第325話 勉強の合間の惚気話
ヴヴヴ
桜彩が布団に隠れたままなのでどうしようかと悩んでいたところ、怜のスマホが着信を知らせる。
確認すると蕾華からのメッセージで
『れーくん アパートの前に着いたよ』
とのことだった。
『ちょっと待ってて』
そうメッセージを送ってベッドの上の桜彩の方へと視線を移す。
「桜彩。蕾華と陸翔が来たぞ」
「う、うん……」
顔を真っ赤にした桜彩が掛け布団からちょこんと顔を出す。
なんだかその小動物のような仕草もまた可愛らしい。
「二人にも来てもらって良いか?」
「う、うん。だ、大丈夫……」
まだ赤い顔のまま弱々しい返事が返ってくる。
とにかく親友二人の訪問の了承を貰ったので蕾華へとメッセージを返す。
『入っても良いって 桜彩の部屋のインターホン鳴らしてくれるか?』
『OK』
桜彩とは別の猫スタンプが送られてきて、数秒後に桜彩の部屋のインターホンが鳴った。
二人がエントランスへと到着したようだ。
「俺が出るか?」
「うん。お願い。あ、私ちょっと支度してくるから」
リビングへと行きインターホンを操作してエントランスの自動ドアを解錠する。
その間桜彩は洗面所へと向かい、身だしなみを整える。
元々昼間は起きていたようだし、そう時間はかからないだろう。
少しすると再びインターホンが鳴り、二人が玄関前まで来たことを知らせてくれる。
「「おじゃましまーす」」
玄関を開けるとスーパーの袋を抱えた親友二人が入ってくる。
「蕾華さん、陸翔さん。いらっしゃい」
「サーヤ! 体調はどう? もう大丈夫?」
「うん。お昼くらいからはもう平気だよ」
桜彩の姿を見るなり心配そうに駆け寄った蕾華に、桜彩も大丈夫だとアピールするよう笑顔で返事を返す。
その姿を見て蕾華も安心そうに胸を一撫でする。
「だけど今日は安静にしといた方が良いだろ」
荷物をテーブルへ置きながら陸翔も心配そうに声を掛ける。
「うん。今日はこの後もゆっくりするつもり」
「まあなんにしろ調子が戻って良かったよ」
「心配してくれてありがとね」
謝るのではなくお礼を言ってくれる。
その方が怜達三人も嬉しい。
「それじゃあお見舞いってことで、はいこれ! プリン買ってきたからみんなで食べよ! あ、スプーンってある?」
蕾華がスーパーの袋の中から四連のプリンを取り出す。
「スプーンはあったな。ちょっと待ってくれ」
「それじゃあ私はハニージンジャーミルク用意するよ。ずっと横になってたから少しは体を動かしたいし」
怜がキッチンでスプーンを用意する傍ら、桜彩はハニージンジャーミルク作りに取り掛かる。
しばらくして桜彩特製のハニージンジャーミルクが出来たので、四人揃って席に着く。
その後、いつも通りにプリンを食べさせ合ったりしながら雑談を交わしていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくしたところで怜が時計を見て立ち上がる。
「それじゃあ今日の夕食はこっちで作るか」
普段は怜の部屋で作るのだが、移動の手間を考えれば桜彩の部屋で作った方が良い。
「あ、私も手伝うね」
「いいって。それより作ってる間に今日の授業の復習でもしてろって。ノートは全てコピーしたから。まあ授業内容も予習した通りだし桜彩なら問題無いだろ」
普段から怜と予習復習を行っている桜彩なら、一日程度授業を休んでもそこまで問題は無いはずだ。
それは共に勉強している怜は良く知っている。
「あ、うん。ありがと。それじゃあお言葉に甘えるね」
そう言って怜から渡されたノートのコピーを桜彩が眺める。
「ふふっ。怜のノート、やっぱり分かりやすいな。授業のポイントとかもしっかりとまとめてあるし」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
