


「むーっ!」


 吠える瑠華を横目に、怜は再度プリントへと目を移す。


(そっか……。後、一年半で卒業か)


 正確には『卒業に必要な単位を修得出来れば』との条件が付くのだが、怜に限ってそれは問題ない。

 もし万一可能性があるとすれば大怪我や大病で長期入院し出席日数が足りなくなるくらいだ。

 もちろん陸翔や蕾華、桜彩の三人も成績優秀なので、よほどのことがない限りはストレートで卒業出来るだろう。


(進路、か……)


 ふと隣の桜彩に目を向けると、桜彩がきょとんとした目で見返してくる。


(後一年半、もしかしたら、そこから桜彩とは離れてしまうのかも……)


 もちろん遠く離れてしまったからと言って疎遠になると決まったわけではない。

 むしろ陸翔と蕾華を含めたこの四人ならどれだけ離れていようと心の距離は近くにあるままだという確信がある。

 しかし、とはいえ寂しさというものは存在する。


(もし、俺の進路と桜彩の進路が合わなかったら……)


 そうなってしまえば、この大切な、そして愛しい相手と離れ離れになってしまう。

 むろん現代日本においては通話ツールなどいくらでもあるし、長い休みの時に直接顔を合わせることも出来る。

 だが、好きな人とはなるべく一緒にいたいと思ってしまうのも仕方ないだろう。


(そうなる前に、桜彩との関係を進めたいんだけどな……)


 現在、まだ告白もしていないこの状況では遠距離恋愛ですらない。

 もしこのままこの気持ちを伝えずに遠くに別れるようなことになったら。

 胸に抱えたモヤモヤは、ホームルームが終わっても晴れることは無かった。

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