第327話 授業中に再び手を繋ごう
「ふああ……眠い……」
朝、教室の自分の席に座りながら、怜は眠そうに目をこする。
「きょーかん、どしたん? 随分と眠そうだけど」
「きょーかんと呼ぶな、宮前……ふぁ……」
いつも通りに『きょーかん』呼びしながら様子を伺ってきた奏に眠そうに答える。
だが自分でも分かるレベルでツッコミにキレがない。
「きょーかんがそんなに眠そうなのって久しぶりだよね。なんかあったん?」
「いや、寝るのが遅くなっただけだ。別に――」
「おはようございます」
別に大したことはない、と言おうとしたところで登校してきた桜彩からの挨拶が耳に届く。
「おはよう、渡良瀬」
「クーちゃん、おはよー」
揃って挨拶を返す怜と奏。
そんな二人を横目に、席に着いた桜彩は鞄から荷物を取り出し
「ふ…………」
こちらも眠そうに目をこすった。
奏もあれ、と首を傾げて桜彩へと声を掛ける。
「あれ、クーちゃん眠そうだよね」
「あ、はい。昨日寝るのが遅くなってしまって……」
「えっ、クーちゃんも?」
桜彩の返事に奏が目を丸くして驚く。
そしてニヤッとした目を怜の方に向けて来る。
「へー。きょーかんとクーちゃん、二人揃って夜更かしかあ」
具体的なことは口には出していないが、奏は怜が桜彩を好きだということに気が付いている(もちろん、桜彩が怜を好きだということにも気が付いている)。
しかしそんなからかいに対しツッコミを入れるだけの気力が今の怜には無い。
一方の桜彩も眠気により上手に頭が働いていないのか、奏の言っている意味をその言葉通りに捉えている。
「おっはよー!」
「おはよ! なんかあったのか?」
更に蕾華と陸翔が登校してきた。
こちらもすぐさま怜と桜彩の様子がいつもとは違うことに気が付く。
「きょーかんとクーちゃん、二人揃って眠いみたい」
怜と桜彩より早く、陸翔の問いに応える奏。
「え、何? 眠いって二人共どうしたの?」
そんなことを呑気に聞いてきた蕾華に怜は恨みがましい視線を向ける。
「誰のせいだ、誰の」
「え? 誰のって?」
まるで心当たりがないというかのように首を傾げる蕾華。
「お前が昨晩送ってきた猫動画、あれに観入っちまったんだよ」
別れ際に怜と桜彩をからかったお詫びということで、蕾華から猫の動画が送られてきた。
それを桜彩と共に鑑賞した結果、次から次へと猫動画を観てしまい、結果寝不足になってしまったというわけだ。
「クーちゃんも?」
怜と桜彩が半同棲していることまでは知らない奏が桜彩へと問いかける。
「はい。私も猫の動画を観て、それで夜更かししてしまいました」
「そっかー。そういうことかあ」
「でも、別にそれアタシのせいってわけじゃなくない?」
「だよな。さすがにそれは言いがかりだって」
怜の説明に蕾華が頬を膨らませると、陸翔も同意する。
もちろんそれは怜と桜彩も理解はしている。
ただ、昨日からかわれたことも含めて一言くらい恨み言を言ってやりたかっただけだ。
「それじゃあ今夜はオレが犬動画を送ってやるぞ」
「やめろ、送るんならせめて夕方までにしてくれ。俺を二日連続で寝不足にするつもりか」
それはそれで興味あるのだが、とりあえず丁重にお断りしておく。
そんなことになったら間違いなく、明日の朝も寝不足確定だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あっ……」
始業前、最初の授業の準備をしようとしたところでそれに気が付いた桜彩。
焦って机の中やカバンの中を確認するが、目当ての物は見つからない。
「サーヤ、どーしたの?」
後ろの席でガサゴソと音を立てて荷物を探す桜彩に、前に座る蕾華が不思議そうに問いかける。
「……次の数学の教科書がないみたい」
「えっ、マジ?」
「うん。よく考えたらこれ、今日持ってきたのって昨日の時間割だった」
「あぁ……」
風邪で一日休んでしまった桜彩。
怜のノートを借りて復習をした後、そのまま鞄へ入れてしまうというミスをしたことに今更ながらに気が付く。
「まあしょうがないよね」
「うん。次の教科からは他のクラスの人に借りれば良いけど、最初の教科はね……」
さすがに今から他クラスに教科書を借りに行く時間の余裕はない。
よって、今ここでしなければならないのは過去を嘆くことではなく、これからどうするかを考えることだ。
「光瀬さん、すみませんが最初の教科だけ教科書を見せていただけませんか?」
クラスメイトには本当の関係を隠している為、いつものクールモードで桜彩が問いかけてくる。
「ああ、構わないぞ」
「ありがとうございます」
それを受けて怜も机を桜彩の方へと移動させる。
二人の中央に教科書を置き、今日の授業で使うであろうページを開いた。
「ありがとうございます」
「気にするなって。俺も前に見せてもらったことがあるし、困った時はお互い様だ」
以前は怜が教科書を忘れて桜彩に見せてもらった。
あの時はクラスの皆に内緒でメモを送り合ったり、机の下で隠れて手を繋いでいたりもしたのだが。
そうこうしていると教室前方の扉から瑠華が入って来て、それに合わせてクラスの喧騒が小さくなっていく。
「はいみんなー。授業を始めるよー」
そう言ってクラスの中を見回す瑠華。
するとそこで机をくっつけている怜と桜彩に気が付く。
「先生。すみませんが教科書を忘れてしまいましたので、光瀬さんに見せてもらいます」
何か言われるよりも先に桜彩が瑠華へと理由を告げる。
その言葉に瑠華は少し驚いた後、うんうんと頷いて
「渡良瀬さんが忘れ物するなんて珍しいねー。うん、分かった。れーく……光瀬君、お願いね」
「はい」
瑠華の言葉に怜が頷く。
それを見た瑠華も満足げに頷いて
「はーい。他のみんなは大丈夫だねー。それじゃあ授業始めるよー。まず前回の復習から――」
そんな感じで怜と桜彩が机を並べた状態で瑠華の授業が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくすると、桜彩がメモを渡してくる。
『ねえ、怜』
『どうした?』
『前みたいにさ 授業中にこっそり手を繋いでみよっか』
隣を見ると桜彩がクスリとイタズラ気な目を向けて来る。
『いいな 眠気覚ましにもなりそうだし』
『うん まあノートも取らなきゃいけないしずっとってわけにもいかないけどね』
『そうだな タイミングを見てやってみるか』
そう返事を返すと桜彩が嬉しそうに微笑む。
一応、二人共授業はちゃんと聞いている優等生である。
いや、優等生は授業中にこのようなことをしないと言われればその通りなのだが。
ひとまず瑠華の説明が止まり、問題が出される。
怜も桜彩もそれをすぐに解き、そしてクスリと笑い合う。
他の皆が問題を解き終わるのを待つだけの時間。
手を繋ぐとしたらまさに今しかないだろう。
そしてお互いにそっと手を差し出して握り合う。
(……桜彩の手、やっぱり気持ち良いな。ずっと握っていたい)
(……怜の手、やっぱり安心出来るんだよね。ずっとこうしていたい)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………………………………………なあ」
「…………………………………………うん」
「…………………………………………だからなにやってんだよ、この二人」
「…………………………………………授業中だよ、今」
唯一目の前に座っている陸翔と蕾華の二人だけはその様子に気が付いており、二人だけの空気を作り出している怜と桜彩に背中を向けたまま呆れていたのだが。