何しろ一年生の時から五回連続で主席を獲得している怜のノートだ。
文字も丁寧に書かれているし、分かりにくいわけが無い。
「じゃあ料理の方はオレが手伝うか?」
「そうだな。それじゃあ頼む」
「おう。任せろ」
桜彩の代わりに料理の補助を買って出てくれた陸翔が先ほど持ってきたスーパーの袋を持ってキッチンへと移動する。
そして中からいくつかの食材を取り出して並べていく。
これは怜に頼まれて買ってきてくれと言われた物だ。
「それじゃあアタシはサーヤと一緒にいるね。分からないとこあったら聞いてね」
「うん。ありがとう」
怜ほどではないにしろ成績優秀な蕾華がフォローしてくれるのなら安心だ。
リビングから聞こえる二人の声をBGMに、自室から持ってきた食材と陸翔が買って来た食材の下ごしらえを始める。
「これどうする?」
「皮剥いちゃってくれ。その間にこっちはこれをみじん切りにしとくから」
「分かった。水は?」
「後で良いよ」
桜彩ほどではないにしろ、陸翔と料理するのも楽しい。
以心伝心とまではいかないが、それでも怜のやりやすいように補助してくれる。
いつもとは違った手ごたえを感じながら、怜は夕食を作っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それでそれで。サーヤ、れーくんとどうだったの?」
「どう、とは……?」
授業の内容を確認していると、蕾華が楽しそうに聞いてくる。
いきなりの質問に、ペンを持つ手をとめて桜彩が首を傾げる。
そんな桜彩に蕾華はテーブルに身を乗り出して興味深そうな視線を向ける。
「だからさ、アタシ達が来る前にれーくんがお見舞いに来てくれたんでしょ? それに朝もれーくんが甲斐甲斐しくお世話してくれたみたいじゃん」
蕾華の説明を受けて、桜彩は朝のことを思い出していく。
「あ……うん。朝は少し違和感感じたくらいだったんだけどさ、ジョギングに行く前に怜が気付いてくれてね。それで色々とお世話してくれたんだ」
「そっかそっか。それで、どんな感じだったの?」
「すぐに怜のベッドに寝かされて……。まだ怜のぬくもりや怜の香りが残ってて、なんだか怜に包まれてるみたいで嬉しかったなあ」
「うんうん!」
「それで、鶏雑炊を作ってくれて、あーんって食べさせてもらったよ。美味しかったあ……」
怜の寝ていたベッドの中で、怜の作ってくれた雑炊を怜に食べさせてもらう。
まさに幸せのフルコースだ。
怪我の功名とはこのようなことを言うのだろう。
いや、もちろん怜に心配をかけたことについては申し訳ないのだが。
「それでね、後は出かける怜に『行ってらっしゃい』って言って。ふふっ。仕事に行く夫を見送る妻ってこんな感じなんだなあって」
幸せそうに頬を染めながらその時のことを思い出す。
「うんうん。まるで将来の予行演習みたいだよね」
「しょ、将来って……。ま、まあそうなったら良いって思ってるけど……」
(やっぱりれーくんと同じだよね)
朝の怜との会話を思い出す蕾華。
やはり二人共同じことを思っていたようだ。
「それでね、さっき怜がこの部屋に来た時は私はまだ眠ってたんだけど、怜が私のほっぺたを撫でてくれて」
「へえーっ!」
新情報に蕾華が身を乗り出す。
それはぜひとも詳しく聞いておきたい。
「それでね、私も寝ぼけて怜の手を自分のほっぺたにこすりつけちゃって。でもそれがすごく安心出来て、幸せで……」
「うんうんうんうん!」
「その、もちろん病気になんてならない方が良いのは確かなんだけど、でも何て言うか、病気になったからこんなに幸せな出来事が押し寄せてきて、不謹慎だけど嬉しかったって言うか……」
その後、この二人の勉強しながらの雑談は、怜が夕食を完成させるまで途切れることは無かった。




